02 カームリー
02 カームリー
エルフの肩に担がれたまま、キティンは焦っていた。
ネオの恋人を攻撃したのを見られたのだ。
(殺されるっ!)
ドラゴンが地面に降りた気配がして、キティンは体を強張らせた。
だが、意外にも、ネオはなんとも思ってもいないかのように、マコと話しだした。
「うむ。何があったのかは、大体想像がつくのだがな、マコよ。
なぜそうしたのか分からん。」
「見て!こっちじゃこんなかわいい系の魔物は初めて見たわ!
いまテイムしたところよ!」
「テイム?テイムスキルも持っていたのか?知らなかったな。」
「いえ、無いわ!」
「……じゃあ、テイムは出来ないのではないか?」
「でもね、ゲームの世界じゃないんだから、スキルは無くてもペットぐらい飼えるんじゃない?」
「いや、それはどうだろう。まずは小動物から始めたほうが。」
「ドラゴンは言うこと聞いてくれたのに……」
「私めは、きちんと脅迫に応じただけでございます。」
ドラゴンのガットまで会話に入ってきた。とりあえずキティンをペット扱いしようとしていることがわかり、キティンは頭に血がのぼってきた。
肩に担がれたせいで物理的にも血がのぼっている。
「わ、私をなんだと思っているのだ!」
「きゃっ!しゃべった!」
「マコよ、とりあえず降ろしてやってくれないか。」
マコは「ごめんねー?魔物と魔族の区別は難しくて……」と、なにやら言いながら屈んでくれた。無事、キティンは自らの足で地面に立つ。
「……ありがとう。」
何と言っていいのか分からないまま、キティンはとりあえず礼を言った。動物の類と一緒くたにされたのは釈然としないが、他の言葉が思い浮かばない。
「いえーこちらこそ。もしかして、さっき扉に触ったとき、止めようとしてくれた?」
か細く「……ああ」と返事をしたが、遮るようにネオが話し出す。
「さて、久しぶりになってしまったな、マコよ。色々、話したいことはあるのだが……すまん、もう一つ良いかな?
そいつを治療してやってくれ。」
ネオは鷹揚に話すと、エルフの後ろに転がっている氷の塊を指さした。
「え、治すの?掃除してないから湧いて出たんじゃないの?」
「いや、むしろ掃除してもらっていたのだ。」
「?」
エルフは首をかしげながら、“リジェネ”とつぶやいた。
砕けていたスライムが一か所に集まり元の柔らかさを取り戻していく。
「今のうちに、彼らのことを紹介しておこう。それがスライムのカツェ。
そして、ドラゴニュートの女王、キティンだ。
彼らには、烏合の衆でしかない今の魔族たちを指揮する立場になってもらう。いわば、魔族という集団の幹部だな。」
スライムの構造は良く知らないが、おそらく致命傷だったスライムがみるみる再生していくという奇跡が目の起きている。
「そういうこと?
もう仲間だったって訳ねえ。
申し遅れちゃったわね。マコよ、よろしくね。」
「あ、ああ、キティンだ……。さっきは、その、すまなかった。」
マコ本人は危ない目にあったなどとは微塵も思ってもいない様子で、スライムに魔法をかけながら挨拶をしてきた。緊張やら恐怖やらで張りつめていたのは自分ひとりであったようだ。「仲間」という部分は否定したい気持ちもあったが、とりあえず「はあ」とため息をついた。
ただ、自分の攻撃に危険すら感じなかったのかと複雑な気持ちになる。
キティンはマコから目を逸らしたが、マコはまだニコニコしながらこちらを見ている。なにやら、頭のてっぺんから尻尾の先まで舐めるように見られている気がする。
ふと、ドラゴニュートを初めて見たときのリザードマンの子供がこんな様子だったことを思い出した。
「ネオ、すごくいい!こういう仲間がいるのはすごく良いと思うわ!」
「え?ああ……どうも。」
どうやら気に入られたようだ。まだペットか何かにしようとしているのでは無かろうか。
そうでなくとも、まっすぐな笑顔を向けてくるマコを受け入れる気にはなれない。ネオは親の仇であり、マコはその恋人かも知れない。しかも人族である。笑顔で応対する気にはなれなかった。
ネオは「ううむ、そうか……?」などとどうでもよさそうに返事をしている。
「この、マコさん?は、その、どういった人なのだ?」
ひどく曖昧な質問だと自分でも思ったが、キティンは聞かずにはいられなかった。
つい数日前、この城に現れた人間の騎士に対して、部下であり恋人であるエルフがいると魔王は嘯いた。
いざ目の前に現れ、魔王のウソでは無かったのだと分かると色々疑問が沸く。
エルフであるのに、なぜ魔王の部下兼恋人になって、なぜこんなに強くて、どんな立場でここにいるのか。
すると、ネオもマコも、うーん、と唸った。
先に口を開いたのはマコだ。
「わたしもネオの部下よ。まあ、実際は友人ね。」
「ん?」
つい疑問符がキティンの口から洩れた。
恋人未満じゃないか。
ネオをちらりと見ると、手をあごに添えて口をひん曲げている。
どんな心境だ、いま。
ネオの反応には気づいていないようで、マコは続ける。
「見ての通りエルフなのだけれど、ネオに召喚、いやあの、呼ばれて?とにかく、友達に頼まれたから、手伝っているような感じね。」
言い終えるとマコはネオの方をスッと見た。キティンもネオを見た。
ネオは眉間にシワをギュッと寄せていた。
「い、今は人間の国の首都にね、潜入してるの!まあ、わたしはこの世界……この地域に来たばかりだから、まだ慣習とか?情報収集をしてるってところね!」
言い切ってから、引きつった笑顔でマコはネオを見た。それにつられてキティンももう一度ネオを見た。
ネオは眉間にシワが寄るどころか、顔じゅうのシワが中央に寄っていた。
どんな感情だ、それは。
「そういうことよ!」
「……うむ!」
ネオも同意した。
そうらしい。
言葉にならない違和感や疑問がもやもやとし続けていて、キティンは全くすっきりできていない。
「疑問があるなら後で我輩が聞いてやろう。
まずは、マコよ。よく戻ってきた。
人間の国ではさぞひどい目にあったろう。」
「何のこと?」
「……潜入が発覚したわけでは無いのか?」
「いーえ。全くバレていないと思うわ。たぶん。でも、それほど居心地がいいって訳でもないのよ。前の生活とは色々と違うしね。
ま、今日はちょっと顔を見せに来ただけなの。何にも言わずに出て行っちゃったから。
でもまあ、色々順調そうで良かったわ。」
「……ふむ。」
ネオの脳裏には、この前追い返した騎士のことがあるのだろう。あの男が国に帰って魔王の言葉を広めていれば、マコはどんな目にあってもおかしくは無い。ただ、よほど目立つことをしない限り、人族の国に入り込んだエルフ1人を見つけるのは困難。実際、まだ見つかってはいないようだ。
キティンはこの前の騎士のことをマコに言ってやろうかと、ふと思った。ネオがマコに不利になるようなことをしたのだとすれば、二人を仲たがいさせられるかもしれない。なぜそんな訳のわからないことをしたのかと、マコが怒ったりすれば......。
途中まで考えて、やはり黙っていることにした。
そう、訳が分からないのだ。ネオもマコも。何を考えているのか分からない。
ネオが人間を追い返し魔族の土地を取り戻そうという目的を持っていることだけはわかっている。
あと分かっているのは、ネオはキティン達では歯向かうことができないほどの力を持っているということぐらいだ。
マコがキティンの話を信用するとも限らない。
今はまずネオの気分を逆なでするようなことは避けなければ。
考えるのをやめ、キティンは魔王の様子を覗った。
「……。」
なにかを考えているようだが、悩んでいるように見える。
ネオがマコに向ける視線は、少なくとも、恋心がある相手へ向けるそれでは無いような気がした。
「ほら、スライムが回復したわよ。えーと、カツェ、だったかしら?」
キティンが息を飲んだ時、マコがこちらに振り向いた。マコはスライムに気を取られてネオのほうは見ていなかった。
「……どうかした?」
マコはネオの様子には気づかなかったようだ。
当のネオは何事も無いかのように話を進める。
「さて、役者が揃ったといったところか。
キティン、あちらに食料を持った魔族たちを待たせているだろう。予定通り城に運ぶよう指示してやれ。
その後は、今後の話をしておきたい。
城の中へ」
「カーッ、死んでしまいました。ココが天国なのデスネ。
お肉食べ放題デスカ!」
復活したカツェが会話を遮り叫び出した。初めての経験に興奮しているようで、ぼこぼこと膨らみながらマコのほうにスイスイすり寄っていく。
「残念ながら天国じゃないし、お肉も食べ放題じゃないわ。」
スライムがしゃべることにマコが驚く様子はなく、冷静にカツェをペシャッと平手打ちする。高速な平手打ちはスライムに取り込まれることはなく、表面に波を作った。




