サンドリヨンの義姉(三十と一夜の短篇第26回)
わたしの器量は悪くない。けれども母の再婚相手の娘の方が器量よし。
わたしの足は小さい。けれども母の再婚相手の娘の方がもっと小さい。
母は姉とわたしを連れて再婚した。母は再婚の相手の亡妻が美しくて、婦徳の鑑のように言われていたので比べられるのではと緊張していたそうだが、再婚相手は寂しがり屋で単純な性格をしているとすぐに見抜いた。
母の再婚相手は、館では母に夢中で、乗馬や狩猟に出掛けるのに夢中だ。
それなのに、母の再婚相手は姉に、「女らしく綺麗になってきたね。おまえのお母さんの若い頃はこうだったのかな」と言い、不躾な目付きで眺める。実の娘にも亡妻を偲び、成長を喜んでいるとは思えない、姉に向けるのと同じ、狩人のような視線を向ける。じきにわたしもあんな目付きで眺められるのだろうか。
母と結婚したからには、再婚相手は姉とわたしにとっては義父である。母は義父に、娘たちに対する態度が父親に相応しくないと言ったそうだが、勘違いだ、若い娘に嫉妬する方が母親らしくないと逆に冷たくあしらわれたという。
わたしたちは怖気が立った。母は義父の気を引こうと精一杯振る舞い、複雑な想いから義妹を下働きのように扱った。姉は義父憎さに母に倣い、わたしは一人いい子でいられず、母や姉の真似をした。
女と狩猟にしか興味のない義父は、実の娘が家事をして、暖炉の灰の上に座っていようと、家政は妻に任せているのだからと気に留めないような男性だ。
義妹はあわれにも、実の父が当てにならない人だと知っているようで、母に逆らわなかった。義妹には、実の母親が親代わりを依頼した仙女がいると聞いていたが、旅好きの気紛れらしく、私たちがこの館に来てから一度も姿を見せなかった。
義妹がいつも暖炉の灰だらけになっているので、母と姉は義妹をキュサンドロンと呼び、わたしはいくらなんでもそれは気の毒で、でも母と姉が怖くてサンドリヨンと呼んだ。
元々義妹がこの館の姫なのだ。
もし義父がもう少し家政に気を配り、わたしたちに厳しかったなら、わたしがサンドリヨンと呼ばれるような身の上になっていたかも知れない。義妹とわたし、片親に先立たれた心細さと親の再婚相手との相性の悪さ、わずかの差でしかない。
母や姉のようになれず、かといって表立って逆らい、義妹を庇えなかったけれど、わたしは二人の目の届かない所でサンドリヨンと豆の莢を剥き、繕い物を手伝った。
サンドリヨンはわたしの弱気を詰らず、感謝を口にしたが、勿論心底喜んでいるふうでもなかった。
そう、これはわたしの自己満足。生き物を追い立てて、狩りで仕留めてくるのは残忍だと言いながら、食卓の肉料理を美味しくいただくのと同じ、偽善。
独り身の王太子殿下が舞踏会を開かれると、王城から主だった貴族の家々に招待状が配られた。我が家にも届き、姉とわたしは有頂天になって準備に取り掛かった。サンドリヨンは悲しそうだった。わたしは義妹も一緒に連れていこうと言えなかった。言った時の母と姉の剣幕を想像すると怖かった。
サンドリヨンは健気にわたしたちの着付けや化粧を手伝ってくれた。わたしはこっそりと有難うと伝えた。
王城の大広間での舞踏会はまばゆく、胸ときめいた。
金糸銀糸に彩られたドレスを身に纏い、ガラスの上靴を履いた大層美しいお姫様が大広間に入ってきた。王太子殿下はそのお姫様にすっかり気を取られ、ほかの貴婦人方には目もくれなくなった。
美しいお姫様は王太子殿下のお相手をしてから、わたしたちの側にやって来た。王太子殿下からいただいたオレンジやレモンをくださった。オレンジやレモンは地中海沿岸の暑い場所でしか収穫できない貴重な果物。お姫様のようにさわやかで、香り高かった。
館に戻って、寝支度をしながら、留守番をしていたサンドリヨンに舞踏会の様子をあれこれと話して聞かせた。義妹は姉に「そんなに素晴らしいのでしたら、お義姉さんの黄色いドレスを貸してくださいませんか?」と言ったが、姉はとんでもないと断った。
断られたのに、義妹はほっとしていた。
わたしは驚いた。何故だか説明できないけれど、王城でオレンジやレモンをくださったお姫様はサンドリヨンだと悟った。だが、怖くて怖くて、とても確かめられない。
次の日の夜も舞踏会。わたしたちの着飾って出掛け、サンドリヨンは留守番のはずだった。だが、王城の大広間に、昨晩よりも一層美しい装いで、サンドリヨンは現れた。夜中の十二時の鐘が鳴り始めると、サンドリヨンは走り去り、王太子殿下は残されたガラスの上靴の片方を大切そうに持っていた。
王太子殿下はそのガラスの上靴にぴったり足の合う女性と結婚すると宣言した。そして、靴の片方を家来に持たせて、年頃の娘のいる貴族の家々を回っていった。
この館にも靴を持った王太子殿下の使者がやって来た。
遂にこの日が巡ってきた。覚悟を決めよう。
姉もわたしも靴が小さすぎて、足が入らなかった。サンドリヨンが進み出ると、母と姉は嘲って止めさせようとしたが、わたしは止めずに、靴を履いてみるように促した。使者も是非にと勧めた。
果たして靴はぴったりで、サンドリヨンはポケットからもう片方の靴を取り出した。どこからか仙女が出てきて魔法の杖を振った。サンドリヨンのみすぼらしい服は一瞬で立派な物に変わった。仙女がサンドリヨンを助けて、舞踏会に行かせ、ここであのお姫様だと証明してみせた。この気紛れな仙女はやっと親代わりの役割を務めたのだ。
母と姉は仰天し、わたしは義妹に、おめでとうと告げた。義父はただただ驚くばかりで、言葉も出ないようだった。
わたしは母と姉の袖を引っ張り、お祝いを言い、三人で今までの振る舞いを許して欲しいと心から詫びた。
義妹は本当に優しい子だ。今までのことはなかったことにしてくれて、これからも仲良くしましょうと言ってくれた。サンドリヨンは姉とわたしも一緒に宮殿に付いてきてくれと提案してきた。
サンドリヨンは父親の好色がこの館の秩序を乱していると、感じ取っていた。だから、もうこの館から共に去りましょう、父のことは義母に一切任せたいと考えていてくれたのだ。わたしたちはサンドリヨンの賢明さが嬉しかった。
こうして、わたしたち義理の姉妹は館を去り義妹は王太子殿下の妃に、姉とわたしは義妹と王太子殿下の紹介により、立派な貴族と結婚できた。
母は娘たちの結婚を見届けると、義父と館をしっかりと仕切り、それなりに満足のいく生活を送った。
参考
『長靴をはいた猫』 シャルル・ペロー 澁澤龍彦訳 河出文庫
ペロー童話とグリム童話は細部が異なっています。ペロー童話には仙女が出てきて、サンドリヨンがガラスの靴を履きます。義理の姉たちは一緒に宮殿に行き、貴族と結婚します。グリム童話と違って、義姉たちは靴を履く為に足を切らないし、婚礼の日に鳥に目を突かれません。