〈48〉
「知らない方が幸せよ。それに、面白い話ではないわ」
「それでも、聞きたいです。足手まといだけど、私は竜治さんのペアですから」
「……そう」
俺が目を覚ましてから1時間ほどが経ち、保健室の時計は午後の9時を示している。
『あの担任も当事者よ。たぶんだけど、私以上にね』
そう語った榎並さんの判断で、宇堂先生もこの場に呼び出していた。
病人である俺はベッドに寝たまま。
結花は俺を守るようにすぐそばに腰掛けて、隣のベッドに座る榎並さんを真剣な眼差しで見詰めていた。
「もう一度聞くわ。成川 竜治、水谷 結花。話を聞けば後戻りは出来ないわよ?」
殺気がにじみ出る鋭い視線が俺たちに向けられている。
榎並さんの手にはいつもの銃が握られていて、その銃口が結花の額に向けられていた。
「どれだけ脅されたとしても、私は退きませんよ」
「……そのようね。がむしゃらに走り続けていた時と同じ目だもの」
「ぇ……?」
小さく目を見開いた結花を見詰めて、榎並さんが小さく肩を震わせた。
カチャリと音を立てて、銃口が手の中から消え去っていく。
そんな彼女をチラリと流し見て、俺も小さく息を吸い込んだ。
「聞かせてもらえないかな? 榎並さんにとっても、楽しい話じゃないと思うけどさ」
「……そう、わかったわ」
ほんの少しだけ視線をうつむかせた榎並さんが、チラリと宇堂先生に視線を向ける。
背中を真っ白い壁に預けながら胸の前で腕を組んだ宇堂先生が、淡く目を閉じてゆっくりとうなずいて見せた。
「俺も知る限りの事を話そう。担任としてではなく、めぐみの父としてなら多少の事は目をつむれる」
「期待しているわ」
おもむろに左手を持ち上げて、榎並さんがうなじをかき上げる。
トレードマークであるポニーテールがふわりと溶けて、彼女は小さく微笑みながら髪を揺らした。
根元を止めていた小さな髪留めを俺たちに見せてくれる。
「めぐみが――宇堂めぐみが私にくれたものよ。たったの半年だったけど、未だに1番の親友だと思っているわ」
太めの白いヘアゴムに、榎並さんの目と同じ色の淡いビーズが2つ付いていた。
ふわりとした笑みを浮かべて、ゆっくりと手を閉じる。
「少しだけ聞きたいのだけど、理事長に入学を勧められたとき、2人は動画を見たかしら?」
「あぁ、楽しげに3つ首のオオカミを倒す動画を見せてもらった」
「そう、それなら良いわ。それで、その動画に違和感を覚えなかったかしら?」
「??」
違和感?
あの動画に不審な点なんてあっただろうか?
魔法や剣術、見覚えなのない獰猛な獣の姿に驚きはしたが、"力”を知った今ならすべて本物だったと理解している。
チラリと結花の横顔をのぞき見た物の、彼女もはやり首をかしげているだけだった。
「私はあれを見て、すべてを思い出したのだけど、今は関係ないわね。竜治。あなたは何期目の入学生かしら?」
「……栄えある1期生だと聞かされているが?」
「そうね。それじゃぁ、あの動画に出てた高校生は?」
「…………」
なるほど、確かにおかしな話か。
俺たちの学校に先輩はいない。
マスコミも、世界初の試み、と世間を盛り立てていた。
だとすれば、あの高校生たちは何者だ?
あまり覚えてはいないが、容姿も性格も悪いようには見えなかった。
日本政府の最新技術を世間にお披露目するための素材なら、まずはあの動画を世間に流せば良い。
俺が引き込まれたように、世間の注目は自然と集まる。その上で学校を作り、広く募集すれば良い。
なぜ、そうしなかったのか……。
「この学校にはゼロ期生とでも呼ぶべき存在がいるの。あの動画で弓を持っていた少女は、私なのよ」
腕が痛むことすら忘れて、俺は思わず彼女の方に体を向けた。