〈8〉転職をした最初の日4
滞りなく、と言えば大いなる語弊があるが、無事に入学時が終わってくれた。
報道陣や来賓がいなくなり、ようやく肩の力を抜くことが出来る。
周囲にいた同級生たちも、それぞれの担任に振り分けられて、体育館を去って行った。
そうして最後に残された俺たち30人の前に、ひとりの男性が近付いてくる。
「今日から君たちの担任になる 宇堂だ。先生とでも、教官とでも好きに呼べ」
歳は30歳くらいだろうか?
短髪の黒髪に、切れ長の目。細いシルバーフレームのメガネ。
ほどよく筋肉が付いているであろう体が、高級スーツに包まれていた。
ただ、ネクタイの結びが少々甘く見える。
それでもあまり違和感を感じないのは、やはり彼がイケメンだからだろう。
「長ければ3年間世話になるが、よろしく頼む」
「「「よろしくお願いします」」」
俺と左隣の美少女以外が、声を揃えて頭を下げた。
学生生活から遠ざかっていたせいで少し遅れたが、俺も無言で頭だけは下げておく。
チラリと隣の様子をうかがうと、美少女が胸の前で傲慢に腕を組み、足を組み、冷ややかな瞳で宇堂先生を見下ろしていた。
「違うわね……」
その唇から言葉が漏れる。
組んでいた脚を下ろして、美少女がおもむろに立ち上がった。
結われたポニーテールが、俺の隣で揺れている。
値踏みでもするような冷たい視線が、宇堂先生の肢体に突き刺さっていた。
「それで? アナタは強いのかしら? 担任といえど、私は弱い人間に教わる気はないわよ?」
「……は?」
それは誰がもらした声だったのか。
俺は思わず目を見開いて、彼女を見上げた。
艶やかな髪をサラリとかきあげて、美少女がクスリと笑っている。
「強ければ私の担任でも良いのだけど。……残念ね。あなたじゃ力不足みたい」
強い感情は感じない。
好きな服でも選んでいるかのように、彼女は静かに微笑んでいた。
音が消えた体育館の中で、誰かがゴクリと息をのむ。
何を言っているんだコイツは?
なんでいきなり担任にケンカ売ってんだよ!?
そう思ったのは、俺だけじゃないだろう。
「いやはや。こいつは良い」
そんな重たい空気の中でも宇堂先生だけは、なぜか楽しげに肩をふるわせていた。
美少女の瞳に、小さな怒りが浮かび始める。
「……何がおかしいのかしら?」
「いやなに。相手の力量も測れない子供でも、威勢だけは1人前だと思ってな」
「「「なっ……!?」」」
思わず声が漏れた。
張り詰めた空気が周囲を覆い、少女の瞳が鋭さを増していく。
「そう。どうやら死にたいようね……」
不意に、彼女が右足を軽く引いた。
左手を前に突き出して、その上に右手を重ねる。
彼女の手の中に、光の粒のようなものが集まっていく。
「え……?」
「銃……!?」
気が付けば、拳銃らしき金属の塊が、彼女の手の中にあった。