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霜枯れ時に深情けにならないで

ブックマーク&評価ありがとうござきます!!

力不足で長くなってしまって、最終回分けることにしました。次回持ち越しになります。

 



 放課後、気温も低く芯から凍える寒さの中、リアムは学園の屋外鍛錬場で熱心に剣を振りかざしていた。


 アンに会いたい二百八十三!!

 アンに会いたい二百八十四!!

 アンに会いたい二百八十五!!

 ・

 ・

 ・


 今日はタイミングが悪かったのか、リアムはフローラに一度も出会えないまま放課後を迎えてしまった。

 素振りの掛け声はリアムの心の中だけで響いている。

 校舎の窓から屋外鍛錬場にいるリアムの必死な表情と気迫ある素振りを見た人々は、彼が明日騎士団入隊試験を受ける事を思い出して感心したように見入っている。


「こんな寒い中さすが飛び級は違うな…」


 つい先日、一年生でありながら飛び級の学力試験を受けたリアムは学園内でも有名になっていた。騎士学科の三年生が卒業する為に受ける試験を一年生が受けて合格したのは前代未聞の事だ。それも騎士団総長が仲介の労をとってくれたおかげで受けられたのだが、合格したのはリアムの実力だった。

 これで学園の卒業資格は得たので、来月には三年生と共に卒業してフローラとは離れ離れになってしまう。


 明日の騎士団入隊試験は、試験官との面接実技を通過した一般人も含めてトーナメント式の試験となる。

 試験会場の闘技場は一般開放されて、学園の生徒や一般市民の人々も観覧できるというなんとも開放的な試験だ。


 騎士団は第一騎士団から第十二騎士団まであり、入隊試験ではそれぞれの団長、副団長が審査委員として欲しい人材を選んでいく。

 団ごとに優劣はそれ程ないが、第一騎士団が主に王宮の警護を取り締まっており、重要な任務を任されるエリート集団で構成されていた。そしてトーナメント制で、勝ち上がった最後の一人は自動的に第一騎士団へ入隊する事になる。

 次の総長に抜擢されるのも第一騎士団の団長になるので、リアムがいち早く総長になる為にはトーナメントで優勝する事が鍵になるのだ。



 リアムは素振りをしながら、校舎にある窓のうちの一つを眺めていた。

 そこは生徒会室で窓際に座っている生徒会長の姿が見えた。雪が降りそうな寒空の下で素振りをしながら、リアムは生徒会室の窓際にフローラが現れるのをひと目見ようと虎視眈々と狙っているのだ。


 正直自分でも気持ち悪いと思っているし、明日の入隊試験の前によこしまな心のままではダメだと分かっているが、リアムはフローラ不足でフラストレーションを感じていた。

 もう来月には卒業を迎えてフローラと会えなくなるのに、リアムは二人の関係が全く進展していない事に焦っていたからだ。


「あ…」


 一瞬剣を持つ手が止まる。

 フローラが生徒会長の元へ来て何か話していた。


 今日初めてフローラを見れた嬉しさが込み上げた後、生徒会長への嫉妬が徐々に湧き出てくる。

 その後も他の生徒会メンバー達がフローラと仲良く話している光景を目の当たりにして、リアムの心は挫けそうになっていた。


 生徒会メンバーは全員イケメンで頭も良く爵位も高くて将来性がある、ハイスペック男子の集団だ。

 そんな中に女性はフローラただ一人。しかも美人で頭も良くて頑張り屋なフローラはとっても魅力的だ。


 リアムの剣はガクガク震えてきた。


 あれ程生徒会メンバーにチヤホヤされていたマリアをたまに学園で見かけるけど、何があったのか知らないが彼らを避けるように過ごしている。

 マリアのポジションに変わって今いるのがフローラだ。


 放課後に限らず休み時間もフローラの元には生徒会のメンバーがいつもいる。仕事の話をしているように見えるけど、たまに彼らに微笑むフローラを見ると、奈落の底に落ちたかのように目の前が真っ暗になって、嫉妬で狂いそうになる自分がいた。


 お互い忙しくて会話もあまりできず、話してもフローラはあまり目を合わせてくれないし、ぎこちない態度ですぐ会話を終わらせて去ってしまう。

 最近ではもう自分はフローラに嫌われているんじゃないかとさえ思っていた。


 いつのまにか素振りを数えていた数字は分からなくなっていた。


「このままの気持ちじゃダメだ……!!」


 リアムは震える手に力を入れ直して、自身の不安な思いを叩き切るかのように必死に剣を何度も振り下ろしていく。


「ハハッ、寒い中こんな目立つ場所でカッコつけやがって。上にコネがあるからって調子に乗るなよ、一年坊主が」

「ほんと目障りだからやめてくれないかなぁ〜?みんな室内で鍛錬してるのに、目立ちたいのバレバレだよぉ?三年に喧嘩売ってるのかなぁ〜?」


 ガラの悪い三年生二人がリアムに近づいて絡んできた。

 そろそろフローラの生徒会が終わる時間なので、やめようとしていたから丁度良いと思い、リアムは剣を止めた。

 明日の入隊試験を見に来てくれるのか確認する為にも、フローラに会いに行こうと思っていたのだ。


 それに一言でもアンと言葉を交わして、元気を貰いたいしな。

 さて、女子寮の近くで待ってるとするか……。


 剣をしまい無言で立ち去ろうとすると、三年生の先輩はそれを止めた。


「無視かよ。いい度胸してるじゃねぇか」

「目つきが生意気だよねぇ〜?目上の人への礼儀ってものを分からせてあげなきゃダメかなぁ〜?」


 面倒くさいな……。

 リアムが小さくため息を吐いた。


「ハン、調子に乗るんじゃねぇ!!」

「フフッ、僕の(しつけ)は高くつくよぉ〜?」


 リアムの薄い反応に怒りが達した二人は殴りかかってきた。


 ここで暴力事件になったら明日の試験がどうなるか分からない。リアムは一切手出し出来ないまま二人の攻撃を避け続けていた。


 出口を塞がれて二人掛かりで攻撃してくるので(らち)があかない。

 リアムは、学園でも数人しか使うことの出来ない、繊細な魔力操作を必要とする身体強化の魔法を使って、この場から立ち去ろうとした。


「リアム…?」


 屋外鍛錬場の出入り口の扉からフローラが出てきた。


 どうしてここに……


 喋り方が疑問系の男が目敏(めざと)く後ろにいるフローラに気づいて、下衆な笑みを浮かべた。

 それをリアムが見逃すはずはない。


 “身体強化”―――


「「「えっ?!」」」


 フローラはいきなりの事に驚いて、三年の男達はあまりにも早いリアムの動きに驚く。

 リアムは一瞬で三年の二人を飛び越えフローラを抱えてこの場所を脱出した。

 建物の上を飛び越えて人目のつかない中庭の方へと向かう。


 空を切って走る。風が痛くて息をすると喉が凍りそうになる。凍てつく寒さが頬を赤らめるのか、手に抱えた愛しい人を寒さから守るように密着しているから赤らめるのか、はたしてどっちなのか。


 あ……。アンの香りがする。全てが柔らかくて温かい。俺の胸にアンが顔を埋めている。アンと触れ合っている部分がこそばゆい……。


 久しぶりにフローラに触れたリアムは興奮してしまい、走っていた自身の足を引っ掛けて(つまず)いた。


 うわっ!倒れる……!!


 無意識にフローラを庇うようにリアムが下敷きになって転んでしまった。幸いにも場所が中庭の柔らかい芝生の上だったので事なきを得る。


 いてて……。俺、ダサすぎだろ……。


 どうしようもない自分にガッカリしつつ目を開けたら、リアムの鼻とフローラの鼻がくっつくかどうかの距離だった。


「……!!!」


 えっ、えっ、えっ?!!


 あと少し近づいたらキスしてしまう距離。

 下にいるリアムはどうする事も出来ない。

 フローラは驚いているのか、目をパチクリさせて停止している。

 お互いの吐息が交差して、一瞬口元が白くなった。それによって湿った唇は、寒気によって冷たくなりヒヤッとする。

 誰もいない中庭は、マイナスの気温で澄んだ空気と共にシンと静まり返っていた。

 二人は数秒間その体制のまま見つめ合う。


 何で離れないんだ……?もしかして俺の事が好きなのかと勘違いしてしまうじゃないか……。

 顔が近い……。アンの綺麗な形の唇が薔薇に滴った夕露のように潤んでいる……。


 リアムの手が無意識にフローラの顔へと伸びようとしていた。


 もう駄目だ…!!欲望にまみれたこの手が止まらない!!早く離れてくれ、アン!!


 リアムが心の中で叫んだ途端にフローラの顔が離れていった。リアムの下心で浮いた手は理性という名の地面へと不時着する。

 ごめんと言って、お互い焦りながら離れた。


「大丈夫か…?何処か怪我していないか?」

「うん…。大丈夫よ。リアムは怪我してない?」

「ああ。大丈夫だ……」

「………」


 沈黙が二人を包む。

 日照時間が短いのでもう日が傾き出している。お互いの影に沿って風が吹き抜ける。この陰る寂しさと寒さがより一層、二人の距離を感じさせる。


「前も……こんな事があったよね」

「……?」


 フローラが顔を逸らして言った。


 二人で転んだ事……?あったっけ?


「あの時、どうしてリアムが近づいてきたのか、ずっと考えてたの。もしかしたら、リアムは私に、キッ……キ…キ………!!」


 顔はみえなくても、フローラの白金の綺麗な髪から覗いて見える耳が真っ赤に染まっている。手は不安なのか口元に伸びて震えるように声を出していた。


 キッキキ…?そんなに震えて寒いのか?アンは寒くて赤くなっているんだよな?!


 リアムは勘違いしないように自らを(いまし)める。


「………やっぱり何でもない」


 えっ?気になる…。そもそもあの時ってどの時だ?!アンは何を言うつもりだったんだろう……。


 リアムは気になって聞こうとしたけど、気を取り直してこちらを向いたフローラが先に話しかけてきた。


「リアムが鍛錬場で頑張っているのが見えたの。明日、騎士団入隊試験でしょ?応援してるからって伝えようと思って来たんだけど……。何か私が邪魔したみたいでごめんなさい」


 俺の事見てくれたんだ…。アンが俺を応援する為に来てくれたなんて…。


 そう思ったらジワジワと気持ちが温かくなって、落ち込んで曇っていた心が晴れてきた。


「鍛錬は終わってたし、あの二人とは何の用事もないから邪魔なんかじゃない。俺の方こそ突然抱えて…しかも倒れてごめんな。それに、アンが俺の事応援してくれるのは…嬉しい……」


 いつも素直に気持ちを言えないのに、今日は何故か言うことが出来た。うわっ、でも何かソワソワして恥ずかしいんだけど……!!


「良かった…。リアムは…この後予定ある?良かったら一緒に夕食でもどうかな、と思って……」


 は?!!


 リアムは鳩が豆鉄砲を食ったような間抜けな顔になった。


 信じられない……アンと夕食?!!

 行きたい!!!何を差し置いてでも行きたいけど……!!!


「実は……この後ヴァルトフェルド総長と約束があるんだ。せっかく誘ってくれたのに悪い……」


 リアムは断腸の思いでフローラからの誘いを断る。

 自身の面倒を見てくれていて、この国の軍事力トップにいる人の先約を断れるはずもなかった。


「そっか!うん、全然いいのよ!ヴァルトフェルド総長に宜しくね!明日、入隊試験応援しに行くから頑張ってね!じ、じゃあ!」


 慌てたフローラはそう言い残して、笑顔で手を振り帰ろうとしていた。彼女の顔も耳も真っ赤になっている。それと交代して可愛いくて小さな口元から出る白い息が彼女の顔を隠しては、また赤い彼女が現れる。

 

リアムは咄嗟にカバンに入っていた黒地に青い模様のマフラーをフローラにかける。

 白金の髪に薄紫の瞳、真っ赤な顔をしたフローラにはちょっと浮いて似合わない色だった。


「そんなんで悪いけど、アンが風邪引いたら困るし巻いてって」

「あ、ありがとう……」

「こっちこそありがとう。明日待ってる……」

「うん、じゃあ」


 パタパタとアンは去っていった。

 リアムの胸はドギマギしてキュンキュンして大変な事になっている。


「くそーーっ……今回だけはヴァルトフェルド総長を恨むわ」


 そう言いながらリアムは地面へ崩れ落ちるが、足を曲げて開き、下を向いて顔を覆いながら悶えていた。フローラがリアムに対して可愛らしく顔を真っ赤に染めた事や、自分のために会いに来て応援してくれた事、まさかの夕食を誘ってくれたという幸せをしみじみと噛み締める。


 これは嫌われてなんかないよな?!もしかしたら俺の事……………ッ!!うん、明日はこれで優勝できるかもしれないな。


「クックックック………」


 頭上の夕焼け雲が通り過ぎて形を変えながら彼方へと向かう。その間、不気味な笑い声が中庭中に響いていた。





 城下町の平民が多い地区にある、活気の良い小ぢんまりとした居酒屋はヴァルトフェルド総長の行きつけで、リアムはたまに誘われて過去に何度か一緒に飲んでいた。

 約束の時間になったけど未だ来る気配のないヴァルトフェルド総長に、リアムは怒る様子もなく何も飲み食いせず一人で待っていた。

 周りはガヤガヤと飲み交わす人々やガツガツとお腹を満たしている客で賑わっていて、お店の中でポツンとリアムだけが異質だった。


 ハッハッハ。周りなんて気にならない。今日は何をされても怒らない自信があるからな。


 そう一人で薄ら笑いしていたら、後ろから声がかかる。


「待たせたな、リアム」


 肩を叩かれて振り向いた先には、ニカッとした笑顔のヴァルトフェルド総長の横にまさかのイーグス宰相がいた。


 いいーーーっ?!!ア…アンの親父さん……?!!




お読みいただき、ありがとうございます。

長くなってしまい申し訳ないんですが、次回までどうぞお付き合い下さい。


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