〈2〉不思議なスカウト2
――スライム。
言わずと知れた空想生物の名前が脳裏をかすめた。
目の前にいる生物から、言葉にならない圧力を感じる。
「っぁっ!!」
気が付けば、俺の体がソファーの縁から転げ落ちていた。
右の頬に、絨毯の毛並みを感じる。
視線と同じ高さで、スライムがペトン、ペトン、と跳ねている。
その体がゆっくりと、こちらに近付いるような気がする。
――そんな時、
「え……?」
不意に、視界からスライムの姿が消えた。
顔にかかる影を感じて見上げれば、蛍光灯を背にしたスライムの姿があった。
大きく飛び跳ねたんだ。
そう思った時には、ヒンヤリとした物が喉元に触れていた。
肩や喉元に、化物の重さを感じる。
不思議な感触が、襟元から服の中に入り込んでくる。
プルプルとした物が胸元に――
「っぁああああああああああああああああああああああああ!!!!!!!!!!!!!!」
気が付けば、叫んでいた。
湧き上がる恐怖から逃れようともがくも、化物はにゅるにゅると服の中に入り込む。
気持ちの悪さと、命の危機を感じる。
――そんな時、不意に、パチン、と手を叩く音が聞こえてきた。
感じていた死の感触が、スー……、と引いていく。
「っぁっ、はっ、はっ、はっ……。なにが……」
肩や胸に重さは感じない。
服の中に、あの弾力はない。
慌てて状態を起こすと、体のそばに小さなビー玉が転がっていた。
「っぁっ!!!!」
床を這うようにして距離をとる。
壁に手を当てて振り返る。
床に転がるビー玉を老紳士が拾い上げていた。
「申し訳なかったね。まさか君に向かって行くなんて、思いもしなかったんだ」
近付いてくる橘さんの顔には、本当に申し訳なさそうな表情が浮かんでいる。
「大丈夫かな?」
「……えぇ、まぁ、……大丈夫、だと思います」
差し出された手を握ると、橘さんが力強く起こしてくれた。
肩を支えられながら、ソファーに戻る。
冷や汗が止まらない。
全身から嫌な汗が流れ続けている。
今のは、……何だったのか。
「生物学者たちの集大成だよ」
弾かれるように視線を上げると、橘さんがどこか誇らしげに微笑んでいた。
「手品、いや、VR……」
「だと思うかね?」
思わない。
紫の炎には、温度も臭いもあった。
化物には、不思議な手触りと重さがあった。
あれが、映像や手品の類だとは思えない。
もし仮に最新の映像技術だったとしても、騙してまで俺に見せる意味はない。
つまりは、
「今の炎を使って、さっきの化物と戦う。そんな動画が撮りたい。そう言うお話しですか……」
ここにきてようやく話が見えてきた。
まだまだ疑問は多いが、妄想の類と切り捨てることも出来そうにない。
「理解が早くて助かるよ。ただし、使うのは炎だけじゃないんだ。僕には今見せたものの適性、ゲームで言うところの魔法使いの適性しかなくてね」
どこか寂しげに、橘さんが肩をすくめて笑って見せる。
「入学時に適性を調査して、1ヶ月間で最低限の知識と技術を身につけてもらう予定になっているよ」
これを見てくれるかな?
そう言って、橘さんは鞄からノートパソコンを引っ張り出して、とある動画を映してくれた。