〈50〉
「今回の件に生徒を巻き込むつもりはなかったが、そうも言えないようだな」
そう前置きをして、宇堂先生が俺たちひとりひとりを見据える。
「俺は元々自衛隊に所属していた。この学校も元をたどれば自衛隊に行き着くのだが、それは理解しているな?」
「なんとなく、ですが」
授業の補佐は迷彩服の男たちで、"力”は政府の秘匿技術だ。
ペアの解消を命令した柳も防衛省の人間だと名乗っている。
であるなら、行き着く先は自衛隊だろう。
「日本政府の意向は知らないが、自衛隊としてはより多くの“力”を取り込みたいようだ。災害現場への派遣であっても、要人の護衛であっても、今とは段違いの戦力になるだろう」
“力”は若いときほど身に付く。
より多くの“力”を自衛隊に取り込み、国の防衛や被災者の救護に派遣する。
その宣伝と教育を織り交ぜた結果が、俺たちの通う学校だと先生は言う。
「軍の内部で適性者を見つけ訓練を施す。いわば最初の実験台が俺たちだった。その結果を受けて、軍は娘や榎並を集めたのだろう」
宇堂先生も娘に関する記憶は消され、橘理事長から送られたビデオで思い出したそうだ。
彼もまた、娘を探すためにここにいる。
であるならば、
「……橘さんの立場は? 何者ですか?」
「俺よりも前の人間だな。“力”の発見から関わっている。これまでの話しを聞く限りでは、上で唯一の理解者だ」
「そうですか……」
つまりは、橘さんが“力”の発見に関与し、宇堂先生が形にして、榎並さんたちが知識を育てた。
上層部は事故の実態を握りつぶして、俺たちをヒーローに仕立てている。
被災地などに俺たちが行けば、より多くの命を救えるだろう。
警察と連携すれば、犯罪者も減るかもしれない。
確かに悪くない案だと思う。
そう思うのに、言葉に出来ない気持ち悪さが腹の中を渦巻いていた。
「娘さんの行き先や事故に関しての手がかりは?」
「まだだ。探ってはいるが、先に向こうに感付かれたらしい」
その結果が先の暗殺につながっている。
そういう話なのだろう。
「榎並の名前は仲の良い友人だと娘から聞いていた。入学式での様子を見ればある程度のことを察することが出来る。ゆえに、上への報告は最低限にしていたのだが……」
どこからか漏れたらしい。
榎並さんに探られる何かを守るためか、取り戻した記憶が邪魔なのか。
彼女を殺してでも守りたい何かがあるのだろう。
理由はどうであれ、何とも気分の悪い話だ。
それにもう一つ、俺の気分を悪くする原因がある。
「榎並さんの存在をバラしたのは、俺、ですね……」
「………」
俺の質問に関して、宇堂先生は肯定も否定もしない。
驚いた表情を見せたのは結花だけで、榎並さんも顔を逸らすだけだった。
思い出すまでもない。ペア決めで呼び出された俺は、柳の前で榎並さんの名前を出している。
「俺に出来ることは?」
「……いずれは手を借りたいと思っている。暗殺未遂を知った理事は大層お怒りだ。普段では考えられないような表情でいろいろと手を回しておられた。当分は敵も動けないだろう。今は傷を直し、“力”を強めて欲しい。これは担任としての願いでもある」
「……わかりました」
まずは遠距離の訓練からはじめようか。
強い痛みを訴える左の肩に視線を落として、俺は小さく息を吐き出した。