01 勇者の追跡
轟音と共に飛び散るなにかの欠片を見て、何が起きたかをすぐに理解できた者は居なかった。もちろん、私も含めて。
平野に布陣した我が軍、その数、10万。人間が主力となり、少数のエルフやドワーフの連合軍。
それに対して、魔族は3万程度。種族毎に集まり、編隊もままならない烏合の衆。
以前は、魔族にも種族毎の長がおり、その指揮と群を抜いた身体能力によって、人族と魔族の力は拮抗していた。
しかし、もはや軍を指揮する能力がある魔族は居ない。
私と仲間たちが、倒したからだ。
戦場に強力な魔族が現れるたび、魔を打ち払う天性の能力を持った私は、研鑽を積んだ信頼できる仲間たちと力を合わせ、撃破してきたのだ。
戦えそうな者を寄せ集めただけの魔族にもう勝ち目など無く、これが最後の大規模な戦闘となるだろう。
そのはずだった。
連合軍と魔族が衝突しようとした、まさにその時、左翼側から轟音が鳴り響いた。
横に広く分布した軍の右翼側にいる私には、すぐには状況を飲み込むことができなかった。
「なにが起きた!?このような爆音が起きる魔法があるのか!?」
横に並んでいた幼馴染の仲間、賢者オリビアに私は問いかけた。
「聞いたことがないわ、ロラン。」
彼女が首を横に振りながら答えを返した時、戦場全体に地鳴りのような声が響いた。
「同じ種族毎に固まるな!スライムとオーガは前に出て攻撃を防げ!槍を持っているのはリザードマンとドラゴニュートだな!スライムたちの後ろに付いて攻撃をしろ!魔法が使える者は、さらにその後ろから攻撃だ!ゴブリンのパーティーは遊撃!隊列に穴が開いたら塞げ!」
連合軍にとって、まずいと言わざるを得ないような命令。
それは、これまで戦ってきたスライムの王やオーガロードなど、種族の長たちが出すものとは質が違う命令である。
これまで、種族を超えて指揮を行うような魔族は居なかったのだ。
身体能力の面で劣りがちな人族がこれまで対等に戦ってこられた要因の一つに、種族を超えた連携をするような魔族がいなかった点がある。
種族毎の特性を生かした指揮をできるものが現れたのならば、形勢は逆転しかねない。
「オリビア!今の声の主は危険すぎる!早く左翼へ!」
「右翼の軍の指揮者はあなたよ、ロラン!正面にも敵は居る。指示を出してからよ!」
オリビアの言葉は正しい。焦る気持ちを押し殺して、最低限の命令を出そうとした時、また、大声が響いた。
「隊列を組みなおす時間は我輩が稼ぐ!よいか、魔族を勝利に導く者の名を覚えておけ!我が名は『ネオ』だ!――『グランブレイク』!」
再びの轟音と共に、左翼で、土砂が飛び散るのが見えた。
土砂だけではない。
飛び散っているもの。
それは、人の。
……
…………
「はっ!」
数日前の出来事が悪夢となって、私の目を覚ました。
「ロラン、ここはまだ大鷲の上よ。魔王の姿も、建物らしきものも見えない。すこしでも休んで。」
栗色の長髪を垂らして、見慣れた茶色の瞳が私を覗き込んだ。
オリビアの優しい声は、私の心を落ちつかせてくれる。
今、私たちは、魔族討伐に協力してくれる大鷲であるグウェイの背に乗って、魔王を追っている。
残りわずかとなった魔族の領地を守るかのように、魔王がドラゴンに乗って巡回を行っていることを知った私は、巡回のルートを部下に調べさせたのち、3人の仲間たちに加え、盟友である大鷲1頭と共に地に潜み、奇襲を行ったのだ。
その背に魔王を乗せたドラゴンを、魔術師であるモージが雷魔法で撃ち落としたのだが、落下地点にたどり着いたところでまた逃げられてしまったのだ。
しかも、今回は回復魔法を使うエルフを連れている。そのような存在はこれまで報告は無かったが、ドラゴンの背に共に乗っていたのだろうか。
すぐさま大鷲のグウェイに助力を頼んだが、ドラゴン相手に空中戦になればこちらに勝機は無い。距離をとって、追跡を始めたのだった。
「あの馬鹿げた力を持つ魔王に、回復役の仲間がいるとなれば、こりゃ倒すのは絶望的だぜ。」
聖騎士であるアストルが、黒い短髪が生えた頭をガシガシ掻きながら、うんざりしたように言った。
「私が突撃したとき、魔王は怒鳴って回復魔法を使わせたように見えた。敵と決まったわけでは無い。」
魔王の言葉は、訛りが強いのか、聞き取ることはできなかったが、粗末な服をきたエルフの少女が、焦るように魔法を使わされたのを私は見ている。
「フム、ワシが最初に放った『サンダーレイン』の傷は完治しておった。2発目の『サンダーレイン』に至っては、防御魔法で無効化じゃ。相当な修練を積んだ神官じゃろう。すぐにでも保護したほうが良いのう。」
大魔術師のモージが、白く長いひげを撫でながら言った。白髪も長いために、ひげと一体化した長い毛が、身に着けている赤いローブと一緒に風で揺れている。
「『マジカルウォール』は魔法攻撃を軽減する魔法のはず。それで無効化されたということは、きっと、わたしを超えるほどの魔力の持ち主よ。戦いの前に支援魔法を使われたりするのも避けたいわ。先にあの子を助け出さなきゃ。」
座ったまま、オリビアは着ている白いローブの裾を握りしめた。
大鷲の背の上で、4人全員が頷きあった。
「それにしても、魔王さん、逃走するのは素人だな。逃げたい方向にまっすぐ飛んで行ったぜ、ありゃ。いくらドラゴンのスピードが速くても、それじゃあ追っ手を振り切るのは無理だ。」
アストルが笑いながら軽口をたたいた。
「まあ、フェイントの可能性はまだあるがの。しかし、ドラゴンが住処にするのは、洞窟や大きい建造物跡と決まっておるから、大体の方角さえ分かれば目星は付くものじゃ。魔王が迂闊なのは事実じゃな。ほれ、それらしいのが見えてきた。」
大魔術師モージはそう言って、前方を指さす。
指し示す先には、山の上に築かれた古い城砦が見えた。
ここから勇者視点です。こういうのが好きです。




