黒い影⑥
窓から見える空は、どんよりと雲が垂れ込めている。かと思うと、時折かっと強い日差しが降り注ぎ、部屋の中を眩しく照らした。予報では晴時々雨となっていたが、降るのだか降らないのだか、よく分からない天気だった。
「子供、いたんだよな……。」
瑞月は呟いた。
「ね……。あんなに可愛い子供がいたことを忘れていたなんて、信じられない……。」
「そうだね。僕も昨夜の夢を見て、やっと思い出したよ……。」
三人はそれぞれ溜息を付いた。
「一つ、いいかい?」
遥眞はおずおずと二人に声を掛けた。
「ええ、どうぞ。先生が言ってくれないと……私達、口に出すのが辛いわ。」
「うん……。例の、来世でも日本で会おうという約束は……恐らく、この二人が関連している。」
彼がそれを口にした途端、それは三人の中で事実となって確定した。沈黙は真実味を増してゆく。
「そうだな……。そもそもおかしいんだ。俺はキラと、来世でも巡り逢おうと約束したことは、夢には見ていないけど何となく認識している。だけど……自分の子供のことを、その存在すら、綺麗さっぱり忘れていたなんて……。」
「それに私は、あの子がどんな風に成長していったのか、まるで想像が付かないの。先生には分かる?」
「いいや。僕は昨夜初めて彼の夢を見たんだ。君達に触発されたのだと思う。」
「そうか……そうよね、私だってキュアの夢を見始めたのは、最近のことだもの……。」
「これから、頻度が増えるのかもしれないな。」
遥眞の言葉に、二人は再び溜息を付いた。
「何か全然明るい未来を……あ、間違えた、明るい過去を思い描けないんだよな。」
「分かる。辛い目に遭っているんじゃないかと、つい暗い方向にばかり考えてしまう。」
「あーあ……こんなことを言っているとキュアに悪いな。あんな子供がいたこと自体、最高の幸運なのに。」
「本当にそうね。……何かあったのならちゃんと受け止めなくちゃね。」
「君達が前向きで良かったよ。また思い出したら話し合おう。……あ、駄目だ。」
「駄目?何が駄目なの?」
「これから林間学校の準備が始まるから、忙しくなりそうなんだ。暫く来られないかもしれない。」
「ああ!そういえば俺達もそうだったな!」
「すっかり忘れてたわ。キャンプファイヤーの出し物の練習をするから、放課後残るようにって委員長から言われてたんだった。」
「何をやるの?」
「マスゲームだって。」
「楽しそうだな。」
「楽しそうだなって、先生マスゲームだよ?相当練習させられるわよ。」
「うーん、篠原のことだから、かなり凝るだろうな。」
「そうよ。良平ちゃん、普段はざっくばらんな感じなのに、こういうのになると拘りが強いから。」
「いいじゃないの。普段勉強漬けの学生にとってはいいレクリエーションだよ。」
「まあね。でもなあ……。今回の林間学校、俺全然行く気がしなくって。」
「実は私も。サボりたい気分。」
「何言ってるんだよって……実は僕も。」
「先生も?」
「そう。何か汚い所なんだよ。」
「そうなの?どこだっけ。」
「蒼月、君は本当に下調べとかしてないな。」
「全然気乗りがしないのよ。で、どこ?」
「富士山麓の子汚いロッジだよ。今時こんな宿あるのかっていうくらい。私立なんだからもっと金掛ければいいのに。せめて海だったら良かったのになあ。」
「俺もその方が良かった。去年は海だったんでしょ?」
「そ。海、山、海、山、と交互に繰り返される。」
「そうかあ。海だったら、ついでにほくろ探しも出来るのになあ!」
「あんた、まだそんなこと言ってるの。」
「ああ、そういえばネットの方はどうなってるんだ?」
「今のところ全然、だわね。」
「そうか。まだ立ち上げたばかりだしな。」
「もう少し様子を見てみないと。先生は海も山もどっちも行ったの?」
「いや、どっちも行ってない。ただ写真では見た。臨海学校の方は、伊豆の綺麗な海だったよ。宿の設備も充実してるし。」
「そうなんだ!そういうのを聞くと余計に行きたくなくなるな。」
「そう言うなよ瑞月。高校時代に一度しかない林間学校なんだから、沢山思い出を作って下さい。」
「ありがと、先生。先生の方が大変なのにね。」
「そうよね。先生も思い出作りしようね。一緒に写真撮ろうね。」
「思い出作りか。そうだな……今生でもな。」
三人は顔を見合わせて笑った。それまで憂鬱だった気分が、ほんの少しだけ初夏の風に流されていった。




