02 ボーイインザガール
ネオとオレはドラゴンの首の付け根にまたがっている。前にいるネオの腰のあたりをつかみ、ドラゴンから落ちはしないかと力んでいた。ドラゴンが羽ばたきをやめ、ひときわ高い山のほうへむかって滑空している。
――約束通り、また一緒に冒険にいこう。――
ネオは振り向いて、感慨深いような表情をしながら声をかけてきたが、こちらはそれどころではない。
分からないことが多すぎる。
このタイミングで冒険に誘ってくるとは、なんて奴だ。
断ろうかな。
昨日は普段どおり就寝したはずだが、目を覚ましたらゲームキャラのネオがいる。しかし、五感があって現実としか思えない。ネオによれば、ここはゲームの世界らしい。たしかに、ドラゴンがいるし、魔法も使えた。
寝ている間に最新のヴァーチャルリアリティなゲーム機を装着されたとか?触覚や嗅覚まであるゲームが開発されたとは聞いたこともないが。
たしかに、初ログイン直後の知人をパーティに誘ったのだ、と考えればネオの言動もわかる。さっきの騒動がオープニングイベントだとすれば、インパクトだけはばっちりだ。
よし。
これはゲームだ。気を楽にしていこう。
「あのう。冒険の前に、もうちょっと操作法とかチュートリアルを……ごほん、んんっ。」
咳払いをした。さっきからずっと甲高い声を出している気がする。
のどに違和感があるわけではないし、いつも通り話しているつもりなのに、耳に響いてくる自分の声が妙に高音だ。
言葉を止めたオレを心配するような表情で、ネオがこちらを見ている。ここまで絶妙な表情をできるとは、とんでもないゲーム設計である。
コミュニケーション部分に繊細な気遣いがあるオンラインゲームは、もし、戦闘やストーリーが多少アレであっても、ワイワイと楽しむことができるものだ。素晴らしい。
「すみません。ちょっとのどが――オレの声、変じゃありません?」
「え、変じゃないよ。かわいい声だ、よく似合ってる。むしろ、自分のこと『オレ』って呼ぶことのほうが変かな。」
ネオが気色悪いことをいっている。
「前も言いましたけど、オレは男なので……」
『かわいい声』?『似合っている』?女の子ならば誉め言葉だろうが、オレは男――。
いや、ゲームの世界では?
……いやな予感がする。
肩に装飾のある黒い軍服のような服をきているネオから目を離し、自分の体を見た。
うす灰色のチュニックのような上着とハーフパンツ。ダサい服だが『スプリームファンタジー』のプレイヤーなら誰もが知っている。人族のキャラの初期装備だ。
そこはどうでもいい。問題はその中身だ。
ネオの腰から右手を離し、自分の頭を触る。
サラサラの髪。編み込んでいるのか、やわらかいロープを触っているような感触もある。背中までは垂れ下がっていないが、ほどけば長髪だろう。
――オレはスポーツ刈り、短髪だ。
耳に触れる。
耳の上部がやや長く、そして尖っている。いわゆるエルフ耳を触ったらこんな感じなのだろうか。少しくすぐったい。
――もちろん、オレの耳の形は普通だった。
次に頬から顎。
しっとり。すべすべ。
――ひげは朝剃るので、寝る前はちょっと伸びている。ザリザリと感じるはずだが。
そのまま下へ手をうごかしていく。
ふにゃん。
左胸のあたりで、布越しに、やわらかい何かに右手が触れた。
――厚く逞しく固いオレの胸板があるはず……。まあ、それほど厚くも逞しくもなかったかも知れないが、少なくとも柔らかくはない。
そういえば、普通か、やや控えめのサイズに設定した気がする。
そのまま手をもっと下に、とも思ったが、やめた。
ゴツゴツした上、曲面にもなっているドラゴンの背中に座ろうとすれば、股間のあたりの、ナニカのポジショニングが気になる。
気になるはずだった。
今は、気にならない。
気になるはずがない。
そこにはなにもない。
「なぜ、オレは、
『マコ』なんですか?」
疑問が口から出た。
言われてみれば、『かわいい声』だ。