03 騎士と戦士
首都エクスより南、いくつもの小麦畑を越えた先にある森は昼だというのに薄暗い。
そんな、鬱蒼とした森の前で、華美な鎧を着けた騎士と屈強な肉体の戦士が並んで立っていた。
「なあ、リナードの旦那。こんなに街に近い森によ、ホントに人の手に負えねえ暴れ馬なんかが居るのか?」
リナードと呼ばれた若い騎士は、金髪を掻き上げて優しく笑った。
「そう言うな、イゾリエ君。
かの大魔術師モージ様より、この森には気性が荒い馬が住み着いているとは聞いていたのだ。
そして昨日、この森で巨大な影が動くのをみた農民が居たらしい。
いつ民に危害が出るか分からない。
ここで働くのも騎士の仕事だ。」
イゾリエと呼ばれた戦士は、茶けた肌から突き出た茶色のヒゲを掻き毟りながら、胡散臭そうに騎士を見る。
「でもよ、ここは初心な冒険者も訓練に来る森だ。
いろんな奴らの面倒を見てきたが、ここで馬にヤラレタって話は聞かねえ。」
「ふむ、君が言うのならそうなのだろうな。
ならば、誰かがやられるまえに私がやらなくては!」
「へへっ、その意気込みは嫌いじゃあないんだがなぁ。
今までおとなしくしてたんなら、ほっとくのも手だと思うぜ。
何か刺激を与えちまったんならヤるしかねえけどな……って、おお!?」
男二人の会話を遮るように、森から何かが軋むような音が聞こえてきた。
枝が折れる音。
幹が割れる音。
石が砕ける音。
まもなく、異様な音を出す原因と目が合った。
こちらの姿を先に捉えていたのか、一直線に、
木々など無い物かのようになぎ倒しながら駆けてくる。
赤毛の巨体が瞬く間に目の前に迫っていた。
「大きいな!あばれ馬どころでは無い!魔物か!」
「旦那!アンタじゃ無理だ!オレにまかせろ!」
とっさにイゾリエはリナードを突き飛ばした。
「こいやあああああ!馬っころっっ!」
近くにあった木の根元まで転げたリナードが顔を上げた時、
イゾリエは槍を馬に向かって突き出していた。
そして、
槍は小枝のように折れ、戦士は脳天から馬の脚を受けて地面に沈んだ。
「イ、イ、イゾリエええええええええええ!」
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「我が友が!早く!速く助けてくれ!」
リナードは微動だにしなくなったイゾリエを担いだまま、南門に一番近い診療所に飛び込んだ。
魔王の騒動を受けて多くの神官が出払っているという話は街中に知らされている。
だが、聖堂の隣でもあるこの診療所であれば誰かが残っている可能性は高い。
何より、あの森からはここが一番近かった。
「全治一か月も安静にしてたら足腰弱って今度は立ち上がれなくなっちゃうわ。魔法を使いましょ!」
「いけません、シスタージー!このおばあさんはそんな大金は払えませんわ!」
「じゃータダでいいでしょ!さ、そこをどいて。」
「いいえ、どきません!お一人だけ特別扱いなんてできません。患部の固定は済みましたから、治療は終わりです!」
治療院の中では、シスターエイともう一人のシスターが言い争っていた。
シスターエイの後ろには、脚を添え木で固定した年配のご婦人がオロオロしている。
おそらく骨折だろう。
「取込み中すまないが急患だ!早く診てくれ!」
リナードが診療所の入り口でもう一度叫ぶと、ようやく二人のシスターがこちらを向いた。
シスターエイは顔見知りだが、もう一人は見たことの無い風貌だ。
整った顔つきと特徴的な耳。エルフだろう。
神官であることを示す教会の白いローブの下に、黒いドレスを着ているのが見える。
「リナード様!その方は?……早く奥へ!シスタージーもお願いします。」
「むっ、納得はしてないからね!」
どうやら休戦はしてくれたらしい。
リナードは急いでイゾリエを診療室へ運び、ベッドに横たえた。
すぐにシスターエイと、シスタージーと呼ばれていたエルフが来てくれた。
イゾリエの頭蓋は凹み、血がにじみ出るように流れ続けている。
左腕の肘から先はすり潰れ、無くなっていた。
かろうじて息だけはしている。
「私のためにすまない、イゾリエ。もう槍は握れまい……。
金は私が出す!キュアを頼む!」
「シスタージー、お願いします。『キュア・ライト』では――」
「オッケー、『キュア』!」
シスタージーがキュアを唱えると、イゾリエの体がほのかに光った。
頭蓋がゆっくりと丸みを取り戻していき、左腕の流血が止まる。
完治だ。
リナードは感動と共にイゾリエの右手を握った。
脈も安定している。
「あ、あら。最高位の『キュア・シリアス』で無ければ治らないかと思ったのですが。あれ?」
シスターエイの困惑気味なつぶやきがリナードの耳に入った。
シスタージーにも聞こえていたようで、シスターエイの横にこそこそと寄って行った。
「ねえ、キュアシリアスってなに?」
「『キュア・ライト』、『キュア・モデレット』、『キュア・シリアス』の順で強力になります。ご存知でしょう?」
「あー、心当たりはあるわ。えーと、実は私の国では、同じ魔法でも別の名前で呼んでいたみたいなの。」
「遠方ではそのようなこともあるのですね。失礼しましたわ、シスタージー。」
「あのー、やっぱりシスタージーって名前やめない?かっこ悪いし、違和感すごい。」
「何をおっしゃいます。これはかの聖人エスが残した神官の呼称の慣習ですよ。エイ、ビイ、シイ…と名付けることで、人員の多い現場での混乱が減りますし、神官の個人情報も守られますの。」
「聖人エス?ふーん。でも、スライムじゃあるまいし……
それにしても、この世界にもアルファベットってあるのね。」
「あるはべっと?なんのことでしょうか?」
「へ?」
ヒソヒソ話が終わるか終わらないかというところで、リナードが握る右手がピクリと動いた。
「イゾリエっ!」
「だんな……だんな!?無事だったのか!オレは生きているのか!?」
「生きているとも!私も、お前も!
お前が突き飛ばしてくれたおかげで、あの馬は私には気付かずに森に戻っていったのだ!」
イゾリエは飛び起き、ベッドから降りて自らの脚で立った。
間違いなく完治したようだ。
リナードは抱き着いて喜びたい気持ちになったが、あえて自重した。
お互い固い鎧を着たままであったし、イゾリエの方は全身血まみれだ。
それに、奇跡の生還の直後に男に抱き着かれたくはないだろう。
「すまない。私をかばったがために左手を失ってしまった。」
「いいってことよ。旦那とオレの命の引き換えになったと考えりゃ、安すぎるくらいでさあ。」
「イゾリエ!」
「だんな!」
ガンッと固い鎧をぶつけて2人は抱きしめ合った。
感涙にむせぼうとしたところで、シスタージーが申し訳なさそうな顔でイゾリエの左肩に手を乗せた。
「ごめんなさいね。さっきは普通の『キュア』を使ったんだけど、シスターエイによると、最高位のキュアじゃないと治らないらしいわ。
掛けなおすね!」
リナードは、シスタージーの言っている意味が分からなかった。
イゾリエと目があったが、やはり分からない様子だ。
シスターエイを見てみると、『私、なにか言ったかしら』と顔に書いてある。
なにせ、イゾリエは完治している。
頭は元の形に戻って意識もはっきりしている。
左腕の断面には皮膚ができあがっていて、風呂に入っても平気だろう。
3人の表情を見ていないのか、シスタージーは迷いなく魔法を使った。
「『リジェネ・シリアス』」
力強い光が、イゾリエを包む。
真っ先に異変に気付いたのもイゾリエだ。
「痒っ、熱っ。なんだ、こりゃ!」
異変が起きたのは、これ以上は治りようが無いはずの左腕だ。
さきほどのキュアによって出来上がった皮膚が、あかぎれを起こしたかのようにひび割れた。
そして、その下から赤い肉がせりあがってくる!
肉はたちまちにして元の手首ほどの位置まで伸びていき、広がり、枝分かれし、見慣れた形になった。
表面に薄い膜ができあがる。
それは、左手だった。
力強い筋肉は失う前と同じもの。腕毛まで生えそろった。
イゾリエは呆然とした顔で、左手を少し掲げて握り拳をつくった。
「……マジか。オレの手だ。
オレの手だ!
おおぉおん!女神さまああ!」
ガンッと音を立ててイゾリエはシスタージーに抱きついた。




