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赤き戦場のワルツ 〜前編〜

いつも通り長くなったので今回は切りました。

   




 ――――あれから三年後




 見上げれば(まばゆ)いほどに光り輝くシャンデリア。

 下を眺めれば、ダンスホールの中心から円状に描かれた幾何学模様が美しく、無垢材にコーティングされたワックスによって自身が映し出されて鏡のよう。


 螺旋階段から王太子がご令嬢を優雅にエスコートして降りてきた。

 二人がホールの中央で手を取り合ったのを合図に指揮者がタクトを振る。


 オーケストラによる生演奏がダンスホールに響き渡る中、王太子のリードによって舞曲に乗ったご令嬢のドレスがひらひらと花開く。

 一流楽団が奏でる音に酔いしれながら徐々に会場は熱を帯びていった。


 会場内にはおよそ二百人の貴族が集まり、三十人の騎士が警備にあたっている。

 紳士や貴婦人が見守る中、優雅にステップを踏み終えた二人に大きな拍手が贈られた。


 音楽が鳴り止んだ途端に重低音の汽笛が聞こえ、シャンデリアは揺れ動く。


 さあ、船上での舞踏会が始まった―――


 周りにいる紳士は一斉にお目当ての貴婦人に手を差し出す。

 貴婦人は笑顔で手を上に重ね合わせて二曲目が始まろうとしていた。



「アン……私と踊ってくれませんか」


「ええ、喜んで…」



 かしこまったリアムが微笑んで手を差し出してくれる。

 元々身長は高かったが、更に成長したリアムを見上げた。大人の笑顔でスマートに手を差し出す仕草は、一緒に野山を駆け回っていた元気な頃と大違いだ。


 くすぐったい気持ちになった私はリアムの手を取って中央のダンスホールへ(いざな)われる。

 リアムとの初めてのダンスを目の前にして、既に私の胸は踊っていた。


 婚約して三年も経つのに初めてのダンスとは驚きだと思うが、それはある事情によって仕方がなかった事なのだ。


 本日は三年ぶりとなる王家主催のパーティーだ。しかも巨大な豪華客船での船上パーティーである。


 船上にいる全員がこの日を迎えられた事に感謝をしていた。それぞれが長く激動の三年間を思い出して、このひと時を大切に噛み締めようとお互いに見つめ合う。

 頃合いを見計らった指揮者によって、二曲目のタクトが振りかざされた―――




 ―――リアムが第一騎士団に入隊して半年が経った頃、我が国と元々冷戦状態であった隣国との小競り合いが大きくなり、ついに戦争が始まってしまったのだ。

 それはマッティアが向かった北の辺境地で勃発した戦争で、辺りの村や町は壊滅的な被害を受ける。


 王都から急遽編成された先行隊の騎士達が北の地へ向かったが、その半数以上は生きて戻れなかった。

 その先行隊にヴァルトフェルド総長が周りの反対を押し切って入ったのだが、彼が指揮をとっていなければ北の地にいる我が軍は全滅して戦局の行方は確実に敵国へと傾いていたであろう。


 国王陛下は即座に北の地以外の騎士達へ召集をかけて続々と王都に集結させた。

 開戦から五日後。第二陣として、エリート集団と称される第一騎士団のメンバーを各隊長として編成された総勢五千人以上の騎士が武器と物資を備えて向かう事となった。


 その中にはリアムもいて、フローラは生きた心地がしなかった。

 学園の騎士見習いである人達は召集されていない。

 本来なら学園に通っているはずのリアムは戦争に行かなくても良かったのだ。

 そして王都や他の国境付近も手薄にする訳にはいかないので、戦争の地へ向かわない騎士はいる。


 何故リアムが………!!!

 国を守る為に騎士は存在する。本当はこんな事を思ってはいけないのかもしれないが、リアムを監禁してでも行かせたくなかった。


 私のことを愛しているなら行かないで……

 どうかお願いだから行かないで……!!!


 何度そうやって本人の目の前で泣き叫びそうになったか。


 リアムが戦地に向かうと知った日からフローラの涙は止まらなかったけれど、出立の前日までバタバタと忙しそうにしていたリアムの隙を見つけては、少しでもいいからと会いに行っていた。


 フローラの目が腫れていた事はさすがにバレていたと思うが、リアムの前で決して泣き顔を見せる事はしなかった。

 泣いて引き留めたところで無駄なのは分かっていたから。リアムの目指している騎士団総長という頂きに達するには、戦地を避けて通れないのだという事を……


 フローラがリアムの為に出来ることなど何もなかった。

 ただ泣き叫ぶ胸中を必死に押し殺して、笑顔で見送る事しかできない。生死を行き交う地獄のような戦地にいる間、少しでもこの笑顔を思い出してくれるなら、少しでもそれで元気づけられるんだとしたなら、自分の身勝手な泣き顔なんて見せるわけにはいかなかったのだ。


 北の地へ向かう前日、リアムとの最後の夜。

 婚約をしているが、結婚前の貴族の男女はキスはおろか、ダンス以外ではお互いの手すら触れ合う事も無い人が多数だ。

 そんな中、今は使用されていないイーグス家の別荘でついにリアムとフローラは一つになった。

 泣くのを耐えて笑顔で隠していた分、リアムを求める気持ちは止まらない。

 月が雲から顔を出すたびに、リアムの切ない顔が見え隠れする。

 お互い同じ気持ちなんだと確認するように、そしてお互いの不安をかき消すかのように、求めあっては熱を纏い愛を交わし合った。


 窓辺から朝日が差し込み、リアムの胸の中でうずくまっていたフローラに別れの言葉が伝えられる。


「アン……愛している……。どうか待っていて欲しい。必ず帰って来るから」


 優しい手でフローラの顔を持ち上げて瞳を覗いてきたリアム。

 その言葉に、その瞳に、涙が目と鼻の先まで込み上げてくるのが分かった。


「絶対よ?帰って来なかったらリアムの事、嫌いになっちゃうんだから……」


 我ながら最後まで素直になれず可愛くない言葉を発してしまったと思い、顔を隠すかのように再びリアムの胸にギュッと抱きついた。


「うん、嫌われないように頑張る……」


 そう言ってリアムが頭を優しく撫でてくるもんだから、ついにフローラの目と鼻の先まで来ていたものはリアムの胸を濡らしてしまったのだ。

 そのせいで、泣き顔を晒したくないフローラがリアムの顔をまともに見られないまま見送る事になってしまい、後から後悔が押し寄せてきた。



 その後、隣国との戦争は一年半にも及んだ。


 その間リアムから数回、無事の知らせと柔らかく包んだ現状を書いた手紙が送られてきた。

 リアムの配属された隊には第一騎士団長がいるらしく、手紙を重ねるごとに団長と共に活躍した様子が書かれていた。

 王都には戦地から次々と棺桶が届く中、悪い事は一切書かれておらず、フローラを元気づける為だけの手紙に、リアムの愛を感じて余計に涙がこぼれた。


 結果、ヴァルトフェルド率いる我が国の騎士団が北の隣国に勝利し、隣国の王族は滅び従属国へと成り下がったのだった。


 戦争に勝利した後も、リアムは騎士団として戦地の復興支援にかかりきりで、中々二人で会う暇もなかった。

 戦争終結と同時に学園を卒業したフローラは、自身の手がけた文房具の企画開発によって得ていた利益を復興事業に当てて、戦争で親を亡くした子供の為に孤児院を併設した学校を設立する計画を進めていた。


 そうしてあっという間に一年が過ぎ、戦争によって自粛していた王家主催のパーティが今日ようやく催されたのだ。


 この船は北の地を越え隣国へと向かっている。明日には王制が廃止されて民主主義となった従属国に到着して、平和条約が結ばれてから一周年になる記念式典が執り行われる。

 王太子に加えて我が国の上流貴族達も多数その式典に呼ばれているので、明日も隣国の重鎮と共にパーティが行われるはずだ。



 そんな三年間を感じつつ、リアムと音楽に合わせながらステップを踏みしめる。

 より(たくま)しくなった体つきのリアムに反して、踊りは柔らかく繊細だった。

 リアムは思ったよりダンスが上手く、フローラも元々運動神経が良く昔から習っていただけに、初めてでも二人の息はピッタリ合っていた。周りと比べて二人の踊りはレベルが高く、明らかに周囲の目を惹きつけている。


 ヴァルトフェルドの気遣いなのか、今日は騎士のお仕事が非番のリアムはタキシードに身を包んでいた。

 会場内で警備している騎士達は殆どの人がリアムと共に戦った戦友だ。そんなリアムとフローラの踊りを皆も微笑ましく眺めていた。


 リアムが生きている事に感謝をして喜びを感じながらフローラはリアムを見つめて踊る。

 リアムもそれに応じるように、嬉しそうに見つめ返してくれた。

 リアムは成長期を終えたからなのか、それとも戦争を体験したからなのか、以前はフローラを前にして余裕の無い所が多々あったのに、今はそれが感じられない程大きく包み込む力があった。


 大人になったリアムもカッコいい……。


 二人の世界を纏う曲が終わり、騎士以外にもリアムとフローラのダンスを見惚れていた貴族達から拍手が贈られた。


 周りに見られていたのかと思うと少し恥ずかしい気持ちになっていた時、目の前に珍しい女性騎士が現れる。

 リアムよりは低いが長身の女性で、整った顔と真っ直ぐな瞳のせいか、他者を寄せ付けない凛としたオーラを放っている。その彼女が私達に声をかけてきた。



「フローラ・アン・イーグスご令嬢、お初にお目にかかります。私は第一騎士団の団長を務めているステファニー・マイヤーズと申します。以後お見知り置き願います」

「…初めまして。マイヤーズ団……いえ、ステファニー様のご活躍は常々お聞きしておりました。こちらこそ今後もよろしくお願い致します」

「ふふ…あ、いえ、私の事はマイヤーズでよろしいですよ。して、リア……フォード卿。非番の所すまないが、少しよろしいだろうか?」

「すまない、アン。少し抜けるが大丈夫か?」

「……ええ、大丈夫よ。私の事は気にしないで」



 リアムの表情は真剣なものへと切り替わり、マイヤーズと話しながら会場の外へと消えて行った。

 フローラの予想に反して、笑って話すマイヤーズの姿は可愛らしい女性そのものだ。

 二人が並ぶ姿はとてもお似合いに思えて、フローラは一抹の不安を感じていた。


 因みに現在の第一騎士団の副団長はリアムである。

 それは一年半にも及ぶ戦争で、第一騎士団長であるマイヤーズとの連携により大いに戦果を上げ続けた事が要因となった。

 今回の戦争での英雄こそ、その二人であったのだ。

 二人の敵陣へ斬り込む太刀筋は返り血を纏いながらも美しく、何も言わずとも互いに心の中を理解しているように連携した勇姿は、まるで舞い踊っているかのようだと騎士達からは称賛されていた。

 後に二人の戦闘シーンは“赤き戦場のワルツ”と名付けられ敵国にまで知れ渡ったと言う。


 それは戦後よく耳にした話で、リアムからの手紙にもマイヤーズの事はよく書かれていたが、最初の頃はまさかそれが女性だとは思ってもいなかったのだ。

 戦後の表彰式で第一騎士団の団長が女性であると初めて知った時には、大きな衝撃を受けてしまった。


 そしてマイヤーズはフローラのミドルネームである“アン”という名前を口にしていた。

 リアムは他の人には滅多にフローラの事をアンと呼ばない。その事からも、マイヤーズには気を許して話してしまったという事なのだろう。


 お互い命をかけて戦地を共にした仲間であり、強くて綺麗な女性が先程のようにふとした時に笑った姿はとても可愛らしく、女の私でも見惚れてしまう程だった。


 リアムの事は信じているが最近中々会えていないのもあり、毎日仕事で会ってる二人の姿を目の当たりにしてしまったフローラはフラフラと会場を後にした。


 会場を出てすぐ、警備に当たっている一人の騎士が廊下にいた。

 フローラは不安を拭うかのように声をかける。


「あの…すいません」

「はい?」

「先程、第一騎士団の団長と副団長が出て行ったと思うんですが、どちらに行かれたかご存知ですか…?」

「ああ…お二人なら、上のデッキへ向かう階段を上がって行きましたよ」

「そうですか。ありがとうございます…」


 私はリアムを信じているはずなのに何故二人の居場所を探ろうとしているのだろうか…。

 そう思っていたら、警備の騎士が口を開いた。


「団長達とお知り合いですか?あの二人、とってもお似合いですよね。マイヤーズ団長を支えるフォード副団長の姿を見ていたら、もはや夫婦のようだなぁと皆んな口々に言っていますよ」


 そう言ってあっけらかんと笑った騎士に「そうなんですね」と青ざめた顔でフローラは答えた。

 そのまま真っ直ぐ階段を上りデッキへと向かう。


 そこには二人が向かい合って柔らかく笑う姿があった。


 リアムのマイヤーズに向ける笑顔は、今ではフローラに見せない笑顔であった。それはまるで野山を一緒に駆け巡っていた頃のような、無邪気で眩しい笑顔だったのだ――――








続きます。


お読みいただきありがとうございました!

明るく書こうとしたのになんか暗くなってしまいましたね。汗


あまり更新出来てないのにブックマーク&評価して頂いてありがとうございます!

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