<29>紳士の会合2
「発動後の者も、ランニングなどの基礎を中心に鍛えている。とあるが、これの真意を聞かせろ」
机の上に放り投げていた資料を拾い上げて、男が指先で弾く。
そんな男の様子を気にもとめずに、宇堂は軽く頭を下げて見せた。
「そちらの件につきましても、先ほどの成川訓練生が関わっております」
「ほぉ? 続けろ」
「はい。彼はすでに“力”を発動させながら走るにまで至っております。そして何よりも、彼と併走した者はその後、数日の間、“力”の扱いが向上しておりました」
「なんだと!?」
思わずと言った様子で男が声を漏らし、周囲の男たちも瞳に驚きを浮かべる。
それまで静か座っていた政府の関係者が、立派なあごひげに手をのばした。
「"支援”を会得しつつある、そういうことかね?」
「未だ断定は出来ませんが、可能性はあるかと」
「なるほどのぉ……」
目尻にシワを寄せて、男が楽しげに目を細めていた。
手元の資料に目を落とし、何かを思い出すかのように天井へと視線をむける。
「誰かと思えば、スーグラと呼ばれていた生徒かね?」
「ご存知でしたか」
「いやはや、孫が好きだと言うからのぉ。なんども同じ動画を一緒に見せられたわい」
ほほほ、と笑いながら、男は好々爺とした笑みを橘理事長に向けていた。
「冒険者チャンネルと言ったかな? 儂の所にまで評判が聞こえて来とるよ。今の所は事がうまく運んどるようじゃな?」
「えぇ、まぁ。ここ最近は、一般の企業からもスポンサーの声が出てきましてな。来年度の入学志望者と併せて、私の仕事は増える一方ですよ」
これが嬉しい悲鳴と言うヤツでしょうな。
そういって、橘がわざとらしく肩をすくめて見せる。
問いかけた男も、楽しげに微笑んでいた。
「若者が頑張っておるんじゃ、ここがわしらジジイの見せ所じゃろ。……そこでなんじゃが、宇堂くん」
一度言葉を区切り、男が宇堂を見つめる。
その瞳には、怪しい光が浮かんでいた。
「次の作戦なのだが。間に合うかね?」
「っ……!」
宇堂が弾かれたように目を開き、視線をあげる。
「……場所は、どこでしょうか?」
「そうじゃな。第6地区あたりでどうかのぉ?」
「…………」
その日初めて、宇堂が言葉に詰まっていた。
畳みかけるように、男の笑みが深まっていく。
「主軸は無理とて補助くらいなら出来よう? そうは思わぬか?」
「そう、ですね……。確かに不可能ではないのかも知れません。ですが、彼らはまだ入学して1ヶ月。ペア決めを明日に控えた卵たちです」
「ん? ……ぉぉ、そうじゃったな。ペアがおらねば、見回りすら出来ぬか……」
あごひげをいじりながら、男が悩ましげに天井を見上げる。
その瞳に紛れて見えた妖しい光が、今はそれほど強くは感じない。
「あいわかった。今回はあきらめよう。それでは宇堂くん、引き続きよろしく頼むよ」
「かしこまりました。全力を尽くします」
宇堂が深々と頭をさげる。
その手はぎゅっと、ズボンを強く握りしめていた。