04 王国の朝
シスターエイは顔を洗うために聖堂の裏庭に出た。
朝焼けに照らされ、聖堂も、聖堂と診療所を裏庭ごと囲う壁も、石畳までもがきらきらと輝いている。
まばゆい光に眼を細めながら、また今日も無事に朝を迎えられたことを心の中で神に感謝するのがシスターエイの日課の一つだ。
ちなみに、顔を洗ったあとに朝の散歩に出かけるのがもう一つの日課である。
裏庭の片すみにある井戸の方を見ると、服が入ったカゴと、桶に汲んだ水で身を清めているマコが目に入った。
金色の長髪とエルフ特有の白磁のような肌は、朝焼けの光を浴びて温かみのある色に映り、やけに艶めかしく見える。
同性であっても惚れ惚れしそうな光景であったが、マコは桶から手拭いを取り出して胸の辺りを荒っぽくゴシゴシやりだしたので、シスターエイは我に返った。
まるで人形のように整った容貌を持つマコは、エルフの中でも特別に美しい。
しかしながら、あらゆる仕草にガサツさが顔を出すので、たまに実は男なのではないかと思うことがある。
マコが聖堂に来てから10日目になる今日、シスターエイは初めてマコの裸を確認し、ようやく女性であるとの確信を得たのだった。
「おはようございます、マコ様。
今日はお早いのですね。」
「あら、おはよう。エイちゃん。」
左右対称な緑色の瞳がこちらを見たが、すぐに真下に移った。
自分の体を隠そうか迷ったように見えたのだが――
「日が沈んだら眠るような生活なんだもの。早起きにもなるわ。」
結局、何も隠さないまま話し出した。
そういうところである。
同性であっても、見られたら体を隠す程度の恥じらいを持っていただきたい。
シスターエイはちょっとがっかりしたが、これはこれで良いのかもと思いなおした。
王国を訪れるエルフは、その見目麗しさのために、色々と大変な目に合うという噂がある。
見た目の良さがガサツさで打ち消されるくらいが丁度良いのかも知れない。
「こんな早くに起きて、エイちゃんは何してるの?」
「いつも散歩をしていますよ。
せっかくなので、今日は一緒に行きませんか?」
「大通りは何度か歩いてみたけど……。」
マコは逡巡しているようだった。
何とためらっているのかシスターエイには分からなかった。
だが、このまま食堂に行って、診療所が開くまでパンをモソモソとかじるのはつまらないだろう。
「朝の市場を見て回ったり、色んなニュースを聞いたりするのは楽しいものですよ。」
「……そうね、行ってみようかな。」
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シスターエイが顔を洗っている横で、マコはカゴから黒いドレスを取り出してきた。
マコは教会のローブの下にいつもこの黒いドレスを着こんでいる。
だいぶお気に入りのようだ。
顔を拭き終わった時、マコはビスチェを後ろ前に着て、お腹の前で留めひもを結んでいる所だった。
そのままグイグイとビスチェを回して戻そうとしている姿を見て、シスターエイは少し懐かしくなった。
「ふふふ、マコ様。
戻すときは、半分に折った方がいいですよ。」
そう言うと、シスターエイは手を伸ばし、ビスチェをウェストから半分に折った。
マコの細いくびれのあたりまでビスチェを少し持ち上げると、簡単にクルリと回すことが出来た。
「ありがと。いままでは適当にやっていたわ。」
「笑ってしまって、ごめんなさいね。
でも、妹と同じ付け方をするのですもの。
あの子ってば、意地でも直そうとしないのですよ。」
「あら、妹さんがいるの?
知らなかったわ。」
「妹もシスターですの。
呼び名はシスターエル。
……戦争について行ってしまって、街にはいませんわ。」
シスターエイの言葉に、マコは気まずそうに黙ってしまった。
「大丈夫です。
もし何かあったとしても、お互いに、覚悟の上ですから。」
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教会の白いローブを着た後、早速2人は聖堂を出た。
市場がにぎわうのは南門の近くと東門の近くだ。
ただし、南門は城砦への道に繋がっているため、軍備関係の物資が多い。
聖堂は南門の正面に建っているため、すぐに露店のような市場が目に入る。
マコは険しい目で、列をなしている屈強な男どもを眺めていた。
あまりに見慣れた光景なので、シスターエイも南門の市場は飽き飽きしている。
「大通りを東門の方へ行くと、食べ物のお店が増えていきますよ。
そちらに行きましょう。」
「……そうね。」
マコもつまらなそうなので、南門の市場は見ずに東門の方へ行くことにした。
王城を中心として同心円状に大通りが伸びているので、南門から東門へは緩やかなカーブを描く道一本でつながっている。
ちなみに、王城から各門へ放射状にのびる太い道もあるのだが、外側から2つ目の城壁に阻まれ、一般の民衆は城にはたどり着けない。
2つ目の城壁の向こう側は貴族の家々が並ぶ区域であり、貴族か通行を許されたごく一部の者しか壁を越えることは出来ないようになっていた。
そんな道路事情や世間話をマコと話しながら大通りを歩いていると、あっという間に東門についてしまった。
6本程度の柱に布の屋根をつけた簡易な露店が道の両脇にずらりと並び、どの店でも木箱に詰め込まれた野菜や果実の新鮮さを声高らかに叫んでいる。
緑に赤に橙と、色とりどりの果物に負けないぐらい、色々な人びとが大通りでひしめき合っていた。
シスターエイはこの光景が好きで毎日のように散歩に来ている。
今日の献立を相談している夫婦らしき2人。
売られている干し肉が何日腐らないのか店主に聞いている冒険者。
麦を掴みながら、植えた量の何倍収穫できるか商人に問い詰める老人。
どんなに暗い出来事があった後でも、ここでは誰もが未来のことを考えている。
そんな気がして気分が明るくなるのだった。
「いかがです?シスタージー。
シスタージー?」
マコに市場の様子の感想を聞こうとしたが、すでに隣には居なかった。
周りを見回すと、露店で楕円形の茶色いものを持っているマコがすぐに見つかった。
見覚えのある店主が困惑した表情になっている。
「これ、『ナットウ1個20シルバー』って書いてあるけど、なんで『ナットウ』って言うの?
誰が名付けたか教えて?
作り方を開発した人でもいいわ。」
何やら無茶な質問をしていた。
「シスタージー。店主さんが困っていますよ。」
「でもでも、気になるの。」
まるで子供のような好奇心の持ち方である。
ナットウはナットウ。
温暖な地方に生える稲という植物の茎を使い、豆を発酵させて作る食べ物だ。
「ええと、たしか何百年も昔の聖人が開発した珍味です。
でも、臭いや粘つきがキツくて、これを好む人は滅多にいませんね。
それに、稲はこのあたりではよく育たない植物なのでお高いのです。」
「さすがシスターエイさん、聖人関連のコトなら何でも知ってるね!」
助かったと言わんばかりに、店主はシスターエイを褒めた。
一方で、マコはなぜか悔しそうにしている。
「何百年も前かぁ。
あーあ、絶対同郷の人なのになぁ。」
「あら、故郷の料理なのですか?
もし、その聖人がエルフなのでしたら、今もご存命かも知れませんわ!」
「うーん、どうかなぁ。
故郷にエルフは居なかったわ。」
「ええ?」
マコは心底残念そうによく分からないことをつぶやいた。
エルフであるマコの故郷にエルフが居ないとはどういう事か。
まさか、マコはエルフの変装をしているナニカなのだろうか。
マコの頭から生えているエルフ特有のとがった耳を、シスターエイは引っ張ってみた。
ピクリと反応する。
当然だが、本物としか思えない。
「?」
「?」
「なにをやっているのか」とマコはシスターエイを見つめて、
「なにを言っているのか」とシスターエイはマコを見つめた。




