07 遭遇
首都エクスの南門前の広場は今日も喧騒が絶えない。
だが、広場に面する教会の書庫の中は、静謐さを維持している。
そんな教会所有の書庫の中で、オリビアは固い木の椅子をギシギシ言わせながら、必死に蔵書を読み漁っていた。
寝ぼけまなこを擦りながらも、机の上に蔵書を何冊も広げ、流し読みしてはまた次の本を手に取る。
後頭部で一つに束ねて垂らしている栗色の長い髪は、手入れも疎かでボサボサになってしまった。
探しているのは、聖人についての記述。
知りたいのは、聖人とされた者たちの特徴、共通点、目的、特技、弱点、人種、関心……とにかくなんでも知りたかった。
魔王の城で緑色の瞳をしたエルフに出会ってから、どのようにするのが最善なのか、模索し続けている。
何らかの事情があって魔王の下に居るとしたら、それは何故なのか。魔王に興味があるのか、いや、魔王を抑え込むために身近にいる可能性も。
とにかく情報が足りない。本人から話を聞いてみたいのだが、マコ様本人に会える見込みは全く無い。
先日、ロランの父であるガノ様が王命を受け、エルフとの交渉に出向いたと聞いた。だが、ドラゴニュートの女王と遭遇戦となり、命からがら帰還する羽目となったそうだ。
ガノ様は王に結果を報告した後、ほぼほぼ自室に引きこもっている。同行した部下を全員失い、自身の命も脅かされた。精神的ショックはどれほどのものなのだろうかーー
「……っは。また気が散ってしまいました。
とにかく、しなければいけないことを、やらないと……」
重いまぶたに抗うように一つ深呼吸をして、オリビアは昨日手元に戻ってきた一冊の本を開いた。
聖人エスが残したとされる本。それも、写本ではなく原本そのものとされているもの。教会所有の貴重品である。
もしもマコ様に求められた際、どんな栄誉でも与えられるような建前を作るためにと、この本の活用をシャール王に進言した。古文書の類を解読することがどれほど重要なことなのかは、教養のある貴族であってもピンとは来ない分野である。だが、そういった分野であるからこそ、多少豪勢な褒美を与えたところでごまかしも効くだろう。
王が快諾なさったため、専門職の者たちに写本を大量に作ってもらい、首都中に流通させたのがここ十日程のこと。
そうして昨日、貸し出していた原本がようやく戻ってきた。
この作戦の問題の一つは、実際に何が書いてあるのか、とりあえずの成果を作っておく必要があることだ。ただし、相当に重要な知見が詰まっていたほうが価値が認められやすいのは必定。
「……ふあぁあ。やはり、全く読めませんね。」
おそらく、文字の種類は52種類。そのうち半分は文章の頭に使われることが多い。
あくび交じりに読んでわかるのは、そのぐらいのことしか無かった。
連日の情報収集で頭も体もボロボロ。とても頭が回る状態には無い。
いっそ知識豊富なエルフでも探して協力してもらい、すごい魔法の教本みたいなものをでっち上げてもらおうか。
あれもそれもこれも、マコ様にお会いできれば解決できるのに。
「ああ、マコ様、私はどうすれば良いのでしょうか。」
「とりあえず、その本を見せてもらえると助かるわ。」
落ち着いた少女の声が聞こえた。どこかで聞いたことがある気がするが疲労困憊の頭では思い出せない。
少し首をかしげると、いつの間にか、隣に教会の白いローブを着た誰かが立って居るようだった。失敗した三つ編みみたいな金髪の毛玉を肩に乗せていて、横顔すら見えそうにない。
見上げるのも億劫だったオリビアは、諦めて机に視線を戻した。
教会のシスターの誰かだろう。
しばらく診療所のお勤めからは離れていたため、オリビアには顔も知らない同僚が大勢できた。
それなのに、同僚はオリビアの顔を知っているのだから不思議なものだ。親戚のおじさんおばさんみたいな感覚だ。
「どーぞ。」
目の前にあった貴重な本を、開いたままクイッと隣に押しやる。
すると、ローブの中から手が伸びてきて、細い指が本の文字をなぞりだした。
そして、少女は語りだす。
「この本は、エーゴという言葉で書かれているの。ほら。
『この世界を訪れる友人たちへ。』」
また、少し文字をなぞる。そして、語る。
「『この世界に来た時、私は何もわからなかった。』」
「『私はこの本に書きます、私がこの世界について知ったことを。』」
「『あなたたちにとってのルールブックになるように。』」
「『ビールとプレッツェルにしよう。』
……どういう意味かしら?」
「『では、セッションを始めよう。
ーージョン・スミス』」
指はそのページの最後の文字までたどりつき、少女も一息ついた。
「もし聖人エスって人がこの本を書いたのなら、本名は『ジョン・スミス』さんなのでしょうね。イニシャルがエスになるし。
エスってことは、わたしは『はい』さんかも知れないと思ったのだけれど、流石にそれは無いか。ちょっと残念。」
オリビアはあっけに取られていた。
まるで本当に読めているかのように、着実に言葉を紡いでいる。
口が半開きになっているオリビアを余所に、少女はパラパラとページをめくり、あるページを開いた。
「このページが気になっていたの。さてさて。
『創造の魔法。この世界に無いものでも召喚できる。』
『異次元に接触する魔法と、召喚術を組み合わせる。私たちの世界のものをこの世界に召喚することが可能。』
『理屈では、生身の人間やゲームデータのキャラクターを呼び出すことが可能。だが、大量の魔力が必要なので、人ひとり分の魔力では足りない。魔法を発動してから、魔力を少しずつ継ぎ足すか、どこかから大量の魔力を持ってこよう。』
『さらに翻訳魔法「トランスレイト」を組み込もう。召喚した生き物と会話ができる。』
やっぱりね、召喚魔法の一種なんだわ、あれ。神の力だなんて嘘じゃないの。
でも異次元に触る魔法なんて知らないわねえ。
他はどんなのがあるのかしら。えーっと。」
「すごい、すごいわ!あなた!」
オリビアは立ち上がり、少女の両肩をグイと掴んだ。
正面から向き合うと、見覚えのある緑色の瞳と目が合った。
「あら、ありがとう。
でも、意外と人が悪いね。とっくに私のことに気づいていたなんて。」
「…………きゃああああああああああああああああ!」
「え?えっ?えええええええええええええええ!?」
オリビアは叫んだ。何が起きたのか分からなくて、叫ぶしかなかった。
マコ様も叫んだ。さぞ、何が起きたか分からなかったことだろう。




