〈5〉転職をした最初の日
電車とバスを乗り継いで38分。
橘さんのスカウトを受け入れた俺は、今日から通うことになる訓練学校のグラウンドに来ていた。
――のだが、どうにも場違いな感じしかしない。
足下には石灰の綺麗なラインが引かれており、見上げた先には3階建ての校舎がある。
校舎の1番高い場所には学校のエンブレムがあり、その中央に大きな"高”の文字が輝いていた
周囲には、多種多様な"高校”の制服を身につけた若い男女が数多くいる。
「ねぇ、見て。あの人、オジサンじゃない?」
「わっ、ホントだ。でもでも、ここにいるのって新入生だけなんでしょ?」
「ん~、あの人、同い年には見えないよね?」
周囲からはヒソヒソと話す声が漏れ聞こえていた。
少女たちの瞳がチラチラと俺に向けられている。
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国立 冒険者サポート 専門高等学校
常任理事 橘 敬三
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今更ながら、橘さんの立場が記憶の奥底から呼び起こされていた。
あのときはスライムや紫の炎やらに気を取られていたが、もしかすると重要な項目を見逃していたのかも知れない。
しかも、差し迫った問題は年齢だけじゃない。
「ねぇ、見てあの人。なんでスーツ? なんでサングラス?」
「すごいわね。確かに服装は自由ってあったけど……。心が強いのかしら……」
「スーツはないよねー、サングラスはもっとないよねー」
今日のために見繕った服装までもが、周囲から浮いていた。
服装は自由です、って書いてあったらスーツが正解だと普通に思った。
確かに制服のカタログも大量に渡されたが、まさかそれが正解だとは思わないだろう。
迷ったらスーツ。社会人の常識だと思っていたが、明らかに場違いだった。
「みんなやめなって。スーグラさんに聞こえちゃうよ」
もちろん心の優しい子もいるし、面と向かってからかわれることもない。
ってか、スーグラさん、って俺のことだよな?
スーツとサングラスの頭を取ってスーグラか……。
「どうしてこうなった……」
大きく息を吸い込んで、ふー……、と吐き出した。
ちなみにだが、サングラスは橘さんがプレゼントしてくれた物だったりする。
『きっとこの子が、キミを助けてくれるよ』
なんて言っていたが、今は完全に敵だった。
理事長である橘さんに貰ったものだから初日くらいは……、と思っていたが、どうやら経営陣にこびを売ってる場合ではないらしい。
周囲から隠れるように背を向けて、俺はそっとサングラスを胸ポケットに仕舞い込んだ。
だが、スーツの方はどうしようもない。
あとは出来るだけ目立たないように祈るだけだ。
「あ、サングラス外しちゃった。スーグラさんがスーさんになっちゃった」
「えー、サングラス姿かっこよかったのに……。でもでも、素顔は可愛い系かも♪」
「わかるー。けど私はサングラスが好きだったなー」
周囲の声は無視する。そう決めた。