04 リーク情報
「わたしから、ちょっと情報があるのだけれど。いいかしら。」
ネオの話が一区切りついたところで、マコが口を開いた。
「わたしね、今、フランリング王国の首都のエクスっていう街でぼちぼちやっているのだけれど、前回の戦いで手ひどくやられたはずの軍隊が、まだ全然帰還してないの。
それについてちょっと耳にした話よ。
どうもね、首都から遠く南西にある砦に、まだ留まっているらしいのよ。
つまり、駐留しているのはその要塞のことなのかも。」
「ほう。」
それを聞いたネオが感嘆した。
「まさか本当に諜報活動を……ごほん。まさか、軍隊の情報を得ているとは。
駐屯情報なんぞは軍関係者で無ければ知らされない機密情報である。よく知り得たな。」
「え?最近騎士団に入ったって人がさらっとしゃべってたわよ。」
「ふむ、王国もだいぶ人材不足と見える。」
ネオは顎に手を当ててマコを見た。
キティンの目には、情報の内容よりも、マコから情報を得られたこと自体が意外だったかのように見えた。
先ほど外で自己紹介されたとき、情報収集をしていると本人が言っていたと思うのだが。
「我がドラゴニュートの国がお互いにとって重要拠点になるということか。
どうするのだ?かなりの数の人族がそこを守っているのなら、攻め落とすのは難しいだろう。
もっと準備に時間を掛けるか?
装備も整えるとなればーー。」
「いや、問題無い。」
キティンは常識的な提案をしたつもりだったが、ネオに遮られた。
マコがうんうんと頷きはじめていたのだがピタリと止まった。
「我輩がやる。
この要塞が人間側にとっても重要であることは分かっている。時間が経てば経つほど、人間達の備えも進んでしまうだろう。
はじめから我輩がやるつもりであった。想定より数は多いようだがな。」
「ワタクシも頑張りますヨ!」
スライムが甲高い声を上げたが、ネオはキティンのほうに向き直った。
ネオの傍らでマコは考え事をしているようで、片手を頬にあてて視線は天井のほうを泳いでいる。ネオは気付いていないようだ。
「そもそも魔族側はこれ以上死なせるわけには行かないほどに数が減っている。
正面から城攻めをして犠牲を出すつもりは毛頭ない。
今後、戦いの際はまず我輩が前に出る。
存亡の危機にある魔族のため、我輩はここに居ると言っても過言では無い。
お前たちは、自分たちの状況と、力と、役割を見誤るな。
破壊は我輩に任せよ。お前たちは復興と繁栄の為に要るのだ。」
言葉だけなら、これが悪魔のささやきかと納得させられるほどに惹きつけられる。自分の力だけで人族を蹂躙できることへの揺るぎない確信を感じる。
だが、その声色や表情には、魔族に対する愛情とか信頼とかは全く感じられなかった。
ネオ自身の目的はまた別にあるかのような、魔族に対する愛着の無さ。キティンには不自然に思えた。
「さて、1カ月分の食料を蓄え終わったら、要塞に向けて出発する。
腐肉を食えない奴らは保存食への加工も同時に進めるのだ。良いな。」
話は終わったとばかりに、ネオは木の板を片付け始めた。
「マコよ、これからどうする?」
「そうね。また街に行って……まあ、好きなようにやるわ。
とりあえず、日が沈む前に戻らなくちゃ。」
「そうか。静かになるな。また顔を見せに来てくれ。」
「ええ。」
「息災でな。」
マコは無表情のままヒラヒラと手を振ると、ネオに背を向けた。だが、そっちは壁だ。
キティンは不審に思ってマコの横顔を眺めた。
そして、マコの体の周りに3つの光の円が現れたかと思うと、次の瞬間にはエルフの姿も白い魔法陣も消えていた。
なんだ、これは。
どこに行ったのか。
念のため腰を屈めてテーブルの下を覗いた。何もいない。
後ろでキティンの親衛隊達同士でなんだなんだを言い合っている。
「今のはなんだ!?ネオ!
あのエルフはどこに行ったのだ!」
「『テレポート』で人間の国、フランリング王国の首都に行ったのであろう。」
「『テレポート』?」
「知らぬのか?訪れたことのある場所に瞬時に移動する魔法だ。
確かに、この世界に来てから使う者を見たことが無いな。
まさか、使い手がいない?便利なのだがな……。」
「知っているトモ!」
スライムが膨らんだかと思うと急に会話に入ってきた。
「『テレポート』は非常にベンリな魔法ダ!
だけれども、ホンの少しミスしタリ、運が悪かっタリすると、”壁のなかにいる”状態になっタリ、一緒に転移したものと“ごちゃまぜ”になっタリするものだから、継承できなくて、使い手がいなくなったそうダネ!」
「ほう、そうなのか、カツェ。
だが我輩の知る『テレポート』は壁の中に移動したりはせんな。」
「失敗しないように改良した上級の『テレポート』も有るトカ。
そちらを使っているのカモ知れないネ。すごい魔力ダ。美味しそうダ。」
親衛隊に知っていたか小声で聞いてみたが、否定の返事が返ってくるだけだった。
なぜこんなに物知りなのか、このスライム。
カツェの生い立ちも気になったが、キティンは今思いついたことを口にせざるを得なかった。
「そんな瞬間移動ができるのなら、ネオを連れて行って勇者なり国王なりを殺せばいいのではないか。」
あまりに便利すぎる魔法でまだ信じられないが、もし本当ならこういったシンプルな使い道ができそうなものだ。
誰もが思いつきそうなことだが、何を想像しているのか、ネオは視線を宙に浮かせる。
そして、「イヤガルダロウナ」とぼそりとつぶやいた。言葉の意味は分からなかった。
「なに?」
「いや、気にするな。
ふむ。リスクが大きいし、メリットも少ないな。
我輩の目的はあくまで国境を作り、まずはこの戦争を一度終わらせることだ。」
ネオはすでに壁に戻した木の板をチラリと見た。だが、もう一度取り出すまでもないと思ったようで、そのまま話をつづけた。
「我らが戦っている相手であるフランリング王国、暗殺などを駆使してうまくこれを崩壊させたとしよう。そうなると、王国に隣接してる別の人族の国--3つか4つあるはずだがーー今度はそいつらを相手にすることになる。
色々な理由をつけて自国の領土を広げようとなだれ込んでくるのは容易に想像がつく。
うむ、やはり危険だな。
我輩に匹敵する強敵を呼び寄せる可能性すらある。
魔族の平穏が遠のくのは避けたいだろう。」
うむうむとネオは唸る。暗殺しない理由ができたことに満足するかのように頷いている。
理屈は分かるが、成功すればフランリング王国は混乱するはずだ。要塞を一つ奪うのが目標なら、混乱に乗じてしまえば楽になりそうなものだが。
圧倒的な力を持ちながら敵地に飛び込むのを渋る理由。キティンには一つしか思いつかない。
「ネオ、貴様、やはり勇者が怖いのではないか?」
「キティンよ。言っておく。
勇者よりも敵に回したくない相手がいる。その可能性を考えておけ。」
そう言い切るとネオは作戦室を出て行ってしまった。
勇者よりも強い人族がほかの国に居ることを確信しているのだろうか。
ネオの口調からは、ネオに匹敵するという強者が具体的に頭に浮かんでいるような印象を受けた。
――――――――――――――――――――――――――――――――――
シスターエイは診療所で戸締り前の見回りをしていた。
最近のフランリング王国は、毎日どこもかしこも慌ただしい様子で、皆がバタバタ動き回っている。商人たちは物資の輸送やら何やら。住人たちは不安な気持ちを抑えながらも、できるだけ日常的な生活をしようと各々の仕事に打ち込んでいた。
そんな一日が、今日ももうすぐ過ぎようとしている。
見回りが終わったころ、マコが診療所奥の居住区の方からひょっこりと出てきた。
「マコ様、帰ってきていらしたんですね。
もう日が暮れますから、鍵を掛けてしまいますよ。」
「ねえ、エイちゃん、ちょっと教えてほしいんだけど……。」
「はい?なんでしょうか。」
笑みを浮かべるその顔を見る限り、深刻なものではなさそうだ。
「王国の偉い人に会う良い方法は無いかしら。
どうしてもお伝えしたいことがあるの。」




