蒼き船上のワルツ 〜後編1〜
まさかの、後編を1と2で分けます!笑
「アン、待って……!」
後ろからリアムの声がする。
わわっ!どうしよう…!
今リアムと冷静に話せる自信が無い……
ごめん、リアム!!今は追いかけて来ないで…!!
咄嗟に廊下の角を曲がる。曲がった先には天井が吹き抜けになっていて、ゆったりと座れるスペースの空間が広がっていた。
奥に劇場の大きな扉があり、目の前の空間はエントランスホールのような構造になっている。
吹き抜けから見える空は既に日が暮れて暗くなっており、ここは落ち着いた色の間接照明が灯っていてムーディーな雰囲気が漂っている。
今の時間はダンスホールに貴族が集中している分、人はまばらにしかいなかった。
エントランスホールを入って直ぐ横には何軒か飲食店の扉もある。
私は泣いている顔を隠すように俯きながら、看板も見ずにそのうちの一つの扉を開く。
扉を開けた途端、店内に立ち込める独特な香りがむわっと鼻から入ってきて、私の入る店では無いとすぐに後悔したが、背に腹はかえれないと慌てて足を進めた。
この香りは煙草じゃない…葉巻?
……!!ここはシガーバーか……!
中はとても薄暗くシットリとしたジャズが流れていて、店の外よりも一段と落ち着いた大人の世界だった。
大きなL字型のカウンターとソファー席がいくつかあり、席ごとにスポットライトの照明がテーブルに投射されて、お客の顔は見えにくいが手元のグラスと大きな葉巻がしっかりと見える造りになっている。
ゴクリ……。
葉巻なんて吸った事も無いし今からでも引き返そうか悩んだが、笑顔のバーテンダーに奥へどうぞと促されてしまい、私はまんまと席に着いてしまった。
でもここなら入口からも遠いし、顔も照明が当たらなくて見えにくい。
まさかこんな店に私が入るだなんてリアムも思わないだろうし、店内では私のぐしゃぐしゃな顔だって分かりづらいから少し落ち着けるかもしれない…。
そう思っていたら、隣の人から声を掛けられた。
「フローラ嬢ではないか。お久しぶりですな」
「……!!」
バルトフェルド総長だ!!
アルファルドに引き続き、こんなみっともない顔で知人に会うなんて……!!
「お、お久しぶりです。バルトフェルド総長……」
さっきまで泣いていたからか声が上手く出てこなかった。
「まさかこんな所でフローラ嬢と会うなんて驚いたよ。……ん?」
バルトフェルドが私の顔をまじまじと見て来た。
私は慌てて下を向き、ドレスの隠しポケット付近をまさぐる。このドレスのポケットはまさか縫い付けられてしまったのだろうか…?ハンカチを取り出したい…!
「マイヤーズ君、ハンカチを持っているかね?」
「……はぁ。総長は何故持っていないのですか。紳士の嗜みですよ?」
「まぁ、いいではないか」
……え?
バルトフェルド総長と話している凛々しい女性の声……マイヤーズって……
「フローラ嬢どうぞ。おじさんのではなく、紳士の鑑であるマイヤーズ君のハンカチだ。安心してつかってくれ」
「……ありがとうございます」
手渡されたハンカチには可愛らしい花柄の刺繍が入っていた。アルファルドがデザインしたハンカチだ……。
「紳士の鑑って…失礼な!総長、私はれっきとした女ですからね」
「あれ?そうだったか。君は男より男らしいから忘れていたよ」
「……フローラ嬢、先ほどはフォード卿をお借りしてしまい失礼した。隣のエロ親父が何かしたら私にすぐ報告してくれ。即刻わいせつ容疑で連行するので安心して欲しい」
「え?えっと…はい」
「ハッハッハ!そこまで憤慨するとは、失礼した。フローラ嬢、マイヤーズ君の冗談は受け流してくれ。くれぐれもリアムには言わないでくれよ?」
「それは名案ですね。フローラ嬢、些細な事でもフォード卿に報告してくれ。総長も少しは痛い目に遭って落ち着いた方がいいからな」
「は、はあ…」
「うーん、それだけは面倒くさいから勘弁して欲しいな…」
今一番会いたくなかったマイヤーズ団長に出くわしてしまった。
騎士団総長と第一騎士団団長のツートップはだいぶ仲が良さそうだ。
私がひどい顔をして一人シガーバーに入って来たのに理由も聞かず、二人共気を使って話しかけてくれているんだろう。
大人だな…。
バーテンダーに葉巻のメニューを見せられたが、すいませんと断って、お酒だけを注文した。
少し面倒くさい客だと思うが、「ドライマティーニをウォッカでシェイクして頂けますか?」と頼んだら笑顔で「かしこまりました」と返事が返ってきた。
これは前世で一度頼んだ事があるが、度数が強くて最後まで飲めなかったカクテルだ。
「マイヤーズ団長、ハンカチありがとうございます。後日改めてお返しいたしますね」
「いや、それは女性に渡す用だから、宜しければフローラ嬢にそのまま持っていて欲しい」
アルファルドがデザインしたハンカチを持っていて、アルファルドと同じ事を言うなんて…偶然?
「…お優しいですね。このハンカチをデザインしたアルファルド様も同じ事をおっしゃってました」
「そ、そうか…」
マイヤーズ団長の声が少しどもった。
「確か…フローラ嬢はアルファルド君と仕事でやり取りをしているのだったかな?」
「はい。良くご存知ですね、バルトフェルド総長」
「アルファルド君から聞いたのだ。リアムがアルファルド君を目の敵にしていたから何故かと思ってな…くっくっく」
以前騎士団入隊試験の時にも見たが、またバルトフェルド総長は子供みたいに悪戯っ子な顔をして笑っていた。
リアムをいじるのが相当好きそうだな…。
それにしても目の敵?リアムのアルファルドへの態度はいつもああなのだろうか…?不安だ…
「そうか、先程フローラ嬢はオースティン卿と仕事の話をしていたのだな…そうかそうか…」
マイヤーズ団長は一人つぶやいている。
こ、これは、もしや………!!
「先程の場にマイヤーズ団長もいらしたんですね?お見苦しい所を見せてしまい申し訳ございません」
「いや、私の方こそ、フォード卿を止められず申し訳なかった。オースティン卿とは、その…仕事の話をしていたのだな…?」
「はい。アルファルド様とは仕事でお世話になっているだけですので」
「そうか…ははっ。そうであったか」
マイヤーズのキリッとした口元が綻んで、花のような笑顔が咲いた。
……マイヤーズ団長、わかりやすくて可愛い…。
マイヤーズ団長がリアムを好きかもと少し疑ってしまった自分を反省した。
「何だ?リアムがアルファルド君に突っかかったのか?」
「ええ。アンと馴れ馴れしくするなんて許さねえと飛び出して行きました。フッ…。二人は仕事の話をしていただけなのに、フォード卿はフローラ嬢の事になると見境がなくなってしまう」
「ブッ…ハッハッハ!リアムとイーグス宰相の二人はどうしようもないからな」
どうしてそこでお父様の名前が出てくるのだろうか?
そしてリアムのあの酷い態度はやっぱりアルファルドに嫉妬していたのか……。
「そうだ、今度フローラ嬢も一緒に飲まないか?」
「いいですね。私も女性が増えるのは賛成です」
「え…」
「実は私達とリアムとイーグス宰相は四人でたまに飲んでいるんだよ」
「そうなんですね…」
知らなかった……。騎士団の三人は分かるけど、お父様も一緒に飲んでいただなんて。
「フォード卿とイーグス宰相はいつもアン…失礼、フローラ嬢の話をするから本人がいたらどうなるか楽しみですね」
「ハッハッハ!そうだな。いや、二人が毎度“アン”の話をするもんだから、フローラ嬢と数回しか会った事がないのに、今日はこんなに馴れ馴れしく話してしまったな。せっかくの落ち着いた雰囲気の店で嫌な気持ちにさせてしまったらすまない」
「いえ、そんな…。お二人とお話出来てとても嬉しいです。宜しければ今度私も是非参加させて下さい」
「ああ、勿論だ。では遅くなったが乾杯しよう」
「フローラ嬢、これから宜しく頼むよ」
「はい、こちらこそ」
「「「乾杯」」」
私のミドルネームをマイヤーズ団長が知っていた理由も分かってしまった。いつもリアムとお父様が私の話をしてくれていただなんて。恥ずかしいけど、嬉しい…。
色々誤解していた事が分かり嫌な気持ちが晴れていった。
リアムに早く謝りに行こう……!
私はリアムが大好きだから、これからも小さな事でまた怒ったり拗ねたり泣いたりしてしまうんだろう。
自分でもめんどくさいと思うし、リアムに愛してもらえる自信なんて無いけれど…素直に謝って、お互いの気持ちをちゃんと話し合いたい。
ゴクッゴクッ…!
前世で敬愛していたジェーム◯ボンドのマティーニを一気に飲み干した。
ぐっ……!!喉が焼ける!!でも少しでいいから彼の行動力にあやかりたい!
バルトフェルド総長とマイヤーズ団長は私の飲みっぷりに驚いて目を丸くした。
「マイヤーズ団長、リアムと夫婦のようだと噂で聞きましたが、私、その噂を消してみせますから!安心してくださいね!」
では失礼します!とポカーンとした二人にお辞儀をして席にお金を置き、私は店を後にした。
まず言い逃げした事をリアムに謝って、それから私の気持ちを話して…。
私の気持ち……そう言えば、私からリアムに好きって言った事は過去に一度も無いかもしれない。
そうだ、今こそリアムに好きだと言おう。世界で一番愛してると私から伝えよう。
噂なんてかき消すくらいに、会えなかった時間をこれからは埋めて、もっともっとリアムに愛情表現をしていかなきゃ……!!
マティーニでキメたフローラは意気込んでいた。
リアムの客室に彼の姿は無い。何処だろう……
動いたら余計に酔いが回ってきた。
外にいるかもしれないし、少し風に当たって酔いを醒まそう。そう思ってデッキへ出たら、何やら辺りから騒がしい声がした。
……!!あれは………!!
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ありがとうございます!!
続きとおまけの話を今日中に更新する予定です!