〈71〉
足下に"力"を集めて、吹き飛ばされそうになる体を必死に押さえ込む。
「ふっ!!」
下からすくいあげるように、化物のあごを盾ではじき返す。
化物の顔が少しだけ上向きにずれて、俺の背後から放たれた2発の銃弾が、大きな瞳を打ち抜いた。
――Gyaonn!
思わずと言った様子で、ヤツが後ろに下がる。
左目を榎並さんが。
右目を結花が打ち抜いていた。
盾を消し去り、手の中に巨大な剣を"発現"させる。
目から血を流し、悶え苦しむ化物の右足目掛けて切っ先を突き立てた。
骨と骨の間を突き抜けて、剣が地面に突き刺さる。
振り回させる尻尾が立てた砂ぼこりに目を細めながら、もう1本の剣で左足を地面に縫いとめる。
「足くらいは良いわよね?」
背後から聞こえる銃声に続いて、小さな銃弾が俺の横を通り過ぎていった。
化物の足と尻尾の隙間を抜けて、銃弾が砂ぼこりを切り裂いていく。
「ぐぁっ!!」
その向こうから聞こえてきたのは、柳の悲鳴。
砂ぼこりの先で、柳が膝を押さえてうずくまっていた。
「あら。化物を撃つつもりだったのに、流れ弾が当たって仕舞ったわ」
愉快そうに榎並さんが肩をふるわせて、銃口から立ち上る硝煙を吐息で吹き消している。
「流れ弾、ねぇ……」
「あら、疑って居るのかしら?」
「いや、そんな事は無いさ。流れ弾だな」
小さく振り向いて、榎並さんと笑い合う。
彼女の隣では、お気に入りのドクロに乗った結花が、詠唱を終えていた。
「さすがにそれの流れ弾はまずいから、化物だけにしといてくれ」
「……ダメ、ですか?」
コテリと首をかしげた結花が、可愛らしく俺を見上げているが、さすがに殺すのはな……。
「真相究明は必要だからな。それに俺たちは裁判官じゃない。人を裁く権限はないだろ?」
「……そうですね。わかりました。それじゃぁ――」
結花が愛用の杖を化物目掛けて振り下ろす。
頭上で浮かんでいた巨大な火の弾が、化物目掛けて飛んでいった。
視界は奪われて、足も地面に縫い止められている。
そんな状態で、結花の魔法を回避出来るはずもない。
吠え続けて居た巨大な口の中に、火の玉が入り込み、腹の中から化物が燃えさかる。
焼け焦げる臭いと、肌を焼く熱を残して、化物が小さな玉へと戻っていった。
「それで、柳さん。今のが切り札って訳じゃないんでしょ?」
地面に刺さった剣を回収しながら、柳に問いかける。
かつて報酬にと提示された"魔女の秘薬"をポケットから引っ張り出した柳が、苦い物を飲み干すように喉を鳴らした。
榎並さんが打ち抜いた傷口が復元されていき、中にとどまっていた銃弾がコロンと転がり落ちる。
「やはり持ってたんですね。その薬を公表しないのはなぜでしょう? 沢山の命が救えると思いますが?」
「ふん、知れたこと。なぜ愚民ども命など救えたところで何になる? 我々だけが傍受出来れば良いのだよ」
ニヤリと唇の端をつり上げた柳が、100を超えるような数のビー玉を地面へとばらまいた。