〈7〉転職をした最初の日3
「入学おめでとう。僕は君たちとこうして会える日を心待ちにしていたよ。教員を代表してみんなを歓迎しよう」
高い位置でマイクと向かい合った橘さんが、渋い声で話しかける。
ひとりひとりに問いかけるような、心地良い静かな声。
小さなざわめきも消えて、誰しもが橘さんの声に耳を傾けていた。
「中学や前の職場を卒業して数ヶ月。新しい環境はどうかな? 楽しく学べそうかい?」
いやぁ、美少女ばかりで幸せですよ。イケメンも多いけど。
てか、前の職場を卒業、ってどう見ても俺だけですよね? 聞いてないんですが?
なんて心の声に、壇上の橘さんが答えてくれるはずもない。
「さて、みんなの心の中には、将来こうなりたい、こうしたい、そんな思いがあると思う。
ずっと遊んで暮らせる大金を手にしたい。
自由で幸せな時間を過ごしたい。
英雄を見上げる眼差しで見られたい。
私はね。そういう欲望が詰まった大きな夢か、人を成長させると思っているよ」
ニッコリと微笑んで1度言葉を区切った橘さんが、俺たちひとりひとりに視線を向ける。
「小さな幸せ、大きな幸せ。目指すのならどっちがいいかな?
キミたちなら、そのどちらも目指せるよ。
この場所は、そういう場所だからね。
この入学式だけでも、日本中の人々が君たちを特別な存在として見ているのを感じるかな?」
ニヤリとした笑みが、橘さんの口元に浮かび上がる。
彼の瞳は、後方にいる報道陣に向けられていた。
横一列に並び、赤いランプを光らせるカメラたち。
その向こうにはきっと、無数の視聴者がいるのだろう。
「これが成功者の生活だ。一流の冒険者になれば、こんな幸せな生活が出来る。
そんな希望に満ちた姿をキミたちには見せてあげてほしい。
もしも目指す姿がないのなら、誰もがうらやむ英雄になりなさい。
この学校ならそれが出来るのだから」
優しく微笑む橘さんの中に、心に響く欲望が紛れて見えた。
その言葉に、その瞳に、不思議と気持ちが吸い寄せられていく。
周囲からも、生唾を飲む音が聞こえていた。
「英雄に必要なのは、美しい強さと自分だけの色だよ。
まずは全員が、自分の見せ方をここで学んでくれるかな?
……彼のように、ね」
お茶目にウインクをして、橘さんはなぜか俺の方に視線を向けた。
その視線にひかれるように、周囲の美少女やイケメン、報道のカメラまでもが、一斉に俺を見る。
一瞬の静寂の後に、ヒソヒソとしたざわめきに包まれる。
「あの人って、やっぱり優待生だったんだ。私たちとは、なんだかオーラが違うもんね」
「確かになー。普通の人があんな格好で入学式に来るわけないもんなー」
「1台はずっと彼にマークしておきなさい! 必要になるかも知れないわ!」
なんだか素敵な誤解が飛び交っている気がするが、今の俺にはどうすることも出来ない。
湧き上がる動揺をサングラスで覆い隠して背筋を延ばし、俺は堂々と胸を張り続けた。