侘助椿の木下で
異世界転生/転移 日間、週間ランキングに入りました。閲覧数が増えたので何故かと思いきやビックリしてしまいました。これも読んでくださる皆様のおかげです。本当にありがとうございます。
ホーー…ホッケピョ!
「クスクス…ピヨ太がまた鳴いてる」
「ハハッ、名前を付けたのか?確かにうぐいすなのに、昨日もピヨピヨ鳴いてたな」
三月も半ばを折り返した今日この頃。寮から学園へ登校する間、個性豊かな春告げ鳥が私とリアムに笑顔を運んでくれる。
たおやかな桜並木の道をゆっくりと時間をかけて一緒に歩く。
でも、それも後一週間後まで。来週には三年生とリアムの卒業式が迫っていた。
卒業したら、リアムの階級が上がるまでは強制的に騎士団の寮で住み込む事になる。
騎士の仕事が落ち着くまでは暫く会えなくなるのだ。
こうして学園内で春を一緒に感じられるのも、もう後わずかか…。
そう思うと少しでも長く一緒にいたくて、余計に歩幅を狭くしてしまう。
「アン…歩くの遅すぎない?」
数歩先を歩いていたリアムが振り返って言う。
私の気持ちなんてこれっぽっちも気づいていないリアムに少し腹が立った。
リアムはこれから新しい生活が始まるんだろうけど、私はリアムが卒業した後もこの学園に通うのだ。
リアムの居ないこの道を一人で歩くことになる…。
寂しいのは私だけなのかなと思うと、ついついいらない事を口走ってしまった。
「なによっ、時間もまだあるんだからいいじゃない。リアムったら付き合う前よりも冷たいのね」
あー…私は何でこうも可愛くないんだろう。
「冷たいって……俺が?」
リアムは意味が分からないと言うかのように顔が斜めに傾き、頭上にはハテナマークが浮かんでいた。
え、気づいていないの?!
だって、だって、付き合う前はあんなにいっぱい手を繋いで歩いてくれてたじゃない!
今なんか、スタスタ前を歩いて行っちゃうし…。
正直リアムとは、先月の騎士団入隊試験の決勝戦前に手を握って以来、指一本触れていなかった。
優勝してプロポーズまでしてくれたのに、何故かリアムは私と一定の距離を置くようになった。
リアムのプロポーズがプロポーズなだけに人目を気にするのは分かるけど、このまま離れてしまったら不安になるに決まってるじゃない。
リアムに触れられたいとは、とてもじゃないが恥ずかしくて言えなかった。
「何で分からないの?!もう、リアムなんて知らないんだからっ!」
「えっ、ちょっ…アン?!!」
フローラは目の奥がギュッとなって涙が出そうだったので、リアムを無視して走り出した。
せっかく思いが通じあったのに、どうしてこうなっちゃうの……。
フローラは幸せの絶頂だった闘技場でのプロポーズが嘘のように思えた。
―――幸せだった試験当日…
騎士団入隊試験の参加者は学園の三年生が八割、試験を通過した一般人が二割いる中で、リアムは最年少だった。
なのにもかかわらず、マッティアとの決勝戦までリアムは一歩も動かず全ての相手を一撃で倒していた。
ここまでリアムの実力が周りと比べて桁外れだとは思わなくて、フローラはもとより会場全体が驚きに包まれていたのだ。
あれだけの試合をしたのだ、リアムが余裕の笑顔をするのは当然だった。
大事な決勝戦前とはいえ、あの試合を見て、誰がリアムの凍えるような冷たい手に気付けただろうか?誰が余裕に満ちた笑顔の裏でリアムが震えている事に気付けただろうか?
フローラがリアムと偶然会った時に、リアムの異変に気付いたのはただの直感だった。
幼い頃からリアムを見ているので、リアムの本質は知っている。
リアムは見た目からして何事にも動じなくて図太い性格に見えるが、意外と小さい事も気にしてしまう繊細な人なのだ。
それは大人になって変わったのかなと思ったけど、リアムの手に触れて思い知った。
やっぱりリアムはリアムなんだと。
本当はリアムに試合前の不安と恐怖がある事を知って喜んではいけないのだが、手を握っている間はリアムのことが愛しく思えて仕方がなかった。
どんなに強く見えても、弱い部分を持っているリアムを私が支えて守ってあげたいと感じたのだ。
リアムの不安と恐怖が少しでも和らいで欲しいと願って迎えた決勝戦。
それまでのリアムの試合とは打って変わって、マッティアとの決勝戦は序盤から違っていた。
今までの試合で一歩も動かなかったリアムは、開始直後からマッティアへと一直線に向かって行った。
それを迎え撃つマッティア。
まるでお互いの剣と剣で会話をしているかのような攻防戦の連続で、会場は割れんばかりの歓声だ。
十分程、二人の鬩ぎ合いが続き、途中で二人は本当に会話をしているようにも見えた。
それもリアムの不敵な笑顔で終わりを告げる。
リアムが剣を地に振りかざした瞬間、真っ白な強い光が放たれたと同時に鳴動が起こった。
これは……リヴァイアサンを倒した時にヴァルトフェルドが使った雷魔法だ。
地面に落ちた雷によって砂ぼこりが立ち上り、観客席からは二人の様子が見えなくなる。
そして冷たい北風が砂ぼこりを連れ去さった時には既に勝負はついていた。
黒く焼け焦げた地面の横で、痺れて動けなくなっているマッティアの首元にはリアムの剣先がキラリと光っていたのだ。
落雷によってシーーンと静まり返っていた会場からは、堰を切ったように拍手喝采が沸き起こった。
フローラは隣にいる父親のイーグス宰相に抱きつき、反対にいた侍女はフローラの背中をニコニコと眺める。
もちろんイーグス宰相は、フニャりとした満面の笑顔をフローラに向けてデレデレしていた。
リアムの視線の先にはマッティアではなく、ヴァルトフェルドがいた。まるで総長の座をこれから奪取すると言わんばかりに。
それに対してヴァルトフェルドは余裕綽々と腕を組んでご満悦の様子だった。
このリアムのヴァルトフェルドに対する挑戦状とも受け取れる試合により、この後自身の首を締めることになるとはリアムも予想だにしなかっただろう。
それぞれの騎士団の団長と副団長が入隊者を選び終えて、生徒会長である王太子のスピーチで締めくくり、無事に入隊試験の終わりを告げるのかと思いきや、ヴァルトフェルドが予想外の言葉を発した。
「本日の優勝者であり、第一騎士団に入隊したリアム・フォード君には、この場で今後の抱負を語ってもらうと共に、ある人に胸の内を明かして貰いたい」
ヴァルトフェルドの意味深な言葉により、会場中の視線がリアムに向けられる。
ヴァルトフェルドを見て微動だにしないリアムは、まるで時が止まっているかのようだ。
「これは騎士団総長としての最初の命令だ」
ニヤリと微笑を浮かべるヴァルトフェルドはなんと無邪気で大人気ない顔なのだろうか。
時が動き出したリアムは観念して壇上に上がり、周囲を一瞥する。
瞳を閉じて深呼吸をした後、リアムはフローラのいる方向に顔を向けた。
試合で見せた圧倒的な力により傲慢になるわけでもなく、落ち着いた様子で一言ひとこと丁寧に抱負を話すリアムは、それが未来への抱負などではなく、まるで真実を語るかのように地に足の着いたものだった。
そう思っていたら急に呼吸が乱れて話が途切れてしまう。
そして「これ以上この壇上ではお話出来ません。失礼いたします」と言った次の瞬間、リアムはフローラの目の前に跪くように現れた。
「アン……じゃない、フ、フローラ・イーグスご令嬢。俺…いや、私が騎士団総長になった暁には、どうか………私と……けっ、結婚して下さい……!!フローラ嬢を……あ、あ、愛しています!!」
彼は本当に先程と同一人物なのだろうか?壇上で話していたリアムとは打って変わって全身真っ赤になって震えている。大きな体を小さく折畳み跪く様子はまるで小動物かのようだった。
観客全員がリアムとフローラを見守る。
「え……えっと、フローラ嬢?」
リアムは長い沈黙に耐えられず、ギュッと閉じていた目を開いてフローラを見上げた。
フローラの顔は手に持っていた花束で隠れて何も見えない。
その隠れたままのフローラが私も愛していますと、途切れ途切れに発した声からは、涙を流しているように伺えた。
フローラはあまりの驚きと恥ずかしさと嬉しさが入り混じって、涙を流している事すら気づかなかったのだ……
そしてリアムに怒って走り出したフローラの目からは次々と堪えきれなかった涙が溢れ出てくる。
つい最近のプロポーズで流れた涙とは正反対すぎて、悲しさが余計に募っていく。
フローラは人のいない中庭で、気持ちが落ち着くまで座っていようと思った。
侘助椿の花が大地に帰して侘しい景色が広がっている。
ポタリ…とフローラの膝の上にも椿の花が落ちてきた。
険悪な状態になってしまったが、明日はイーグス家とフォード家が顔を合わせて、リアムと正式に婚約を結ぶ事となっている。
「このままだとリアムのご両親に合わせる顔が無いわね。椿姫みたいになったらどうしよう……。まぁ、悪役令嬢の私にはピッタリなのかしら」
ふふふ…と自嘲の笑いが込み上げる。
リアムのせいにしたけど、周りの目を気にして近づけなかったのは私の方だ。もっと素直にリアムと手を繋ぎたいと言えれば良かったのに……。
つくづく自分が嫌になりながら、途方にくれる。
「アン…」
後ろからリアムのか細い声が聞こえた。
落ち込みを含んだその声に心が痛んでくる。
素直になりたい、でもどうすれば……。思い悩んで振り返れずにいたら、リアムがそのまま話し出した。
「アンに冷たいって言われて考えたんだけど、確かに最近の俺は自分の事しか考えていなかった。アンを大切にしようと思っているのにそれが寂しい思いをさせてるなんて思いもしなかった。ごめん……」
「大切に……?」
むしろプロポーズされる前の方が大切にされていたと思うフローラは、疑問になり振り返った。
「えっと……、大切にと言うのは、まだ婚約前だし、その……、気持ち悪いかもしれないけど、アンに触れたら…俺、もう自信がないんだ……」
何を言っているのか分からないフローラは顔が斜めに傾き、頭上にハテナマークを乗せた。
「だから……アンにキスしたくなるってことだよ……」
耳まで真っ赤になったリアムは耐えきれずそっぽを向く。
リアム……
愛しさで胸の奥がキュッと熱くなった。
体がみるみる火照ってくるのがわかる。
今すぐリアムに触れたくて、触れられたくて堪らない。
今は地に落ちた赤い椿の花が、まるで大地から優美に咲き誇っているかのように見えた。
「ごめんねリアム。…私も同じ気持ちよ」
リアムの元へ近づきそっと手を触れる。
真っ赤な顔のリアムは信じられないと言うように目を大きく見開いた。
リアムが勇気を出して素直になってくれたおかげで、フローラも自然と素直になれたのだ。
フローラが触れた手は優しく、そこから自分より熱い体温を感じたリアムは、フローラを木の陰に移して自身の体で覆い隠す。
遠くから生徒達の話し声が聞こえるが、心臓の音がうるさくてよく分からなくなる。
リアムのたくましい腕に閉じ込められたフローラはもう目の前のリアムしか見えない。
二人は数秒間見つめ合いながら、お互いの気持ちを確認していく。そしてゆっくりと瞳を閉じていった。
春の青い匂いと優しい風が二人を長く包み込む。
ホーー…ホケッピョ!
ピヨ太の鳴き声に、重なった唇はお互い弧を描き、自然と笑いが溢れだしていた。
お読みいただきありがとうございます。もう何個か番外編を更新していきますので、宜しくお願いします。