〈69〉
「すぐに行動を始める。ネネくん、案内を」
「はいなのです!」
宇堂先生の指示に従い、ネネが穴の縁に手を伸ばす。
1歩、2歩と進み出た宇堂先生が、俺たちの方に振り向いた。
「もし完成までに戻らなければ、俺を待たずに穴を閉じろ。いいな?」
「いいわけないでしょ? でもそうね。もし間に合わないなら私もそっちに飛べばいいのかしら?」
「……そうだな。時間は出来る限り厳守しよう」
「あら残念。親友と異世界で生活するのも有りなのだけど、時間までは大人しくしている事にするわ」
「そうしてくれ。行ってくる」
そんな言葉を残して、宇堂先生がネネとともに穴の中へと飛び込んだ。
淡い光が2人を包み、宝石の町へと落ちていく。
「さてと。将吾、行けそうか?」
「あいよ。ちょいまちー……」
1人だけ前へと進み出た将吾が、何かを探るように穴の周囲を踏みしめていく。
そして不意に、肩がピクリと震えた。
「あった。……始めるぜ?」
「あぁ、よろしく頼む」
「うぃうぃー」
這いつくばるように両手で表面の土をかき分けて、手のひらサイズの赤い宝石に手を触れる。
背負っていた鞄の中から見覚えのない機械を取り出して、宝石の上へと押しつけた。
「閉鎖が可能になるまで30分くらいだぜ? それまでは宇堂先生の成功を祈ることと――」
「私の排除かね?」
不意に頭上から声がした。
全員で将吾の周囲を固めて、天井の穴を見上げる。
「やぁ、どうも。お邪魔するよ」
「柳……」
細いワイヤーに足を掛けた柳が、昼下がりのひとときを楽しむかのように、優雅に笑っていた。
ゆっくりとワイヤーが下ろされて、柳が地面に足を付ける。
俺を先頭に全員が位置を変えて、銃口を柳へと向けた。
「おやおや、これは手荒い歓迎だね。宇堂くんは穴のしたかな?」
「……あぁ、おまえが使い捨てた少女を拾いに行っている最中だ」
「おやおや、そうなのかい? ……えーっと、それは、どの子かな? あいにくと、心当たりがありすぎてね。実験体の番号で教えてくれるとありがたいよ」
「…………」
俺の顔を見て、くくくっ、と肩をふるわせた柳が、将吾の方へと視線を向ける。
口元からニヤリとした笑みが消え、その瞳が小さく見開いていた。
「……橘の研究か」
小さなつぶやきに続いて、柳が1歩だけ前に出る。
それを押しとどめようと、俺たちは彼の額に銃口を向けて、拳銃を握りなおした。
足を止めた柳が、俺たちの背後に視線を向ける。
「……橘の孫だったかな? 自分が何をしているのか解っているのかね?」
「あん? 理解も何も、穴を閉じようとしてるだけだろ?」
「……愚者なのかい? その穴が産む利益はーー」
「はっ、そんなもん知るかよ。悪いが爺さんの頼みでな。俺ってば、良い孫なんだろ?」
作業のじゃまをするな、とばかりに鼻で笑って、将吾は機械の操作を再開した。
柳がふと視線をあげて、向けられた銃口に視線を向ける。
「君たちも同意見かね? あの穴は人類に繁栄をもたらすものだ。それを埋めると?」
「えぇ、まぁ、そのつもりです。今は、ですが」
柳さんに聞いておきたい事がありましてーー。
そう切り出した俺の言葉に、柳が怪訝そうに眉をひそめていた。