<35>楽しげな呼び出し
「失礼します。お呼びだと伺ったのですが」
「おお、成川くん。待っていたよ」
職員室を経由して校長室に通された俺は、橘理事長の温かい言葉に迎え入れられていた。
天井にはシャンデリアが輝き、高そうなソファーに3人の男たちが座っている。
水谷さんの姿は、側にない。
彼女と一緒でも良い、と言う話だったのだが、俺の判断で外で待っていて貰うことになっていた。
「それで、お話と言うのは?」
「それなのだがね……。まぁ、とりあえずは座って貰えるかな?」
「わかりました」
橘さんに促されるまま、ソファーの中央に腰を下ろす。
対面に座る男たちは、真剣な眼差しを浮かべて、俺の仕草を観察してるように見えた。
秘書らしき女性が机の上にコーヒーを添え、中央に座る男が口を開く。
「単刀直入に言おう。ペアを考え直せ」
予想外の言葉に、持ち上げていたコーヒーカップが大きく揺れた。
男の視線はただまっすぐに、俺だけを見詰めている。
彼の瞳には、上に立つ者特有の色がにじんで見えた。
「……どういう意味でしょうか?」
前の職場を思い出してしまうために、あまり良い印象は浮かばない。
思わず冷たくなった俺の声に、橘さんがオホンと咳をした。
「成川くん、この方々は本校のスポンサーなんだ。僕たちは、彼らから融資を受けている立場だよ」
「……なるほど。そうでしたか」
つまりは、この学校の本来の持ち主。
歯向かえば退学も容易。そういうことだろう。
確かにそれらしい貫禄は感じる。
だからといって、このまま引き下がるわけにも行かないだろう。
外で待つ彼女のために。そして俺自身のためにも。
「そんなお偉い方が、なぜたかが1個人のペアを? おひまなのでしたらゴルフのお相手も出来ますが?」
出来るだけ間抜けな顔でとぼけて見せる。
俺の切り返しに、左右に座る男たちが息をのんでいた。
「……なるほど。根性はあるようだな」
中央の男が好戦的な笑みを浮かべて、出入り口に視線を向ける。
スカウトの時と同じ楽しげな笑みを浮かべた橘さんが、席を離れてドアの前に場所を移した。
出口は封鎖したぞ。そういう意味だろうか?
中央の男がソファーから身を乗り出して、1枚の名刺を引っ張り出す。
「防衛省の柳だ。国の方針を伝える役目だとでも思え」
渡された名刺には、確かに防衛省の文字が書き込まれていた。
しかしながら、学校の運営は文部科学省の管轄だったように思う。
なぜ防衛省が……?
「なるほど、頭の回転も悪くない。だが、ポーカーフェイスは苦手と見える」
「…………」
浮かび上がる疑問が顔に出ていたのか、中央に座る男――柳が楽しげに笑っていた。
「キミはたかが1個人ではない。それだけの話だよ」
持ち上げたコーヒーカップを鼻の下で揺すり、柳が小さく口を付ける。
「優秀な者は、より優秀な者と組み合わせる。それが国のためになる」
彼の置いたカップが、小さく音を立てていた。