黒き扇情のワルツ 〜中編〜
「お〜〜い、フローラ嬢。会場でフラフラしてたけど船酔いでもした…の…?………ありゃ」
私がリアムとマイヤーズの様子を遠目から見ていたら、以前生徒会の先輩だったアルファルドが後ろから声をかけてきた。
アルファルドは私と奥にいる二人を見て、しまった、という顔をしている。
私が泣いていたからだ。
「あ……いや、これは……」
こんなみっともない姿を見られたく無いのに涙が止まらない。
今もリアムとマイアーズ団長の笑い声が聞こえてくる。
ハンカチを取り出したくてドレスの隠しポケットを慌てて探しているのに上手く見つからない。
もう嫌だ……。
「はい」
アルファルドがハンカチを渡してくれた。
淡い紫色に白金色の春らしいお花が刺繍されたハンカチ。それは彼がデザインしたハンカチだった。
シリウス作品とは打って変わって以前から可愛らしいデザインが多くなったけど、自分でも使ってるのか……。
「…………ありがとうございます」
「自分では使ってないからね?これは女の子にあげる用」
………?!考えている事がバレている。さすが感性豊かで考察力に長けた攻略キャラ。ネット上で呼ばれていた二つ名“嘘発見器のアルフィー”は伊達では無いのね。
「そ…そうですか。安心しました」
「こうやって渡した子は大体がリピーターになってくれるからね。営業の様なもんだよ」
ハンカチのリピーターというか、その子はアルファルドのリピーター(ファン)になったんじゃ…。
と考えた所で、あの二人の声が聞こえなくなった事に気づき、私の涙も止まっていた。
アルファルドとは学園を卒業してからも、私が企画した文房具のデザインを手がけてもらっているので、仕事で頻繁に会っていた。
うう…、まさかこれからもアルファルドとは仕事で会うのに、こんな所を見られるなんて…黒歴史決定だわ。
「落ち着いた?」
「ええ…。アルファルド様にこんなお見苦しいところをお見せしてしまい申し訳ありません」
「……君を泣かせるなんて許せないな」
「え?」
「いや、何でもないよ。…フローラ嬢が良かったら、この後仕事の話でもしながらお茶しない?」
気を使ってくれたのかな?
こんな気持ちでダンスホールに戻る訳にもいかないし、ありがたく誘いに乗るか…。
「では仕事熱心なアルファルド様にお付き合いいたしますわ」
「ふふっ、じゃあ行こう」
アルファルドの品の良い顔が砕けて一瞬幼くなる。
うん、これじゃあアルファルドのリピーターは沢山いるはずだ。随分ハンカチが売れている事だろう…。
アルファルドに連れられてオープンテラスのレストランへ来た。
季節は春に差し掛かかっているが、頭上には冬空のように灰色の雲が広がっている。
厚い雲が太陽を覆っている様子はまるで私の心のようだ…。
北の地へと進む船の上は本来なら肌を刺すような寒さであるが、風魔法と熱魔法の魔道具が備わった豪華客船は適温で、流れる風が少しだけ気分を落ち着かせてくれた。
「風は気持ちいいけど雲行きが怪しいねぇ。まるで民主主義の新しい風に吹かれて権力がぐらついている隣国の貴族のようだね」
「……そうなのですか?アルファルド様は隣国と密にやり取りしていますものね。明日のパーティーも心中お察し致しますわ」
なんとも際どい発言をするアルファルドだが、現在は王太子の側近を務めており、語学堪能を活かして隣国との内政問題を任されていた。
「あ〜〜明日は気が重いよ。隣国の重鎮達と会議もあるけど、あいつらギャーギャーと自分の権利ばっか主張するから全く進行しないし、そのくせ頻繁にパーティーを開きたがるんだよ?もうクタクタ…」
「あらまぁ。会議は踊る、されど進まず…ですわね」
「ハハッ、面白い例えだね。あ〜、イーグス家の社員としたあの流れるような打ち合わせが恋しいな…」
アルファルドとは二年前から一緒に仕事をしている。私は勿論、イーグス家の社員も含めて商品開発の打ち合わせを定期的にしていたのだが、最近では多忙な彼との打ち合わせは以前よりも減っていた。
アルファルドは元々生徒会の仕事ぶりも優秀で、卒業後に王太子の側近として引き抜かれてからは、父親であるオースティン公爵にも一人の人間として認められたみたいだった。
兄のシリウスに搾取され続けていたブランドは徐々に手がけ無くなり、今ではアルファルドの名で音楽やデザインの仕事をしている。
乙女ゲームで彼の心の葛藤を知っている身としては、本当に良かったと思う。
「そう言って頂けて嬉しいです。実は先日、マスキングテープという新商品の試作品が出来たのですが、是非アルファルド様にデザインをいくつかお願いしたくて…」
「え、また新商品?すごいな〜。フローラ嬢もよくコンスタントにアイディアを思い付くね」
「いえいえ、そんな私なんて……」
アイディアというか前世の知識から作っているだけなのでフローラは何とも言えなかった。
むしろ王太子の側近をしながら毎回デザインを手掛けてくれるアルファルドの方がすごいと思う。
「ふふっ、何でそんなに謙遜するのかは分からないけれど、フローラ嬢は仕事においても、それ以外でも、とても魅力的だよ」
「え……?」
き、急にどうしたんだ?!
アルファルドは嘘やお世辞を言う人間ではない。
「だから、何か悩み事や不安があっても、もう少し自分に自信を持って欲しいな」
もしや、アルファルドは私を励ましてくれているのだろうか…?
「次にまたフローラ嬢を悲しませたなら、その人は僕が懲らしめてあげるから。だから安心して?」
青がかったシルバーの虹彩が優しく細まり、アルファルドは無邪気では無い大人の微笑みを浮かべた。
その人ってリアムだよね…?アルファルドがリアム懲らしめるとしたら精神的にかな?想像したら少し恐怖を覚えたが、その優しさにジワリと嬉しい気持ちが広がった。
「……えーと、返事は?」
「フフッ。ええ、その時は宜しくお願い致しますわ。アルファルド様」
「うん、大船に乗ったつもりでいていいよ」
「えっ、今のはもしかしてギャグ…ですか?今現在、大船に乗っていますし…」
「そうだけど…その返しは酷くない?フローラ嬢に突っ込みのセンスが無い事が判明したよ」
「なっ…!アルファルド様の親父ギャグのセンスもどうかと思いますよ?!」
「はーーー?!お、親父……?!」
雲を帯びていた上空は風の流れが早いのか、時折光が降り注いでいた。
アルファルドの銀色の髪に光が落ちてキラキラしている。彼の優しさからくる言葉も、コロコロと変わる表情も、私の悲しい気分をほぐしてくれていた。
ありがとう…アルファルド……
しかし、やっと温まった雰囲気を裂くようにして、ピリッと威圧感のある声が響いた―――
「……俺の婚約者と、何をしているんですか?」
気がついたら私の側にはリアムがいた。
アルファルドを睥睨しているリアムを見たら、一瞬でここが戦場のように感じる。
「そんなに睨まないでよ。僕とフローラ嬢はただの仕事仲間だよ?」
「ただの……?嘘をつかないで下さい。アルファルド殿の魂胆は分かっていますから。行こう、フローラ。待たせて悪かった」
「えっ、ちょっ…リアム?!」
「アルファルド殿、失礼致します」
リアムはフローラの手を取って強引に引っ張った。
「僕に嘘をつかないで…か。
……フフッ…ハハハハハ!!」
「ア、アルファルド様すいません…リアム、離して…!」
爵位も歳も目上であるアルファルドに対してとる対応ではない。大人になったと思っていたがそれに反するリアムの行動に、フローラは驚きよりも嫌な気持ちになった。
優しく励ましてくれたアルファルドに、何も知らないリアムのこの態度は失礼すぎる…!
フローラがリアムに怒ろうとした時、アルファルドが話し出した。
「リアム・フォード君、面白い事を言う君に、僕から助言してあげよう」
「……」
リアムは止まってアルファルドへ振り返った。
「君は戦場では視野が広いのかもしれないが、先程の踊りはてんで駄目だったな。次にフローラ嬢とワルツを踊るならその狭い視野を広げたまえ。」
「……何を言ってるんですか?」
余裕の表情で急にダンスのダメ出しを話し出したアルファルドに、リアムは怒気を含んだ声で尋ねる。
アルファルドなんかキャラが違うような…。そしていきなりダンスの話をされても…。
でも、拍手もされたし…結構上手く踊れてたと思うんだけどなぁ。
「ダンスと心は繋がっているんだよ。上手く見られたいが為に踊っても相手の心には決して響かない。以前にも増して美しくなったフローラ嬢に自身を良く見せようとするのは分かるが、そこに固執してはいけないよ?」
「……!!訳わかんねぇ…」
リアムはアルファルドに敬語を使うのも忘れて私の腕を引っ張った。
「わっ、リアム……!!」
私はアルファルドへ振り返り会釈してリアムに引っ張られるまま進んでいく。
リアムの客室に着いて手が解かれた。
「……リアム、どうしてあんな態度をとったの…?」
こっちを見ないリアムに恐る恐る聞いてみた。
「だって、あいつはアンの事を……」
「……?」
「………いや、さっきは悪かった。ごめん。……あんな態度をとって、アンは俺に…幻滅した…よな?」
子犬のようにクゥーンと悄気るリアムは可愛いかった。幻滅などしてはいないが、マイヤーズとの事がモヤモヤしたし、アルファルドへの態度はあまり褒められたものでは無い。
「……幻滅はしてないけど、ああいう事をするのはもう辞めて欲しいな」
「……アンはあいつとこれからも会うの?」
「え?…勿論、仕事で関わってるから会うわよ」
そう言った瞬間、リアムに壁ドンをされた。
ひぇっ!!なっ、何…?!前世を通しても初めてされたけど、壁ドンって思ったよりビックリするものなのね…。
「……もう、あいつに会うな……」
そう言ってリアムの腕で両側を塞がれて逃げ場のない私に、リアムが私の唇まで塞ごうとしてきた。
え……!
リアムの黒い髪の毛が視界まで塞いでしまう。
キスをされた瞬間、マイヤーズと笑い合っているリアムが頭をよぎった。
「っ……!い……嫌っ!!」
塞がれた口から必至に言葉を出してぶつける。
その瞬間唇が離れて悲しい顔をしたリアムと目が合った。
そして眉間に皺を寄せて辛そうな顔をしたリアムが、再び無理やりキスをしてきたのだ。
「………っ!!」
嫌だって言ったのに……!!何で無理やりするの?!!こんなのキスじゃないよ……!!
「や……っ、止めて……っ」
私は今日二度目の涙を流していた。
それに気づいたリアムは無理やりしていたキスを止めてくれた。
「ご、ごめん…アン…!!」
「リアムだって会ってるじゃない……っ」
「……え?」
ダムが崩壊したように、もう私の気持ちを止めることは出来なかった。
「リアム、私のミドルネームをマイヤーズ団長に教えたよね…?それ程…リアムは彼女に心を許しているんでしょ?」
言葉に出すと余計に辛くて涙が更に溢れてくる。
「あ……それは――」
「私、さっき見たの!仕事で抜けたリアムとマイヤーズ団長が笑い合ってるのを……」
もうダメだ……止まらない。リアムの言葉を遮って怒りを込めてしまった…
「あんな顔でマイヤーズ団長に笑わないで欲しい…」
「………!!」
ついにリアムの顔がボヤけて見えなくなってしまった。
「私にアルファルド様と会うなって言うんなら、リアムだってマイヤーズ団長と会わないでよっ!!バカっ!!」
私は叫んだ後、リアムの力の入っていない腕から抜け出して、部屋を飛び出した。
自分がこんなに泣き虫で自制が効かない人間だなんて知らなかった。
リアムに嫌われたかもしれない……。癇癪を起こして言い逃げする女なんて、どう考えても可愛くない。
自分が大っ嫌いになりそうだ……
オ…オラに話をまとめる力を……!!
すいません、まだ続きます。
お読みいただきありがとうございます!!
誤字脱字報告も毎回助かります…!!
昨日別の話で短編を一つアップしました。
お暇な時にでも良かったらそちらも是非目を通して頂けると幸いです。