魔幻~地球~夢の記憶①
「ただいま帰りました。」
キラは三重の重厚な扉を通り抜けて、軽く膝を折った。
大きな丸テーブルの隅にちょこんと腰掛けている男女は、満面の笑みを浮かべて彼女を迎えた。
「お帰り、キラ。」
「珍しいわね。父様と母様が、揃ってこんな時間に家にいるなんて。」
「ああ、そうだな。」
アークはそう言いながら、微笑んでいる妻と小さく目配せを交わした。
「キラ、学校にはもう慣れたかい?」
「ええ。とっても面白いわ。」
「面白い?」
母親は、それこそ面白そうにキラを伺う。
「面白いよ。若い人達があんなにいっぱいいる場所なんて初めてだもの。大学に行って本当に良かったと思っているわ。」
「そうか、そうか。友達は出来たかい?」
「うん。凄く気の合う友達が出来たよ。もっと仲良くなったら……身分を明かしても大丈夫な位になったら、うちに連れて来るわね。」
「それは楽しみだな。」
「ね、キラ。男の子はどうなの?」
「男の子?……普通よ。」
母親の質問に、キラは目を伏せて答えた。
「そう?あなたの部屋の屑入れに、毎日大量の恋文が捨てられていると聞いたけど?」
「ひ、酷いわね!プライバシーの侵害もいいとこだわ!」
「では、特に気になる男の子はいないのね?」
「いないわよ!だって……私にはいるんでしょ、許婚が。」
「ええ。でも、もしあなたに好きな男の子がいるのだったら、あなたの気持ちを犠牲にしてまで、その話を進めようとは思っていないの。……キラ、正直に答えて頂戴。本当にそれで良いの?」
「別に構わないわよ。エヴァの息子さんでしょ?……こっちは何れあの子と結婚するんだと思っていたのだから、今更余計な気を回さなくていいわよ。」
はあ、と二人は肩を落とした。
「え、何?何か問題でもあるの?」
「いや、何も無い。」
「だったら良いじゃない。」
「そうなのだが……聞いてみたかったのだよ。私はまだ結婚なんて考えられませんとか、もうお嫁に行くのは嫌です、とか。」
「ええっ?私もうお嫁に行くの!?」
「行かないよ。」
「あー、びっくりした。驚かせないでよ。……父様と母様はいつだって言っていたじゃない。王にとって最も大変なのは、配偶者問題と後継者問題だって。今なら私にもその意味が分かる。向こうも何れは王になる身なのでしょう?ネックと言えばお互いに配偶者としての仕事を振れないってことはあるけど、一番無難な方法だとは思うわ。じゃ、私勉強があるから行くわね。」
「あ、待ちなさい、キラ。」
立ち上がり掛けたキラをアークは呼び止めた。
「うん?」
「実は……今日、呼んでいるんだ。」
「何を?」
「エヴァと……許婚を。」
「……そうなの!?」
「急で申し訳ないのだが。既に来賓の間に通している。」
「もう!!本当に急だわよ!!会いたいって言った時には会わせてくれないで、急にこれなんだから!」
「すまないと思っているよ。ただエヴァと話をして、早めに会わせた方が良いのではないかと急に決まったのだ。……会ってくれるかい?もしお前の気が乗らないのなら、体調が優れないとか何とか言って適当に帰って貰うけど。」
「そんな失礼なこと出来る訳無いでしょ!ちゃんと会うわよ!」
「本当に物分かりの良い娘で助かるよ。」
「余りにも急なのが腹立つのよね。仕様がないわね、行くわよ!」
「すまんな。」
彼等は慌しくばらばらと席を立った。
★★★
来賓の間、とは言っても建物自体が異なっている。キラ一行は、彼等の住まう青の宮殿の回廊を何度も折れながら退去し、森のような庭を抜けながら賓客の待つ殿へと急いだ。
キラは子供の頃の記憶を思い出していた。
その許婚とは、たった一度だけ会ったことがある。場所は――恐らく此処では無い。白の宮殿だ。広い芝生の中のガーデンテラスのような所で、彼と会った。
彼女が五歳、彼が六歳の時だった。