<45>同級生と銃弾3
飛んできた銃弾が触れたのか、右の肩が燃えているかのように熱い。
その割には痛みがなくて、右半身の感覚がなくなっているようにさえ思う。
「なん、で……、なんで私なんか……」
消え入りそうな声を漏らしながら、榎並さんが目を見開いていた。
出会ってから一度も見たことのない、少女らしい瞳。
そんな彼女から離れるように、俺の体が地面へと倒れていく。
「っぁ……!!!!」
伸びてきた彼女の手が、俺の肩を支えてくれた。
比較的自由のきく左手を伸ばして、右の肩に触れてみる。
ぬるりとした赤い物が、指先に付着していた。
制服や頬に血を付けながら、今にも泣き出しそうな表情で榎並さんが唇を震わせている。
その姿を見る限り、彼女に怪我はないのだろう。
「にげ、ろ……」
視界が揺れて、立ち上がることは出来そうもない。
「逃げろ!」
「っ……!!」
そう言葉にするのが、精一杯だった。
「なんで!!!!」
苦しそうに右手を握りしめて、彼女が下唇を噛み締める。
不意に彼女の瞳が大きく開いて、その手が乱暴にのびてきた。
彼女の真っ白い手が、俺の服を引き裂いていく。
血が流れ出す右肩に彼女の手が押し付けられる。
「ぐっ!!」
「動かないでっ!!」
またがるように俺に乗り、榎並さんは両手で傷口を押さえつけていた。
彼女の肩に小さな赤い点が当たっている。
頬をひと筋の涙が伝っていた。
「逃げろ、はやく……」
「バカ言わないで! みんなそうやって勝手に! 私の気も知らないくせにっ!!」
下唇をかみしめて、榎並さんがおえつを飲み込む。
必死に俺の傷口を両手で押さえて、出血を減らそうとしている。
そんな彼女の首を赤い点が照らし、頬を経由してこめかみで動きが止まった。
「くっ……!」
「きゃっ!!」
言うことを聞かない体を無理矢理に動かして、彼女の細い手首を払いのける。
勢い余って倒れてきた彼女の体を両手で強く抱きしめた。
遠くで小さな銃声が聞こえる。
彼女のトレードマークであるポニーテールが、はじけ飛ぶように解けて広がった。
髪留めをかすめていったのだろうか?
目と鼻の先で、土がめくれ上がっている。
「肩を貸して欲しい。木の陰に行きたい」
「ぇ、ぇぇ、わかったわ。掴まりなさい」
抱きしめたまま耳元でささやくと、彼女は青い顔をしながらも、立ち上がってくれた。
彼女に寄りかかりながら、桜の木に歩み寄る。
今更ながら右肩が痛みを訴えている。
肩からわき腹を通って、足に血が流れ落ちている。
だが、今それを気にしたところで意味はない。
「反、撃は……?」
「ごめんさない。距離が違いすぎるわ」
「そうか……」
こんなことなら遠距離用の銃も、もっと真剣に練習をしておけば……。
体は言うことを聞かないのに、そんな無力さだけが湧き上がってくる。
「連射は出来ないのか……」
移動している間にも赤い点が俺たちを照らすものの、銃弾が撃ち込まれることはなかった。
大木の影に滑り込んだ間一髪のタイミングで、幹の表面がはじけ飛ぶ。
「ここなら、何もない、よりは……」
そう言葉にするも、これ以上の移動は出来そうもない。
少しだけ血を流しすぎたのか、いつの間にか視界の端が黒く塗りつぶされていた。
「さて、どうするか……」
ずっとここにいても、現状は打開しない。
非日常にはこの1ヶ月で慣れたつもりだったが、なるほど、自分の感覚ほど当てにならない物はないな。
「あなたはここにいて。私がひとりで行くわ」
突然聞こえて来た言葉に視線をあげる。
手のひらほどしかない小さな短剣を握りしめて、榎並さんがグッと下唇をかみしめていた。
「ごめんなさい。巻き込んでしまって」
木の幹に背中を付けて、彼女が敵のいた位置をチラリとのぞき見る。
その横顔には、後悔の色が透けて見えた。