08 賢者の搬送
南の森から急ぎ馬車で王都に戻ってきたモージたちは、南門前の広場で急停車した。
「何事じゃ?」
モージは箱型の馬車の中から顔を出し、馬の手綱を握っている御者に声をかけたが、原因はすぐに分かった。
「申し訳ありません、モージ様。オリビア様が馬の前に……。」
「騎士団の馬車ですね!
私も城まで乗せていってくださいますか!?」
「おお!オリビアか!」
「モージ様!」
「おぬしに話しておきたいことがある。」
「私もです!」
モージはオリビアの様子を見て只事ではないと感じ取った。
付き添いの兵士たちをねぎらって馬車から降りてもらい、代わりにオリビアを乗せて王城へと馬車を向かわせる。これで、馬車の中は例のエルフのことを知る二人のみとなった。
「だいぶ取り乱しておるが、話せるかの?」
「モージ様!教会の、教会の書庫でマコ様にお会いしました!」
何も知らなければ、見間違いか幻覚だろうとたしなめる所だろう。そのくらい最近のオリビアは聖人のことで根を詰めており、周囲に心配される状態だった。
だが、モージにとってその話は、自身の恐るべき予想の裏付けとなる情報だった。
「落ち着いて話を聞かせてくれるかの。ほれ、水をのんで。」
モージは水筒を差し出し、話を促した。
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「なるほどのう。」
エルフが「創造の魔法」について読み上げたところまで聞き、モージは声を上げた。
本の内容が嘘か真かは分からないが、もし本当であれば魔法研究の分野において、非常に重要な知見となるだろう。今まで、聖人が別世界から来たかのような言動を取ることが多かった原因にも合致する。
実際、この世に存在しないモノを想像して召喚魔法を唱えても、見た目だけ立派な泥人形になってしまうことは知られていた。つまり、「自分で考えた最強のドラゴン」を召喚しようとしても、大量の魔力を消耗する割に、ドラゴンの人形を魔法で構築できるだけ。彫刻家にでも依頼したほうが質もコストも良い像が出来上がる。だが、もし異次元に存在するものをそっくりそのまま召喚するのであれば……
モージは自分の関心が本筋とは全く関係無いところへ行ってしまったことに気付いた。
「おほん。して、そのエルフはいずこに?」
「それが、その。その時に立ち上がって女性を褒めたんです。そこでマコ様であることに気付いてしまって……。
わたし、叫んでしまって……。」
「逃げてしまった、と。」
「はいぃ。」
「後を追えなかったのかの。逃げた方角などは分からんか。」
「それが、両肩を掴んでいたのに、振りほどかれて、目の前で魔法を使って消えてしまいました。」
「……なんと。」
「おそらく、『テレポート』です。魔法陣まで目に見えました。とても、緻密な魔法でした。」
「『テレポート』。長命なエルフでも一部の者しか使えぬと聞いていたが。」
訪れたことがある場所に瞬間移動できるが、失敗すると移動先で命を落とす恐れすらある魔法「テレポート」。安全な「テレポート」も理論的には可能だが、移動先に他の物質がある場合には移動先の位置を微調整するなどの安全策を実現しようとすると、魔力操作も消費魔力量もとんでもない水準を求められる。
継承の難しさから、人間では誰も使い手が居ない類の魔法である。
「さて、次はわしの番じゃな。」
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モージは南の森の中で見たモノを、できるだけ詳細に、ありのまま語った。
「それが魔法の訓練をした跡だとすれば、近々魔法を使う予定があるということ。
戦いが近いのかも知れないのですね。」
オリビアは神妙な面持ちで、モージと同じ結論を出した。
「そうじゃ。わしも知らぬような熟達の魔術師が居る可能性もあったが、おぬしの話で確信した。おそらく、あのエルフの仕業じゃろう。」
「そうですね、マコ様が魔族や魔王と戦う可能性があるとすれば。
では、魔族が反攻に転じるか、もしくは、魔王が直接王都に?」
「いや、味方とはまだ限らんからの。
エルフが王城を攻撃する可能性もある。それ程の魔法を使えるのだと、あの木々の残骸は物語っておった。」
「そんな。マコ様はそんなことはしません。味方です!
そうでないなら、私にあの本の内容を読み聞かせた理由がありませんし、ヘロヘロの私を手にかけることだってできたはずです!」
自分が疲労困憊である自覚はあったのかと、モージはため息をついた。
周囲の人間が心配していることにも気付いて欲しいものである。
「どうかのう。
本の内容はデタラメかも知れんし、逃げたのは叫び声を聞いた人間が駆けつけてくると思ったからかも知れん。味方なら逃げる理由が無いじゃろう。」
「そんな。」
「とにかく、早くこの情報を共有せねば。
王とガノ殿、ロランやアストルにの。
その後は、王かガノ殿の指示を仰ぐことになるかのう。」
「マコ様はびっくりして逃げただけだと思うんです。
私が大声をだしたから……。」
「……小動物か何かじゃと思っとるのかの。」
「たしかに、可愛くて小柄でした。」
一人で王城に行こうか、とモージは本気で思った。
オリビアはどこかの診療所に預けてしまえば、シスターたちが看護してくれるだろう。
だが、外を見れば既に城門の前まで来ていた。
モージは諦めた。
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市街地の中央に位置する診療所、王城の門に一番近いその診療所の裏手に、マコはぬるりと現れた。
「あー、びっくりした。」
叫ぶ女性から逃げてしまうのは男の性だろうか。いや、痴漢ではあるまいし。
「あら、シスタージーさん。南広場の診療所はいいんですか?」
通りがかった中央診療所のシスターが声を掛けてきた。こちらの診療所に応援に来たことはあるが、シスターの名前までは覚えていない。
「ええと、シスターなんとかさん、ごきげんよう。今日は午前で回復魔法10回使っちゃったので、もうお休みです。
急患がいるなら対応しますけど……居ないなら、ちょっとギルドのほうに行こうかなと。」
そう、ここは冒険者ギルドに一番近い診療所だ。




