06 冷静に
モージは3人ほどの護衛の兵士を引きつれて、首都から南にある森の前に居た。
太陽と金色の小麦畑を背に、長い白髭を撫でながら薄暗い森を眺める。
ここは経験の浅い冒険者などが訓練で訪れるような王国に近い森である。
だが、大魔術師とも称えられるモージにとって、こんな場所での訓練は必要ない。
目的は別にある。
つい先日だが、これまで大した実績が無かった騎士志願者リナードが、ここに現れた馬の魔物を捕獲し、不用心にも騎士団の厩舎に連れてきた事件があった。ギルドで討伐を依頼されるような暴れ馬を連れてくるな、と、騎士たちの間でちょっとした騒ぎになったのだ。
幸い暴れ馬が暴れることは無かったため、リナードは(元)暴れ馬を手懐けるだけの実力があり、クエストを達成した者として騎士団への入団を認められることになったのだった。
その事件によって、モージは得体のしれない不安を抱えることになった。
リナードの実力云々に不安を感じたのではない。やや不審ではあるが、動物に好かれる才能を持つ者が、自身より強い魔物を使役したりするのは過去にも事例があることだ。
問題は、リナードが連れてきた馬が、この森の主とモージが見当をつけていた魔物であったことだ。
つまり、この森全体をナワバリにしている、この森で最も強い魔物であると考えていた。
冒険初心者でも腕試しができる程度の環境であったこの森で、もともとそれほど攻撃的でもなかった馬が暴走してしまう様な何かが起きたのだ。
結果的にはそれほど実績も無い若者が解決した形にはなった。だが、これにて解決と一安心できるほど、モージの経験は浅くは無い。
この森で何かが起きたはずなのだ。
「ふむ。けもの道を探すことになるかと思っていたが、その必要は無さそうじゃの。」
モージの言葉に、護衛の兵士も頷いた。
いちおう冒険者が作った森の地図を持ってきてはいるのだが、今回は森の奥深くにあるであろう、(元)森の主のねぐらを目指すつもりである。
そのためには、些細な痕跡も見逃さず、獣だけが通る道を目ざとく探す必要があると考えていた。
だが、モージたちの目の前には、馬の暴走でえぐれた土や、傾いた木、折れた枝が森の奥まで続き、まるで道の様になっている光景が広がっていた。
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「なんじゃ、ここは。」
暴れ馬の痕跡を追い森に入ったのが昼。そして、今は太陽が少し傾いている程度。
まだそれほど奥地では無いはずなのだが、地図には無い広場にたどりついた。
ちょうど、王国の方向からは隆起した丘の陰になっており、物見やぐらからも見えないような位置である。
ただの広場ではない。地面には、ここが森であったことを示す倒れた幹や木の株といった残骸がしっかりと残っていた。若く細い木などではない、一本一本が兵士の胴ぐらいの太さがある立派な樹木である。
暴れ馬がなぎ倒した木々とは明らかに違う様相となっている。
「モージ様、これは……山火事の跡、でしょうか。」
兵士の1人が根本だけが残った木のそばにしゃがみ、その焼けた断面を見た。
「焼けてから時間が経っておるな。あの魔物が暴れた原因は山火事じゃろうか。
む?」
隣の切り株を見ると、その断面は、刃物で切ったかのようにキレイな平面。
「何が起きたんじゃ、火事だけではないのかの?
あちらはどうじゃ?」
モージはさらに別の切り株に目をやる。
すると見覚えのある焦げ跡があった。
「こっちは、落雷じゃ。」
木の木目に沿って裂けた痕跡、そして焦げた跡も残る。
雷が大木にぶつかるとこの様な特徴的な跡になることを、雷魔法を得意とするモージは知っていた。
別の株は、力任せになぎ倒されたような跡。
また別の株には、破裂したかのようにえぐれた跡。
調べれば調べるほど異様な状態だった。
そして、まるで巨大な手に握りつぶされたかのようにひしゃげた木の幹を見つけたとき、モージは自身の体から血の気が引いていくのを感じた。
「これは、魔法じゃ。」
「魔法、ですか。」
若そうな兵士が頷いた。
「なるほど!確かに魔法であれば、このような不思議な跡が残るのも納得ですね。」
「納得じゃと?
魔法であってもこれは異常じゃ。」
モージは四つの太い溝が残る木の幹を指さした。パンの生地を片手で握りつぶしたときに残るそれのような、特徴的な四つの太い溝である。
ただし、それが手だとするならば、大人の背丈の倍以上もある巨大な手でなければ、このサイズの溝を残すことはできない。
「おそらく『フォースフルハンド』。巨大な手の形に魔力を形成する魔法じゃ。
だが、魔力を形にするシンプルさ故に、火炎や電撃のような威力は無い。
標的を押しのけ、突き飛ばしてチャンスを作るための魔法なのじゃ。
だがこれを見よ。
巨大な手が大木を握りつぶしたようにしか見えん。
どれほどの膨大な魔力があれば、これを実現できるというのかのう。」
あまりの異質さに、モージは戦慄した。
しかし、周りにいるのは魔法の心得が無い兵士たちだけである。
「それはすごいですね。このようなことができる魔術師殿に、是非お会いしてみたいものです。」
「いやいや、もしこれをヤったのが魔族だったらどうする。
俺たちじゃ手も足も出ないだろ。」
「こんな王国の近くに魔族がいたらすぐに騒動になりますよ。最近はこのあたりじゃあ全く見かけなくなりましたからね。」
肝を冷やしているモージに比べ、兵士たちは楽観的である。
「ふむ。とりあえず、馬の魔物が暴れ出した原因はこれかも知れんのう。
自身のなわばりを荒らされ非常に過敏になっていた、というところかの。
あとの問題は、これを誰がなんのためにやったのか、じゃ。」
「単独犯か複数犯か、それすら分かりませんね。ですが、単独でこれほど森を荒らすようなことをしたらさすがに魔力が尽きるでしょう。」
魔法を”すごい奇跡”という風にとらえている兵士たちではあるが、無制限に使えるものでは無いことぐらいは知っている。ベテランの神官でも回復魔法を1日に10回も使えば疲労困憊になってしまうことは常識である。
「複数犯かのう。じゃが、火炎の魔法や電撃の魔法、爆発を起こす魔法、一つ一つが木をへし折るほどの威力を持っておる。
このようなことができる魔術師の集団がおるのならワシの耳にも入ってきているはずじゃが。」
「では、エルフではありませんか?
色々な魔法を知っていて、魔力も豊富なのでしょう。」
「エルフは木々を大切にするものです。木に向かって様々な魔法を試すような真似はしませんよ。」
「じゃあ、遠くからやってきたエルフかもな!人間と一緒で国が変われば考え方も変わる。森を大事にしないエルフもいるかもしれないぜ。」
「……。」
先刻から、モージの脳裏には忘れ得ぬ一人のエルフの存在が浮かんでいる。
膨大な魔力を持ち、隣国のエルフとも異なる雰囲気だが、王国の周辺をうろついていてもエルフであれば誰も警戒はしないだろう。
そんな存在が森で隠れて魔法の試し撃ちをしている……。
モージの中で、点と点が繋がった。
王に口止めされているため、兵士たちに詳細を伝えることはできない。
果たして、モージは結論のみ叫んだ。
「王国の危機じゃあ!」




