〈61〉
肌を撫でるそよ風があって、降り注ぐ日差しは暖かい。
下り続ける螺旋階段は空中散歩のようで、とてもじゃないが深夜1時の地下だとは到底思えない。
それでも、原理だとか理屈なんかに蓋をして、俺は進む先に視線を向けた。
下り始めた時と比べると、地面もかなり近付いている。
感覚的には東京タワーの展望台くらいだろうか?
階段の先にあるツインタワーとでも呼ぶような巨大なビルは、もうすぐと言うところまで近付いていた。
「全員、武器の用意だ。自分たち以外はすべて敵だと思え」
真っ先に屋上へと降りた宇堂先生が、その手に小さなナイフを“発現”させる。
漂ってくるのは、胸が詰まる緊張感。
木漏れ日を感じていた空間が、いつの間にか淡い霧に覆われていた。
降り立った地面はコンクリートで、正確な数字はわからないけど、学校のグラウンドよりもはるかに広く見える。
淡い霧に覆われているせいか、どことなく不気味な空間だった。
「応援を回せ! さっそく出やがった!」
聞こえてきた声にハッと振り返るが、霧のせいで叫んだ男の姿は見えない。
銃声に遠吠え、得体の知れない何かの断末魔。
霧の向こうから聞こえてくる音に耳を傾けながら、俺は左手に盾を引き寄せる。
杖、銃、レイピア。
それぞれが得意な武器を握り、表情を引き締めた。
「ここは別の隊が受け持つ事になっている。こっちだ」
聞こえてくる戦場の音に背を向けて、宇堂先生が下に続く階段に足を踏み入れた。
見えてくるのは、上から見たとおりの大きなビルの中。
正面と左右に巨大な通路が延びていて、ガラス張りの部屋が整然と並んでいた。
周囲は薄暗く、俺たちのいる場所だけが、ランタンの光に照らされている。
男たちが持つ光が、廊下の先に燃えていた。
三本あるすべての通路に人を割り振って、先へと進んでいるらしい。
そんな状況をゆっくりと見回した宇堂先生が、小さく息を吐く。
「……行ったようだな。詳しい話を始める。ダンジョン内に監視は無い。気を緩めて良いぞ」
手本を見せるかのように、先生が和らいだ表情を浮かべていた。
先生や榎並さん、将吾の話をまとめると、ここは「未来人の遺跡」とでも呼ぶべき場所らしい。
「爺さんから聞いたけどよ。秘匿技術の根幹って、ここらしいぜ? 俺らが学ぶ“力”も戦う化物も、ここで見つけて研究したんだとさ」
「私たちの実験場も、ここにあったわね。構造が日々作り変わるから、もう残って無いみたいだけど」
榎並さんが壁に手を触れて目を細め、将吾がぼんやりと廊下を見渡す。
医療、建築、遺伝子工学。
ここで見つけた物質や発見が、様々な分野に影響を与えているらしい。
今回の報酬である結花の母を治す薬も、恐らくはここで見つけた物だろう。
「エンターテイメントに見せかけて兵士を育てる。その目的はここの探索。そういうことだ」
手元にある兵力だけでは足りないが、放置するには勿体ない。
行き着いた先が、俺たちの通う学校って訳だ。
「いっつも人手不足なのと、お試し、って事で俺らが呼ばれたっぽいぜ?」
なんともありがちな話だ。
ふぅ、と大きく息を吐いて、結花の方に目を向ける。
足音一つ聞こえないビルの奥へと目を向けて、彼女はギュッと唇を結んでいた。
――そんな時、不意に宇堂先生の手元から、呼び出しを伝える小さな音が鳴り響く。
「宇堂だ。……教え子にも注意するよう伝える。世話を掛けた」
いつの間にか、ビル全体が不穏な空気に包まれていた。