<42>Eランクにお引っ越し4
「なっ……」
唇の端を吊り上げるような、ニヤリとした微笑み。
榎並さんの瞳からは、感情らしきものが消えているように見えた。
怪しく濁った視線と、今にも銃弾が飛び出して来そうな銃口。
湧き上がる動揺を気合いで押さえつけて、俺は小さく笑って見せる。
「突然、どうしたのかな? 俺が何か気に障る事でもしたかい?」
「えぇ、あなたにはどれだけ忠告しても無駄だとわかったもの」
忠告、忠告か……。
「俺としては素直に行動していたと思うよ」
「そう。その結果がこれなのね? だとすれば、驚きだわ」
ふと、そらされた彼女の視線が、俺の背後へと向けられる。
その先にあるのは、学年トップのご褒美としてもらった家具や広くて豪華な部屋。
「引っ越し途中で散らかっていてね。あまり見て欲しくはないかな」
さりげなく体で隠しては見たのだが、彼女の瞳に鋭さが増していた。
握りしめていた銃口が持ち上がり、俺の額に向けられる。
「体育館の裏に来なさい。そこで殺し合いをしましょう。もし来なければ、……そうね、彼女を殺そうかしら? 先に行って待っていてあげるわ」
クスリとも笑わずに、榎並さんが優雅に背を向けた。
こつり、こつり、と彼女が遠ざかっていく。
そして一度も振り返る事なく、エレベーターの中に彼女の姿が消えていった。
「はぁー……、なんともまぁ……」
湧き上がる安堵にホッと息を吐いて、小さく肩をすくめる。
ちらりと背後を振り返ると、上着の裾を握りしめた結花が、小さく震えていた。
ぽんぽんと頭に手を乗せて、彼女の耳に唇を近付ける。
「ごめんね。そういうわけだから、ちょっと行ってくるよ」
「えっと、私も……」
「大丈夫。クラスメイトと話し合いをしてくるだけだから。結花はここにいてくれるかな?」
「……わかり、ました」
渋々と言った様子で、彼女が小さくうなずいてくれた。
外はまだ日も高く、春らしい日差しが照らしてくれる。
体育館の裏には大きな桜の木が立っていて、その幹に榎並さんが背中を預けていた。
ぼんやりと空に向けられていた視線がおりてくる。
「早かったのね」
「まぁ、必要な物なんてなかったからな」
何も持たない両手を広げて、クスリと笑って見せた。
そんな俺の仕草が気に障ったのか、彼女が冷ややかな視線を向けてくる。
「あなたも"発現”は出来るわよね? このまま始めても良いのかしら?」
「ん? 話し合うのなら銃は必要ないと俺は思うよ?」
両手を広げたまま、俺は出来るだけ優しそうに笑って見せた。
警告でもするかのように、彼女が銃口を空に向けて引き金を引く。
「死にたいのなら、殺してあげるわよ?」
「ここに来てから楽しいことばかりだからね。まだまだ死にたくはないかな」
薄らと煙を上げる銃口を向けられながら、俺は肩をすくめて笑って見せた。
さて、どうするべきか。
のらりくらりとやり過ごそうにも、彼女はかなり怒っているようだ。
原因は俺がトップを走り続けているから。
ここで俺を脅しておけば、ランキング争いを優位に出来る。
出会った当初はそう思っていた。
だけど、この1ヶ月の彼女を見る限り、それはないと思う。
強くなることにひたむきで、ランキングに興味はありそうだが他者は気にしない。
少なくとも、妨害目的で他者に何かをするタイプには見えなかった。
それ故に、目の敵にされる理由がわからず、対策が思い浮かばない。
「仕方ない、のかな……」
思い詰めた表情で銃を構える彼女に向けて、左手を掲げて見せる。
腹の底に貯まる温かい物を引っ張り上げて、俺は目の前に巨大な金属の板を呼び出した。