<41>Eランクにお引っ越し3
「おじゃまします」
「うん。お帰り」
思わずと言った様子で、水谷さんが視線を上げる。
そんな彼女に微笑みながら、俺は今日から新しく住まう部屋に足を踏み入れた。
泣きはらした瞳が、新築のリビングに向けられている。
「水谷さんの部屋は、どっちが良いかな?」
真新しい香りが立ちこめる、2LDKのアパート。
中央にはふかふかのソファーと机があって、壁には大きなテレビが埋め込まれている。
リビングからはアイランド型のキッチンが見えており、すべての部屋とつながっていた。
空調完備、部屋の端には観葉植物の姿もある。
これなら、お風呂やベッドも期待できそうだ。
「広いんですね。素敵なお部屋」
「そうだね。1人で住むのは勿体ないと思わないかな?」
水谷さんに微笑みかけながら、左側の扉を開けみる。
見えてきたのは、大きなベッドと2組のタンス。
カーテンもベッドカバーも青を基調とした男らしい雰囲気の部屋にはなっているが、最低限の物は揃っていた。
「こっちは水谷さんの部屋にしてくれるかな? 俺は隣を使うから」
「えっ、でも」
「この部屋なら鍵もかかるし、俺としても都合が良いからね」
微笑みながら優しく声をかけたものの、彼女は見るからに動揺していた。
彼女が視線をうつむかせて、ギュッと胸元を握りしめている。
「成川さんは、どこで寝るんですか……?」
「んー、そうだね。今日はそこのソファーかな。ベッドは発注しておくから、気にしなくても大丈夫だよ」
大きなソファーを指差すと、彼女の瞳が薄らと揺らいでいた。
何かを言いかけて口を閉じる。
「どうして……」
続く言葉を振り払うように、彼女は首を横にふって、俺の手を握りしめる。
上目遣いの瞳が、涙で潤んで見えた。
「成川さんは、私にして欲しいことって、ないんですか?」
「ん? いきなりどうしたのかな?」
「教えてください。私が出来ること……。私、……何でもします!」
口元がギュッと閉じられて、大きな瞳から涙がこぼれ落ちる。
「焦る気持ちもわかるけど、急がなくても良いんだ。これから先、俺はいっぱいキミに頼ると思うよ。腕時計の使い方、施設の予約、すでにお世話になっているからね」
「それは……。でも、そんなことじゃ……」
「んー……。だったら、1つお願いをしようかな」
彼女の柔らかな唇に人差し指をあてて、微笑んでみせる。
「お互いに、名前で呼ぶこと。結花って呼んでもいいかな?」
「ぇ……、そんなこと……」
「名字にさん付けじゃ、愛想ないからね。結花とは仲良く成りたいんだよ。背中を預けるためにもね」
彼女の頭に手を乗せて、滑らかな髪をゆっくりとなでた。
見上げていた瞳が下を向く。
「……わかりました、竜治、さん」
「うん、ありがとう。これからもよろしくね、結花」
少し不満そうにしながらも、彼女の頬が赤く染まって見えた。
――そんな時、
来客を告げるチャイムの音が鳴り響く。
「ん? 将吾でも来たのか?」
引っ越した先を告げているのは彼だけだ。
だが、彼は荷造りに追われているはず。
そんな思いを胸に、俺は玄関を開いた。
「こんにちは、成川 竜治。約束通り、殺しに来たわ」
見えたのは、手のひらサイズの小さな銃。
怪しい笑みを浮かべる、榎並さんの姿があった。