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花束で隠さないで

最終回分けたのに少し長めです。ここまで読んで下さった方々に感謝です。

 



 息を切らしながら学園の寮にある自室の部屋に入って、勢いよくドアを閉めた。

 閉める時にバタンと大きな音を立てたからか、隣の部屋にいるイーグス家の侍女がすぐさまフローラの部屋の前に駆けつけてコンコンっとドアを叩く。


「お嬢様おかえりなさいませ。音がしましたが何か問題はございませんでしょうか?」


 フローラは深く息を吐き出して乱れた呼吸を整えた。ドアを少しだけ開けて、顔を出して答える。


「ただいまっ。驚かせてごめんなさい、何も問題はないわ。今日は外食の予定が無くなったから急で申し訳ないのだけれど、いつも通り食事の用意をお願いできるかしら」

「あらっ、そうだったのですね!かしこまりました、お嬢様っ!」


 侍女は急に元気な声になった。


 学園では伯爵家以上の生徒は、寮の自室の横に自身の侍女や近侍の部屋があって常にお世話をしてくれる。

 前世では一人暮らしをして自立していたフローラは、家を出て学園でも至れり尽くせりの状態に自身がダメ人間になってしまう気がして、出来る事は全て自身でやっていたのだが、それが侍女の仕事を奪っていた事に気付いた。

 どうやら身分関係無く優しく接するフローラの人気は根強く、イーグス家の中でフローラの侍女役は争奪戦にまでなったらしい。フローラへの愛は相当なものだった。

 フローラは観念して周りの令嬢達と同じようにお世話をしてもらう事にしたのだ。


 軽快な足取りで侍女が扉の前から遠のいて行くのを確認したフローラは、静かに扉を閉めて、盛大にベッドに向かってダイブした。

 首に巻かれたマフラーに半分程顔を埋めて、大きく息を吸い込む。


「ふわーぁ、リアムの香りがする……」


 キャーー!っと静かな奇声を発しながらキングサイズのベッドの上をゴロゴロ回転して、目が回る直前で仰向けになった。


「私が風邪を引いたらリアムが困っちゃうのか……」


 ウフフフ…と静かに笑い声を上げて犬の尻尾のように両足をパタパタと動かす。


 リアムとはしばらくまともに話していなかったので、今日は夕食を一緒に食べてフローラに脈があるかどうか確かめたかったのだ。

 結果断られてしまったけれど、何故かリアムにお姫様抱っこされてからキスしそうになって、応援してくれるのが嬉しいと照れながら言ってもらえたし、最後に風邪をひかないようにとマフラーを巻いてくれた。ついさっきの出来事を思い返すと、嬉しさのあまり笑いが止まらない。


 また大きく息を吸ってマフラーに残っているリアムを感じる。その優しい香りに満たされながら改めて思った。リアムが大好きなんだと。


 でもその分余計に怖くなってしまう。告白して振られてしまったらと考えると、来月の卒業式ギリギリに告白した方がいいんじゃないか…。


 後ろ向きに考えが行き、ブルブルと首を横に振る。卒業式まで告白を伸ばしては駄目だ。そもそもリアムはモテるんだという事を思い出す。


 生徒会の攻略キャラ達はあまりにも高スペック過ぎて、自由を謳っている学園の中でも、貴族の爵位が高い女性以外は近づく事も話す事も出来ない。

 それぞれの攻略キャラにはファンクラブ的な活動をしている女性達が数多く存在するのだが、学園にいる大半の女性にとって彼らは雲の上の存在なのだ。


 それに対してリアムは男爵家のご令息。身分的にも近づきやすいし、飛び級するくらい頭も良くて顔もカッコ良ければ、現実的に結婚したいという女性はわんさかいる。

 元々モテていたが、飛び級が決まった後からは、休み時間もリアムの周りには引っ切り無しに女子が押し寄せては群がっていた。


 それもあって、最近はリアムとなかなか話せなかったけれど、明日の騎士団入隊試験に受かったら今以上に話す隙も無く、リアムを取り合いになるのは必須だ。


 以前リアムから聞いたけど、騎士団の人が勤務外で鍛錬している時に、リアムも一緒に混ざって手合わせをさせてもらっていると言っていた。

 まだ一年生だけど、リアムは確実に試験に受かるだろう。


 試験まではリアムの邪魔をしないようにと大人しく控えていたけれど、明日の試験が終わったらもうその必要もない。

 早く告白しなければ他の女性に次々と告白されてしまい、卒業式にはフローラの知らない誰かとリアムがハッピーエンドを迎えてしまうのだ。


 告白するのは怖いけれど、先程のリアムの態度を思い返すと、もしかしたら上手くいくかもしれないという気持ちになってくる。


「よし、女は度胸だ……!!」


 首に巻かれたままのマフラーをギュッと握りしめて、フローラは決意を新たに意気込んだ。



 ***



 夕食の時間帯のお店は満席で賑わっていた。


 ヴァルトフェルドがリアムを誘ったのは、先日無事に飛び級できたお祝いと、最近落ち込んでいたリアムの為に明日の試験の景気付けを兼ねて飲もうと思っていたからだ。


 イーグス宰相とヴァルトフェルドは学園時代からの友人で、お互い仕事が忙しい中でも暇を見つけては一緒に飲んでいた。

 お昼に仕事で出くわした時に、いつものように飲まないかと誘われたが、リアムの話をして断ったのだ。

 そしたらなんと、イーグス宰相はリアムと知り合いだと言う。

 久しぶりにリアムに会いたいと言うイーグス宰相に負けて、しょうがないと思い連れて来たのだが…


 ヴァルトフェルドは席について食事を食べ始めてからの三十分間、一言も言葉を発していなかった。


 しかし目の前の二人の会話は大いに弾んでおり、“アン”という名前がひっきりなしに飛び交っている。

 イーグス宰相の娘の話は耳にタコができる程いつも聞いていたので知っているし、ヴァルトフェルドは二人の話に入るつもりも無い。

 だけど、最近あんなにも落ち込んでいたリアムの顔が、今は満面の笑みになっている事に驚いていたのだ。


 最近は騎士団の奴らにだいぶ(しご)かれていたから、それが原因なのかと思いきや違ったのか…。

 まさかイーグス宰相(ロニー)に久しぶりに会えたからか…?

 いや、違うな。

 一瞬だけで分かりづらいが、たまに会話中に恥ずかしげに動揺している様子からして、リアムはイーグス宰相(ロニー)の娘のフローラ嬢(アン)に想いを寄せているんだろう。

 という事は、リヴァイアサンに遭遇した時にいた彼女がフローラ嬢(アン)か…。


 ヴァルトフェルドは、リアムがフローラと結婚する為に騎士団総長を目指している事、リアムが学園を卒業して騎士団に入隊したら中々フローラに会えなくなる事、そしてリアムが目の前のフローラの父親であるイーグス宰相に明らかに気に入られている事、更に一度会っただけだが、リヴァイアサンを移動させる時にフローラがリアムのことを意識していると(はた)から見て感じた事、その他にも全てを総合して考えた結果、三十分の沈黙に終止符を打った。



「おい、リアム。お前、明日の入隊試験で必ず優勝して、好きな子にプロポーズしろ」


「ブーーーーーッ!!!」



 リアムは丁度口に含んでいたお酒を、目の前の騎士団総長という軍事最高権力者へ向けて綺麗に吹いてしまった。

 それを予想していたのか、ヴァルトフェルドは大きな取り皿を盾にして防いでいたので何のダメージも受けていない。

 イーグス宰相はヴァルトフェルドのいきなりの発言に混乱したが、その瞬時の防御力を見て、流石この国の軍事力を動かす男は違うな…と改めて思った。


「なんだ、リアム君には好きな子がいたのか?まさかアンが好きだ、とか言うんじゃないんだろうな?ハッハッハ!」


 ほろ酔いのイーグス宰相は高らかに笑った。


「ゴッ、ゴフッ!!……ゲッホゲッホ!!」


 激しくむせるリアムの顔は心なしか青ざめている。


イーグス宰相(ロニー)お前、仮にリアムが娘のフローラ嬢を好きだと言ったら反対するのか?」

「グッホ、ゲッホ!!!」


 もはやリアムはむせるしか無かった。

 ヴァルトフェルドの言葉には返答せず、イーグス宰相は自身のあご髭を触りながら、暫しの間、思慮を巡らせた。

 リアムはむせすぎたのか、他の理由からなのか、目から少し涙が出ていた。


 髭を触り終えたイーグス宰相は、横にいるリアムの方へと体を向けて、何気ない感じで話し始める。


「……先程聞いたんだが、リアム君は将来騎士団総長になると以前ヴァルトフェルド(ジェームズ)に宣言したんだってね。それは今も変わらないのかい?」


 ほろ酔いのイーグス宰相は柔らかい口調で話しているが、瞳はリアムを射抜くかのように真剣そのものだった。


 それを見たリアムは何とか息を落ち着かせ、姿勢を伸ばしてイーグス宰相の事を真っ直ぐに見返した。


「はい、今もその思いは変わりません」


 リアムの顔つきは、以前ヴァルトフェルドに宣言した時と変わらない…いや、あれから鍛錬を積んだ事が自信に繋がったのか、その時以上に意志の強さが現れていた。


「フッ、フフフ…あの幼かったリアム君が、立派に成長したんだね」


 イーグス宰相はフニャっと顔を和らげた。それは彼の気を許す数少ない人にしか見せない顔だった。


 長年の付き合いであるヴァルトフェルドは、イーグス宰相のその顔を見て、リアムがフローラを好きだと言うことも、男爵家のリアムが騎士団総長を目指す理由も全て理解して、その上でリアムを認めたんだと分かった。


「ほら、イーグス宰相(ロニー)も認めた事だし、明日はフローラ嬢の為にもカッコ良く優勝して、プロポーズしろ。これは総長命令だ」


「ブーーーーーーッ!!!!」


 緊張して乾いた喉を潤そうとリアムがお酒を口にした瞬間に、ヴァルトフェルドはニヤリと笑顔で言い放った。もちろん大皿を盾にしながら。


 リアムが恐る恐る隣のイーグス宰相を見たら、彼は変わらずフニャっと優しく笑っていたので、リアムの青ざめそうだった顔は反対に真っ赤っかに染まっていった。



 ***



 翌日、騎士団入隊試験の会場にフローラとマリアが向き合っていた。

 決勝戦の前に、闘技場の観客席からお手洗いへ向かおうとしたフローラは、光魔法の回復要員で試験に参加していたマリアと偶然鉢合わせたのだ。


 マリアとは生徒会の引き継ぎ以来話していなかったので、フローラに緊張が走る。


「ごきげんよう、マリアさん……」


 いつも可憐で儚いマリアは挨拶に返事もせず、今は鋭くフローラを睨んでいる。


 フローラは生徒会を押し付けた事を恨んでいるんだと感じて、オロオロと一歩後ろに下がった。


「次の決勝戦、マッティア様を応援するの?」

「え……」


 予想外のマリアの言葉にフローラは言葉が出なかった。


「生徒会でチヤホヤされているんだから他の誰かを選んだら?もう婚約解消したんだし、いい加減マッティア様から離れてちょうだい!」


 少し顔を真っ赤にしてマリアはフローラを威嚇している。

 フローラは訳がわからずポケーっとしていた。


「え……何でマッティア様が出てくるのかしら?私は生徒会を押し付けた事を怒っているのかと……」

「押し付けた?生徒会は先生から頼まれて私がやると言ったのだから、貴方は関係ないじゃない。むしろ生徒会の人達があんなにも冷たくて仕事の出来ない人だと分かって感謝しているくらいだわ。」


 仕事の出来ない…マリアがそれを言うか?とツッコミそうになったとき、「マッティア様だけは違ったけれど…」と恥ずかしげにマリアは呟いた。

 突然マッティアの名前が出てきて理解できないし、豹変したマリアに驚きつつも、これが本来の彼女なんだとフローラは理解した。


「よく分からないけど、マッティア様とはもう何もないですし、今日は別の方を応援しに来たのよ」


 先程までのリアムの勇姿を思い出して、フローラの頬の熱が少し上がった。


「ふぅーん…。それならいいけど。まぁ、マッティア様は私の事が好きなんだから、貴方が今更どうこうしたって関係無かったわね。だから、マッティア様が優勝して惚れ直しても、もう遅いんだから諦めてよね!」


 なんかしつこいなと思ったけど、マリアが聞き捨てならない事を言ったのでそこにはムッとした。


「優勝するのはマッティア様じゃないわ。絶対にリアムが優勝するんだから!」


 マリアにつられて素が出てしまった。と思ったら、


「ありがとう。絶対優勝するから…」


 いきなりフローラの耳元で低音ボイスが響いた。

 ビクッと驚いて声の元を見たら、クスッと笑うリアムがいた。


「リッ……リアム?!!なっ何でここに?!!」

「クククッ、トイレの前で美女二人が騒いでたら男は中から出てこられないだろ?」


 リアムにからかうように言われて、初めてフローラとマリアは男子トイレの前にいる事に気づく。慌ててトイレを曲がった角の人のいない所へ移動する。

 マリアは顔を真っ赤にして「とにかくマッティア様に関わらないでよね!」と捨て台詞を吐き、慌てて去って行った。

 バッドエンドではなく、無事にマッティアルートへ進んでいたようで、フローラはホッとする。

 マッティアはフローラに感謝はあれど逆らえはしないはずなので、断罪イベントは無いはずだ。


 そう考えていたら、リアムが(とろ)けるような声で耳元に(ささや)いてきた。


「さっきの言葉、嬉しかった。俺、アンの為に頑張るから、ちゃんと見てて欲しい」


 耳元がゾクゾクして「フヒヤッ」と変な声を出してしまった。

 それを見て意地悪そうに笑うリアム。

 リアムは私をからかうのが好きだけど、こんな風にからかったりはしなかった。甘い言葉だってサラッと言っちゃって、どうしたの?!と思ったけど、嬉しくてドキドキしてそんな事どうでも良かった。


「リアムの事ちゃんと見てるわ。私が一番に応援してるから」


 全身が熱い。今の季節が冬だなんて思えないほどに。

 リアムは決勝戦の前なのにずっと余裕の笑顔を見せてくる。でも、きっと……。


 フローラはリアムの手を掴んだ。

 それに驚いてビクッとしたリアムの手はとても冷たくなっていて、少し震えていた。

 リアムの不安や怖さを取るように両手で包んで温めてあげる。

 いつかリアムがフローラの震える手を握って落ち着かせてくれたように、今度はフローラがリアムの震える手を落ち着かせてあげたかった。


 無言のまま二人の手の体温が一緒になりそうになった頃、遠くからリアムを呼ぶ男の人の声が聞こえた。


 手が温まったからなのか、顔の血行も良くなったリアムからは余裕の笑顔は無くなり、少し照れたような感じでフローラにお礼を言って去っていった。




 観客席に戻ったフローラの横には、何故かニヤニヤした父親のイーグス宰相が座っている。


 反対側の横にはウキウキした侍女が、リアムへ告白する時に手渡す予定の花束を持っていた。


「花束、今貰ってもいいかしら」


「はいっ。どうぞ、お嬢様っ」


 闘技場の中心ではリアムとマッティアが向き合い、今にも試合は始まろうとしている。


 ヴァルトフェルドが

 ついに試合開始の合図を伝えた―――


 フローラはリアムの手の感覚を思い出して、花束をギュッと握りしめる。




「花束で隠さないで」



 そんな事を言われるのは、試合後の予想もしないリアムの言葉によって、フローラが顔を隠してしまったからだった。







リアムルート 〜ハッピーエンド〜(終)


最後までお読み頂きありがとうございます。

ブックマーク&評価も本当に励みになりました。

今後はもっとドキドキが伝えられるように精進いたします。

ラスト不完全燃焼な感じをありがたい事にご指摘頂けたので、番外編で燃焼させようと思います。

宜しければそちらもお付き合い頂ければ幸いです。

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