03 ストラテジー
城の扉は内側へ全開になっていた。
キティンがたたくとコンと固い音がしたので、本物の扉はこちらのようだ。
ネオを先頭にして、マコとカツェが玄関ホールの正面にある階段を上がっていった。
ネオとマコは雑談を交わしながら歩いている。「なんでガットはネオの言うとおりにするの?ネオもテイマーのスキルなんか無いでしょ?」「あれは我輩が創造したからであってな……」などといった調子で、気ごころの知れた仲であるのは間違いないようだ。
カツェは段差など無いかのように滑りながら上っていく。動くのを見るたびにどんな体の動かし方をしているのか気になってはいるが、触って確かめるのは絶対に嫌だ。
一行は階段を上がって2階の正面の部屋に入っていった。
ボロボロの木製の両開きのドアの奥には、これまたボロボロの長テーブルがおいてあるだけの広くて物寂しい部屋がある。
キティンとドラゴニュートの近衛兵6人が一番最後に入った。
「ここを作戦室とする、といったところかな。」
そう言ってネオは壁に立てかけてあった木の板を手に取った。ネオの背丈の半分ほどもあるその板をボロテーブルの上に3枚並べると、いつの間にか持っていた黒い石で、ガリガリと板に絵を描き始める。
「こちらが太陽が昇ってくる方向、こちらが沈む方向だ。」
「ふん。地図か。」
円を右上がり気味に2つ並べただけの、簡素な地図だった。二つの円は一部分だけ重なり繋がっている。右側の円は北東側が大きく欠けており、代わりに”大陸に続く~”と書かれた。
「ここ、イベリア半島に似てるわよね。ネオ。
今いるのはスペインって感じかしら。」
マコが聞いたこともない地名を口にしたが、ネオは軽くうなづいた。
「そう。我々が今いるのは半島の中程である。
山々に囲まれて分かりにくいが、北も、西も、南も、行きつく先は海となっている。」
ネオが左側、つまり西側の円の真ん中あたりに黒い点をつけ、”ココ”と書き足した。
「さて分かるな、カツェ、キティン。
魔族がどのような危機に陥っているか。
……このまま逃げ続けることなどできない。
魔族は絶滅の危機に瀕している。」
人間たちの国ははるか北東にある。
これまで魔族たちは攻め寄せる人族の軍に押され、西へ西へと敗走を続けてきた。
「これは大変ダ。いつか食べる物が無くなってしまうヨ。
早く奪われたナワバリを取り返さネバ!」
カツェはワザとらしいぐらいにやる気満々だ。
肉食のやつらは住処を変えながらエサを探すものだから、ナワバリは広ければ広いほど良いと思っている節がある。
「うむ、意気軒昂でよろしい。
だが、障害となるのがココだ。」
今度は、二つの円が重なっている部分にカカカッと斜線を描いた。
「ここが山脈になっていて要害となっている。
まともに通行できるのは海沿いだけだ。」
そして、二つの円が重なった部分の南側の端っこ、海沿いにあたる場所を小さい丸で囲んだ。
その場所にキティンは心当たりがあった。
「そこは……。」
「ここは良い場所だ。海の幸も山の幸も得られる。
東西を行き来しようとする者は必ずここを通るのだから、交易も盛んになる。
ある程度知性のある魔族にとっては素晴らしい住処になるだろう。
そうだな、キティン。」
「ああ。
そこは……そこはドラゴニュートの国がある場所だ。」
「そう、ここはドラゴニュートの国があった場所だ。
リザードマンその他諸々の魔族たちも多くいたようだ。
そんな素晴らしい場所のすぐ北の平野に、今は人間の作った要塞がある。」
「……ああ。」
めまいがする。
そこは当然、人族との戦場になった場所でもある。
もともとドラゴニュートと人族との小競り合いが長く続いていた地ではあった。
人族が平野に築いた駐屯地が、戦いが長く続くにつれ、壁ができ、砦になり、やがて要塞になってしまった。ついにはその要塞を拠点として人族の大軍団が集結し、ドラゴニュートと人族との決戦の地になったのだった。
先代の王でもあるキティンの兄は、その戦いで勇者に敗れ、命を落とした。
持ち帰ることもできなかった兄の亡骸の上に、人間に造られた醜い建物がそびえ立つ。そんな光景が脳裏に浮かんだ。
ネオは話を続けていく。
「ここ。この要塞を陥落させ魔族のものにできれば、東側に入り込んでいる人族は孤立し、勝手に逃げ散るだろう。
山脈から東側はすべて魔族のものになったも同然だ。」
魔族だろうが人族だろうが、大規模な軍団が山脈を超えるのは困難。山脈の位置を考えればネオの言うことはもっともだ。
いま思えば、かの地でのドラゴニュート王国と人族の戦いは、そのまま魔族の命運を分ける戦いだったのかも知れない。
コンコンとネオが木の板を叩いた。
「さて、ここで我ら魔族の目標を定めるとしよう。」
ネオはわざとらしく一呼吸置いた。
「我らは、ここに国境を引く。」
作戦室に静寂が流れた。
ただでさえ大分静かではあったが。
「へ~。」
マコが納得したように、ぱちぱちと手を叩きだした。
キティンの後ろで空気みたくなっていた親衛隊たちも拍手を始めた。
もう一呼吸置いてから、今度はスライムがぽこぽこと動き出す。
ぷるぷるの表面から突起物が二つ伸びて拍手の真似事をし始めた。
賞賛しているのか、本能的にただ真似をしているのかは判断できない。
いずれにしろ、キティンには理解できなかった。
「なぜそこに……そこまでか?それだけなのか?」
「ほう?」
キティンは納得ができなかった。
多くのものを奪われた。
家族、国民、家、土地、思い出、未来、形が有るものも無いものも失った。
「私達はこんなにも失ったのに、
土地を取り返して終わりなのか。
そんなの、足りないじゃないか。人間どもは失ってないじゃないか!」
拍手が止んだ。
マコは、同情なのか、非難なのか、目を細めてキティンを見つめてくる。
キティンにとってはどちらであっても、どうでも良かった。
「ネオ、お前ならもっとやれるんだろう!
強いんだったら、もっと、もっともっと奪ってくれよ。
そうじゃないと、報われないじゃないか!」
気が付いたら大声が出ていた。
だが、ネオは動揺する様子も無く鼻先で笑うと、マコの方をチラリと見てから、静かに話し出した。
「報い、だと?
我輩は報復なんぞに付き合うつもりは無い。
まあ、デーモンの我輩としては、復讐は最高に気持ちがいいぞと唆してやっても良いが。そんな娯楽は全部終わってからやってくれ。
今、魔族に必要なのは安全な世界だ。
ここを制圧して国境を人間に認めさせれば、いや、たとめ認められなくとも、得られる防衛力は魔族の生活を立て直すには十分だろう。
よろしいかな?」
諭すようなネオの言い方は腹が立つが、キティンには言い返すことできなかった。
ネオから目をそらすと、マコが無表情で頷いているのが目に入った。横目でネオに見られていることに気づいてはいないようだ。
不思議と、ネオはマコの機嫌を損ねないよう、気を使っているかのように見えてきた。




