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忘却の足並みは揃えないで

 




「先生。私、生徒会を辞めたいんですが」

「え?!どうしたのフローラさん。…これは?」

「辞表です」

「え…」



 朝一番で生徒会顧問の先生に辞表を渡した。

 生徒会とは、もはやただの生徒会ではなく私の職場のようなものだったので、辞めるからには辞表を出す誠意が必要だと思った。

 内容は”このまま生徒会の仕事に追われていると精神的に辛くて勉学に勤しめません”という、嘘と本当の理由を上手く混ぜつつ長々としたためた渾身の大作だ。

 婚約解消の話が広がってしまえばバレてしまう事だが、これ以上マッティアと顔を合わせるのはどうしても辛いので許して貰いたい。



「……そう、そんなにフローラさんを苦しませていたとは気づかなかったわ。先生失格ね。だけどフローラさんがいる事で生徒会も引き締まっていただけに、本当に、本当に残念だわ…」



 これから文化祭の準備で生徒会は多忙な時期に入るのに、先生は(少し尾を引いていたが)あっさりと私が辞めることを許可してくれた。


 そう、何故なら私はこの学園でかなり優遇されている立場の人間だからだ。実は私のお父様がこの学園へ膨大な寄付金を払っていた。

 私はお父様のお金やコネを一切使わずに入学をしたはずなのに、先生達からの待遇がやけに良いことに気がついた。爵位が高い貴族よりも気遣われる場面が度々ある事に疑惑を持ち、お父様を問い詰めた結果判明したのだ。どうも娘の私が可愛くて仕方がないらしい。


 そのおかげで生徒会から抜けられるのでお父様には感謝するが、前世で一般庶民の金銭感覚を持つ私としては一体いくら寄付しているのか想像するだけで恐ろしい…。



「それで、私の後任はマリアさんにお願いしようかと思うんですが」

「マリアさん……ね。彼女は貴族ではないのよ?それ以前にフローラさんの代わりに仕事をこなすとなると、彼女では難しいんじゃないかしら…」



 先生は一般市民のマリアに難色を示しているようだ。それもそのはず。生徒会のメンバーは全員が貴族で、一般市民の生徒が介入した事は過去に数回しか無い。


 国内トップの学園で生徒会での運営に携わる=将来国の重要な機関でお仕事に携われるということだ。生徒会の仕事では色々な人と関わるが、それは卒業後に必要な人脈を増やす上でも役立つ。

 この学園は資金が潤沢で、他の学校に比べて数々のイベントがある為、生徒会の仕事は多忙だ。しかし、そこで経営力が鍛えられて、その成果を表に知らしめる事が出来る為、自身の知名度も自然と上がっていく。


 なのに何故私がマリアを進めるのかと言うと、彼女が毎日生徒会室に入り浸っているのを生徒会メンバーの皆んなが許しているからだ。仕事を手伝う訳じゃない、ただ楽しそうにお茶をしに来ているだけなのに…。

 個性豊かな生徒会メンバーがいる中で、マリア以上に上手くやっていける人材は他にいないだろう。


 因みに生徒会メンバーとは、ほぼ全員が乙女ゲームの攻略キャラで構成されている。そして生徒会に女子は私一人。マリアのお陰で、呑気にお茶をすする攻略キャラ達の停滞した仕事を私が(さば)いている状況だったので、先生も余計マリアへの印象が悪いのかもしれない。

 実際マッティアの事を抜きにしても、何食わぬ顔で毎日仕事を邪魔しに来る彼女への印象は、私の中でも最悪なのだが。

 

 だからと言って、マリアへの仕返しの為に推薦した訳では無い。だって考えてみてほしい。庇護欲を掻き立てる可愛らしいマリアが生徒会メンバーに入って仕事をしたら、攻略キャラ達は我も我もと、こぞって彼女の仕事を手伝うだろう。

 自分で言うのもなんだが、私のようにキツイ顔の仕事が出来る女がいるよりも、そういう子が一人いる方が全体的に仕事がはかどるというものだ。


 それは前世でも学んでいる事だった。私は二十五歳まで大手企業の事務で働いていたが、可愛くて仕事の出来ない子が一人いる部署は、周りが助けてくれるので圧倒的に全体の残業量が低いのだ。因みに平凡顔で真面目な私がいた部署は、仕事を押し付ける上司に囲まれて効率が悪くなり、部下達は酷い残業量だった。

 世の中は実に理不尽に出来ている。生まれ変わっても自分がそんなに変わらない状態だと思うと泣けてくる。



「いえ、むしろマリアさんが生徒会に入った方が、私がいるよりも仕事がはかどると思いますわ。私は彼女を推薦します」

「ええ…?!でもねぇ…。総合的に考えるなら、私は二組のリアム君が妥当だと思うけれど」



 ん……?リアム?!

 予想外の名前が出てきて驚く。



「何故、彼なんですか……?」

「あら、リアム君はフローラさんに続いて学力は学年で二番目だし、品行方正で真面目だから、他の先生方からも一目置かれてるのよ?」



 ガクネンニイノ、ヒンコウホウセイデ、マジメ……?


 え!リアムって口が悪くて武力寄りの脳筋キャラだと思っていたフローラは驚嘆(きょうたん)した。



「リ…リアム……君が、ですか?」

「そうね。総合的に考えても彼は、同じ学年の中でフローラさんの次に信頼できる人だと思うわ」



 昔から知っているリアム像が崩壊した。彼は分厚い猫を被っているのか?いや、昨日の瞳の奥の威圧感を考えると、猫ではなく虎なのかもしれない。

 それと同時に、リアムが生徒会に入ったらマリアを好きになってしまうのではないか、という妄想が一瞬頭をかすめた。

 マッティアの事もあるのか、すごく嫌な気分になる。


 先生にリアムはダメですと言おうとしたら、ガラガラっと扉の音を立てて職員室に生徒が入ってきた。私は顔を確認するよりも先に、その人の頬にある大きな(あざ)に目が行った。



「マッティア君?!その顔どうしたの?!」



 先生が叫んだ言葉でマッテイアだと認識する。ドクッドクッと胸の鼓動が早くなった。昨日の今日で早々に会ってしまうなんて…。


 マッティアも私に気づいて気まずそうな顔をするが、先生の問いに少しどもった声で答える。彼の綺麗な顔に出来た痣は今朝ボーッとして転んだのが原因らしい。

 マッティアは真面目で嘘をつくのが下手な人間だ。そういう不器用で実直な所が私は大好きでもあった。


 私と先生は彼の言葉が嘘だとすぐに分かったが、問いただしはしなかった。そして彼がここに来た理由を聞くと、私を見て少し躊躇(ためら)っていたが、強い意志を宿した声で先生に言った。



「生徒会を辞めようと思います」



 彼も私と生徒会で顔を合わせたくないと思ったんだろう。生徒会に居たらマリアと一緒に居られるのに、それを蹴ってでも辞めたいだなんて。

 私に気を使っているのか、私の顔なんてこれ以上見たくないのか、どっちだろう。どっちもかな…?

 自分だってマッティアを避けようとしたのに、向こうから避けられたと思ったらとても悲しくなった。

 


「何を言っているの?あと半年で卒業なんだから、それまで頑張りなさい。先生は許しませんよ」



 多大な寄付金を払ってくれた父に感謝の念が募る。私はマッティアと会う為だけに生徒会に入ったので、意味のなさなくなってしまった場所とはさっさとおさらばしたいのだ。

 そう思うと自分はなんて(よこしま)で、ズルイ人間なんだろう。先生に信頼されていると聞いてしまって、更に申し訳ない気持ちになるが、辞めるのは譲れない。



「因みに、マッティア君が辞めたい理由って何なのかしら?」

「……理由をお話ししたら辞められるのでしょうか?」



 嘘が下手で正直なマッティアは、この場で私と婚約解消した事を話すのだろうか?

 彼なら言いそうだな…。



「マッティア様、実は先程、私が生徒会を抜ける事になったのです。ですから、マッティア様が抜けてしまうと大変な事になってしまいますので、私の勝手で申し訳ありませんが、続けて頂く事はできませんでしょうか?」

「ア…、フローラ嬢が辞めるというのか?!」

「はい。もう先生からの承諾も得ましたので」



 マッティアはそれを聞いて、すごく申し訳なさそうな顔をした。



「…もしかして、二人の間に何かあったのかしら?」



 疑うような面持ちで先生は聞いてきた。

 二人同時に生徒会を辞めると言い出して、マッティアのそんな顔を見たら疑われるのも無理はない。

 私とマッティアは固まったまま言葉が出てこなかった。


キーンコーンカーンコーン……


まるで天の助けの様なタイミングで、予鈴のベルが鳴り響く。



「まぁ、いいわ。とにかくマッティア君は生徒会を続けること。どうしても辞めたい理由があるなら、先生とまたお話しましょう」



 難を逃れた私とマッティアは先生に挨拶をして、授業が始まるので急いで職員室を出た。廊下の端にある階段までは一緒に歩かなければならない。



 今までも彼との無言の時間はあったが、こんなにも長くて辛く感じた事は無かった。



 もう階段は目の前なのに、息が上手くできない……



 マッティアが私に目を向けた。何か話しかけてくるのだろうか。また私は、彼の言葉の(やいば)に刺されてしまうのかと反射的に構える。


(嫌だ、怖い……)


 彼が口を開けて話そうとした瞬間、後ろから誰かに抱きしめられた。



 ―――え?!



 力強くてたくましい腕と胸板に挟まれた瞬間、フワッと優しい爽やかな香りがした。その香りは恐怖を感じていた私の心臓にまで辿り着き、安心する感覚と共に、自身の本能がそれをもっと欲するかのように胸をざわつかせる。



「アンに用事があるんで、お借りします」



 上から降ってきた声は昨日聞いたものだったので、すぐに分かった。リアムだ……。昨日もそうだったけど、何年も話していなかったのにどうして?!


 リアムが言い終わった後、マッティアの返答も聞かずに彼は私の腕を取って歩き出す。服の上からでも分かる筋肉の付いた腕は、勉強だけでなく体もちゃんと鍛えているんだと一目で認識できた。強引に進んでいるのに、私を引っ張る手は何故か痛くない。


 さっきまでの不安から離れられた安堵以上に、リアムの行動で混乱した私は、マッティアを振り返ることもなく隣にいる彼を凝視したまま歩いた。


 リアムの顔が赤くなっている。声も少し怒りが含まれた感じだったし、どうやら私に怒っているみたいだ。


 彼に何かしただろうか…?いや、今まで接する機会なんて無かったんだから、何かしたはずもない。

 あ、昨日ハゲって言い逃げした事を根に持ってる…とか?






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