10 愚鈍へのペナルティ
「客人だと?」
倒れ込んだまま、皮肉に満ちた魔王の言葉をガノはオウム返しした。
客人とはつまり、「丁重に扱う」ということだ。
それは、捕虜として。
そして、王国の状況を知るための情報源として、だろう。
拷問は避けられまい。
剣を握る手に力を入れようとした時、
ネオの周囲に魔法陣が現れた。
魔法陣――長命なエルフしか習得できないような強力な魔法が行使される際に、それは現れると聞く。
「『ドミネイト・モンスター』。
『そう力むな。』痛めつける気は毛頭ない。
まずは、そうだな。
『武器を置いて、立ち上がりたまえ。』」
『ドミネイト・モンスター』?
軍を率いる地位にある者として、ガノは魔法に関する知識を相当に持っている。
それでも、それは聞き覚えの無い魔法であった。
ガノは、剣を手放して立ち上がる。
先ほどまで相対していたキティンの姿が眼に入った。
いつのまにか斧槍を地面に突き立て、魔王を、何か汚いものを見るかの様に睨みつけている。
すぐに殺されると言う事はなさそうだ。
ならば、少しでも魔王から情報を聞き出さなければ。
「何を考えている、魔王。」
「『この魔法の事は気にするな。先に私の質問に答えろ。』
勇者どもでさえ我輩の暗殺に失敗したというのに、それよりも弱いメンバーでここを訪れたのだ。
暗殺をしに来たのでは無いな?
『ここに来た目的を言え。』」
魔王は何でもお見通しということか?
少なくとも、相手を尋問するという能が無いような、他の魔族どもとは違うというわけか。
だが、そう簡単にこちらの作戦を知られる訳にはいかない。
「王の勅命により、マコと名乗るエルフに会うために来た。
彼女と交渉し、人類の味方になるよう説得するためにな。」
「ほう。」
魔王ネオはフッと鼻で笑った。
「マコは自分で我輩の部下であると勇者に伝えたはず。
『なぜ彼女が寝返ると思ったのかを教えろ。』」
「勇者が見た彼女の能力、彼女の素振り、そして状況。
それらから、我らは、彼女が神から遣わされた聖人であると判断した。
聖人であるのならば、人類に味方するのは当然。
よって、迎えに参ったのだ。」
「ほう、ほうほう。聖人か。
ククッ。察しがいいな。クククククッ。」
魔王はガノを見つめながら小さく笑いだした。
会話が途切れた。
ガノも魔王に問いたいことはある。
だが、今は魔王の質問に答えなければならない。それが当然だ。
ふと、魔王の横に立つキティンと目が合った。
その目は哀れむようにこちらを見つめている。
何を哀れんでいるのかは分からない。
短い沈黙の後、口を開いたのは魔王ネオだった。
「よし。
『我輩がこれからする話を良く聞き、そして信じろ』。」
ガノは不思議に思った。
そんなことは当然だ。
「では言うぞ。
ゴホン。
『我輩とマコは、熱い愛情で結ばれている!
マコが我輩を裏切ることなど決してない!』」
沈黙が訪れた。
キティンが眉尻を下げて目を見開き魔王を見つめている。
ガノは思った。
なんと説得力のある言葉だろう!
利害関係や、脅迫による主従関係であれば、寝返ることは簡単に起こりえる。
だが、「愛」は違う。
どんな困難や苦境があろうとも、その愛を打ち砕くことは出来ない。
そして、時としてそれは人を盲目にする。
たとえ、魔王がエルフや同胞ともいえる人類を虐殺したとしても、
エルフの少女が心変わりするとは限らないのだ。
なるほど、信ずるに足る情報だ。
感心したような表情が顔に出ていたのだろうか。
魔王は満足気にうなずくと話を続けた。
「『そんなマコは、いま斥候として王国に潜り込んでいる。
いわゆるスパイだ。
ほおっておいても、貴様らの国の情報がどんどん我輩に流れてくる。
嫌なら、はやく探し出して追放したほうが良いぞ。』
フハハハハハッ。」
なんということだ。まさか間者として王国に送り込まれていたとは。
このような挑発までされては、放置していては王国騎士の名折れ。
早急に対処せねば。
魔王はまた満足気に頷いた。
「最後にもう一つ言っておこう。
『魔族は正直者ばかりだが、人間は違う。
ペテンに謀略、愚かな裏切り。自分の望みのためなら平気で嘘を吐くのだ。
人間を信用するな。』
良いな。」
「ふん、そんなことはとっくに知っておるわ。」
「それは良かった。
では、『さっさと王国に帰れ。』
どうせ、そこらの森に大鷲を潜ませているのだろう。
ほら、行け。」
野良犬を追い払うかのように、魔王は手をシッシッと振った。
帰っても良いのなら帰らせてもらおう。
ガノは大鷲グウェイとの待ち合わせ場所へと歩きだした。
……なにか違和感を覚える。
なぜ、私は剣を置いてきたのだ?あれは王から賜った物の一つ。
いや、対話する時には剣は置くものだ。
なぜ、魔王に問いかけるのをやめたのだ。少しでも情報が得られたのでは?
いや、情報なら魔王がベラベラと話したではないか。
魔族は正直者だ。嘘など吐けないだろう。
うむ、思い返してみても何もオカシイことは無い。
ほんの些細な、取るに足らない違和感だ。
それよりも、早く帰って、王国からマコを追い出さなければ。
―――――――――――――――――――――――――
魔法によって操られた人間の男は、しっかりとした足取りで城から離れていった。
キティンは、同じ魔法を受けたことがある身として、少しだけ同情した。
あれには抗えない。
自分の意思とは真逆の命令でもされない限り、魔王の言葉はスッと頭の中に入り込んできて、抗おうとも思わないのだ。
「魔法で強制的にニセの情報を掴ませる作戦か、ネオ。
うまくいけば、しばらくはエルフ族と人間の連携が滞るだろうな。
ついでに、人間不信になったあの男の人生も終わりだ。」
あまりに性悪な策謀にキティンは感心した。
「いや、我輩はほとんど嘘をついていない。」
「なに?
……じゃ、マコとかいうエルフの女性は、その、実在するのか?」
「もちろんだ。」
てっきりネオの妄想かと――という言葉をキティンは飲み込んだ。
今までネオにそんな部下、いや恋人?
とにかく、そんな存在がいるとは聞いたことが無かった。
それが真実だとすると、別の疑問が浮かぶ。
「あの男がお前の言う通りに動いた場合、そのエルフの命が危ないのでは無いか?」
「その心配は無い。
いまは少し連絡が取れなくなっているのでな。
早く戻って来て欲しいというだけだ。」
「ふーん。」
それなりの手練れという訳か。
だが所詮はエルフ。魔法は得意でも、身体能力はさほどでもないだろう。
ふと、キティンの脳裏にある考えが浮かんだ。
もしネオの言葉が本当ならば、そのエルフはネオの弱点になるのではないか?
エルフが戻ってきたところをドラゴニュート達で捕らえ、ネオを脅せば――
父上の仇が討てるチャンスだ!
キティンはほくそ笑んだ。
「む、貴様。我輩の言葉を信じておらんな?
『これは真実だ。覚えておけ。』」
「ふん。ハナから信用はしていないが、
血も涙も無いお前に恋人が居るとは、尚更信じられないな~。」
ネオに計画が気取られないよう、キティンはおどけた。
が、それも良くなかったらしい。
「ほう、我輩の魔法が解けているな?」
「そうみたいね。
あ、重ね掛けは要らない。
もう死のうだなんて考えていない。
やはり、人間に殺された兄上の仇を討つためにも、生きていないとね。」
ちょっと焦った。
ネオは納得したようで、あの『ドミネイト・モンスター』とかいう魔法を使う気配はない。
(もちろん、父上の仇もだ!
罰を受けろ、ネオ!)
城砦に向かって歩き出したネオの後ろ姿を、キティンは睨んだ。
更新に半年も掛かり申し訳ございません。
環境の変化等色々ありましたが、春からは元の環境に戻れる予定です。
時間が掛かっても完結だけはさせます。




