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黒い影④

 「あら、キュア。栗鼠さんにご飯あげてるの?」


 彼等は綺麗に刈り込まれた芝生の上で、ランチの包みを広げていた。芝生の上には洒落たティーテーブルのセットが其処彼処に組んであるにも拘わらず、三人は直に座って、その感触を楽しんでいた。


 「うん。美味しくて……可愛いの。ご飯あげるの。」


 「優しい子ね。栗鼠さん喜んでるわ。」


 「母様、栗鼠さんとお話し出来るの?」


 「母様は栗鼠さんの気持ちが分かるのよ。あ……キュア。母様ではなく、キラと。もうそろそろ慣れておかないと。」


 キラがそう言うと、キュアは考え込むように首を傾げた。


 「僕……黒の王宮はそうする。今は母様。」


 「そう……。あなたにはちゃんと分かっているのね。それならいいわ。」


 「いい子だ。キュア、おいで。」


 ソーマはキュアを膝の上に乗せた。


 「キュア。此処はね、父様と母様が初めて会った場所なんだよ。」


 「そうなの?」


 「うん。母様は小さくて可愛い王女様だった。」


 「子供だったの?」


 「そうだよ。」


 「僕と同じくらい?」


 「もう少し大きかったかな。母様は今と同じようにとっても優しい女の子で、その時父様にお守りをくれたんだ。」


 「おまもり?……おまもりって何?」


 「その人が元気で幸せであるようにと、願いを込めて渡されるものだ。」


 「ものなの?どんなの?」


 「それは人によって違う。……キュア、お前が何処へ行ってもお前を守ってくれるように、父様のお守りをあげよう。」


 ソーマはそう言って、懐から小さな白いハンカチを取り出した。


 「まあ……!あなたったらまだそんな物を!」


 「これはずっと父様を守ってくれた。今度はキュアを守ってくれるように、お前にあげよう。大事にしてくれるね。」


 「父様はいらないの?」


 「父様には母様がいてくれるから大丈夫だよ。お前に持っていて欲しいんだ。」


 「ありがと、父様。僕……大事にする。」


 「うん、いい子だ。でもね、キュア。お守りがあるからって、絶対に元気で幸せとは限らないんだ。自分が心の中で、元気で幸せになりたいって思い続けることが大切なんだよ。」


 「こころ……?」


 「そう。自分にとって何が幸せかが分かると、人にとっても何が幸せなのかが見えてくる。人を幸せにすると自分も幸せになれるんだ。」


 「えっと……僕、忘れない。これ見て、父様のお話。」


 「ありがとう。」


 「おかしいよ、僕がありがと。……母様、痛いの?」


 「え?どこも痛くないよ。」


 「泣いちゃう。」


 「泣いてないよ。……ごめんね、キュア。あなたがいなくなると思うと、ちょっと寂しくなっちゃった。本当に寂しいのはあなたなのにね。」


 「お守り貰った。母様も元気に幸せにして。」


 キュアはソーマから離れてキラの膝に乗り、細い腕で彼女を抱きしめた。


 「優しい子ね。愛してるわ、キュ……。」


 突然の眠気に襲われたかのように、キラの言葉が曖昧になった。不審に思ってソーマはキラに目を遣ると、彼女は彼にとって、非常に見慣れた表情でぼんやりとしていた。目を伏せて、長い睫毛の影が頬に掛かり、どこに焦点があるのか分からない。意識を失っているようにも見えたが、急に彼女の大きな目は見開かれて、キュアを凝視した。


 「キラ、どうした。」


 ソーマがキラに声を掛けると、彼女ははっとしたようにソーマを見つめた。


 「ソーマ……。」


 「どうしたんだ。まさか……。」


 「ええ……。」


 キラは、きょとんとしているキュアの瞳を覗き込んだ。


 「この子…………ヒーラーよ。」

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