<30>パートナーを決めた日
自由で幸せな生活がスタートしてから1ヶ月が過ぎた頃、
「明日は重要な取り決めを行う。来なければ……。いや、それは個人の自由か」
(((絶対に来よう)))
俺たちは、半ば脅されるような形で、教室への集合を命じられていた。
とは言え、集合時間はいつも通りの午前9時。
焼きたてのトーストと煎れたてのコーヒーでゆったりと目を覚ました俺は、将吾と共に1年2組の教室へとおもむていた。
いつものように教室の扉を開いて、出しかけていた足を慌てて止める。
目の前にはなぜか、見慣れぬ光景が広がっていた。
「……は?」
「……へ?」
背後からも、将吾の驚いたような声が聞こえてくる。
目の前には、体育座りの美少女がひとり。
「あっ、スーグラさんだ。やほやほー」
「……あぁ、うん。おはよう、神原さん」
スカートを手で押さえながら、小柄な美少女――神原 優香が、俺を見上げて手を振っていた。
彼女の周囲にも、数人のクラスメイトが床に腰をおろしている。
それどころか、教室にいた誰しもが、床に座り込んでいた。
「神原さんに聞いても良いかな? 教室の風景がおかしく見えるんだけど、俺の気のせい?」
正面にある黒板と、数本の白いチョーク。
それ以外には、クラスメイトがいるだけだ。
机と椅子が1つもない。
「うんうん。やっぱり何じゃこりゃー! って思うよね。わたし、叫んじゃったもん。でもでも、今日はこんな感じみたい!」
神原さんが、可愛らしい笑顔で親指をビシッと立ててくれた。
「あっ、うん。そうなんだ……」
思わず将吾と顔を見合わせて、ふははっ、と肩をすくめる。
「教えてくれてありがとね、神原さん」
「いえいえー、どういたしましてー。お礼にお付き合いしてくれても良いんだよー? わたしはいつでもウエルカムー」
「あはは。それはうれしいね。考えておくよ」
いつも通りのやりとりに苦笑を返して、クラスメイトたちを踏まないように教室を進んだ。
将吾と並んで、窓際の壁に背中を預けて腰を下ろす。
そんな俺たちと入れ替わるように、入り口のドアが開いた。
「……ぇ? なによ、これ?」
「あっ、ゆみゆみ、おっはよー」
ひとりの少女が俺たちのように声を漏らして、神原さんに微笑まれている。
「やっぱ驚くよねー。なんか今日は、こんな感じみたいだよ?」
「いやいや、おかしくない!? 何で机と椅子がないのよ!?」
「うん、おかしい! でも、ないみたい!」
グッ、と拳を握り、神原さんが素敵な笑顔を見せていた。
そんな彼女を眺めて、ゆみゆみ 大原 由実が、手のひらで瞳をおおう。
「あー……、うん。そうだね。うちの学校だもんね……」
「そうそう、うちの学校だもん」
心底あきれた、とばかりに、大原さんが肩をすくめて笑って見せた。
「なぁ、オッサン。今日の予定とかって知ってんの?」
「いや、知らされてはいないよ。ただ、良い予感はしないかな」
「だよなー……」
彼女たちを見習うかのように、俺たちも顔を見合わせて肩をすくめる。
担任紹介のデモンストレーションに、入学祝いのティラノサウルス、危機一髪の爆発する盾。
この1ヶ月で、常識外のイベントが"うちの学校らしさ"と慣れてしまった自分がいた。