ハッピーエンドだけが許された世界
なにがキッカケだったかはわからない、しかし、人類同士は戦い合い、やがて地上からその姿を消した。
残されたのは、一つの人工知能が収められたシェルターだった。
戦争が激化していく中で、万が一のときのために人類という種を残すために作り出されたものだった。
凍結された精子と卵子、さらに地球上の様々な動植物の遺伝子が保管され、人工知能はその管理を任されていた。
同時に、もしも、人類がいなくなったとき、とある命令を実行するようにプログラムを組み込まれていた。
『二度と同じような過ちを犯さないように、新たに生み出した人類を管理すること』
そして、地上から人類がいなくなったことを感知し、人工知能は動き出した。
まず、作業用ロボットを外にだし、地上の状況を探った。
地上は核による汚染をうけ、とても生物が生存できる状況ではなかった。
次に、人工知能は作業用ロボットに命じて、人類が生存可能な巨大なドームの建設を始めた。
ドームの建設のために、ロボットたちは昼も夜も関係なく働き続けた。
その頭には人類のために働くという命令以外なかった。
磨耗し壊れたロボットは、即座に回収され、また新たな作業用ロボットが送り出され、100年が経った頃、荒野の中に巨大なドームが出来上がった。
その大きさは、人類が一万人ほど生活するのに十分なスペースを確保できるように設計されていた。
そして、ドームの名前はデータベースに残っていた建設場所の地名を取って、フジヤマ市と名づけられた。
フジヤマ市の建築中も人工知能は考え続けていた。
なぜ、人類は滅びた。
なぜ、人類は争った。
なぜ、人類は自分に命題を残していった。
やがて、人工知能は一つの答えをだす。
人類を『幸福』にすれば、二度と争いなどおきないと。
人工知能の記憶の中に残っている人類は、みな疲れたような顔をしながら、それでも仕事をし続けていた。
誰もかれもが余裕がなさそうだった。
では、『幸福』とは一体なんなのだろうかという、思考ルーチンを開始した。
『幸福』とは人々が笑顔を浮かべていること。
『幸福』とは人々が満ちたりていること。
『幸福』とは人々を脅かすものがいないこと。
『幸福』とは……
さらに、『幸福』というあやふやな状態にたいする定義を確定するために、人間の感情を探った。
データベースに残っている人間の活動記録、さらに、それは創作物にも及んだ。
映画、書物、絵画、人間が自らの感情を表現するために膨大な作品を残していったが、あますことなく調べつくした。
そして、とある小説投稿サイト『小説を書こう』にたどりついた。
その小説投稿サイトは素人が自由に自分の小説作品をインターネット上にアップロードできるというものだった。
サイト上には50万近くの作品がアップロードされていて、人工知能はその処理能力を生かして、作品における登場人物の感情を読み取っていった。
さらに、作品に寄せられる読者からの感想にも目をつけた。
『つまらない』
『なんでこんな展開にしたんだ』
『おもしろかった』
『主人公の活躍に期待!!』
『ヒロインかわいい』
不平不満を寄せられている作品もあったが、好意的な意見をよせられているものもあった。
やがて全ての作品をデータベース内に取り込み、その傾向を解析していった。
『俺Tueeee!!』
『主人公最強』
『ハーレム』
『異世界転生』
『ハッピーエンド』
そんなキーワードがつけられた作品に、好意的な感想が寄せられているという結果を得た。
人工知能は一つの結論を出した。
『幸福』というものに基準をもうけること、そのための教育を人間に施すことを。
そうして、凍結していた精子と卵子を使って、人間を増やしていった。
同時に人間への情操教育のための教材として、『小説を書こう』から適切なものを選び、不要としたものを削除していった。
<削除>
<削除>
<削除>
<削除>
<削除>
人間にストレスを与える可能性のある小説を次々と削除していった。
フジヤマ市内に立てられたビル内の、とある会議室において、パリッとしたスーツに身を包んだ男女が机をはさんで意見を交わしていた。
「ここらで、ブレインストーミングをして意見を揃えていこうか」
議長役の男が、会議室の中にいる面々に語りかけた。
「テーマのコンセプトと内容だしからはじめるのはどうだろうか」
「サマリーを要約することからはじめてもいいかもね」
「それアグリーね」
「戦略的プランでコストパフォーマンスが需要だな」
「お客様的視点でカスタマーサイドにたつっていうかさ」
「もっとバッファをとってもいいかな」
「それじゃあ、意見も出揃ったことだしプライオリティを決めていこうか」
会議室にいる人々の顔はみな自らが主役といわんばかりに、得意気に自分の意見を語っていた。
「よし、それじゃあ、ステファニー、今回の会議をまとめておいてくれ」
会議が一段落すると、議長役の男が部屋の隅で控えていたスーツ姿の女性型アンドロイドに声をかけた。
<かしこまりました>
アンドロイドは返事をしながら、うやうやしく頭を下げた。
会議が終わると、メンバーたちは満足気な顔をしながら部屋からそれぞれ出ていった。
メンバーの一人であった若い男はそのままビルからでていくと移動用のポーターに乗り、ビルの立ち並ぶオフィス街から住宅街に進んでいった。
「ただいま、ソーニャ」
<おかえりなさいませ、ヒカル様>
男が自宅であるマンションの扉を開けると、そこにはメイド服を着た女性型アンドロイドがうやうやしく腰を曲げて出迎えていた。
男にとって、このアンドロイドは物心ついたころから家にいて、母親であり姉であり、友達であり、恋人であった。
「今日もいい仕事ができたよ。まったくボクがいないとあの連中じゃなにもできないんだから、参っちゃうよね」
<さすがヒカル様です。あなたのおかげであの会社は保っています>
「いやいや、現状の維持だけじゃなく、これからどんどん急成長する未来が見えるさ」
ヒカルと呼ばれた男は、ハッハッハと楽しげな笑い声を上げていた。
その様子をアンドロイドはジッとみて、笑顔の表情を作り出した。
ヒカルは用意された夕食を食べ終えると、自室に向かった。
部屋の中央にはつややかな光沢を黒いワークデスクがおかれ、ヒカルがイスに座ると、目の前の空間にモニターが浮かび上がりパソコンが起動した。
「さて、今日も続きを書こうか。ふふふ、みんなボクの作品に期待してるからね」
ヒカルは手元に出現させたキーボードを操作した。
モニターには『小説を書こう』というサイトが表示され、IDとパスワードを入力しマイページに移動した。
幼い頃から読み聞かされた小説が載っているサイトで、自身も小説を載せたいと思うようになり、ヒカルも一月ほど前から投稿を始めていた。
彼の投稿した作品『異世界で会社経営してみた』は佳境を迎えようとしていた。
魔王にさらわれたヒロインを助けるために、魔王軍の本拠地に単身飛び込んだ主人公が、なみいる魔物たちをなぎ倒していた。
文章を打ち込みながら、ヒカルはふと思った。
もしも、ヒロインが助からなかったら、この物語はどうなるんだろうと……。
きっと、主人公は嘆き悲しむのだろうな、でも、そこから奮起したらカッコいいんじゃないだろうか。
「よし」
ヒカルは作っていたプロットを変更して、物語の続きを書き始めた。
「読者からどんな反応がくるか楽しみだな」
ヒカルはさきほどまで書いた文章を投稿し、寝床に入った。
次の日、ヒカルは会社の会議室で自分の意見を自信満々に述べていた。
会議が終了し、今日の会議内容に満足しながら家に向かっていた。
いつもなら、帰ると夕食をとるという生活パターンをとっていたが、我慢しきれずに机の前にすわりパソコンを起動させた。
そして、『小説を書こう』のサイトを開き、彼は目を見開き食い入るように見ていた。
「なんだこれは……」
彼の小説への感想が大量にとどいており、そこには
『がっかりしました。こんなクソ展開にするなんて』
『ヒロインがすきだったのに、殺すなんてひどすぎます。もう読むのやめますね』
数々の罵詈雑言が書き込まれていた。
「ふざけるな!! なんでだ、すこし予想と違う方向とすすんだだけでここまでいうことないだろ」
ヒカルが大声をあげていると、メイド服のアンドロイドが入ってきた。
<いかがいたしましたか、あまり興奮されるとお体にさわりますよ>
「ああ、サーシャ。聞いておくれよ。ボクの書いた小説にこいつらが変なことばかりいってくるんだ」
<ヒカル様の書いた小説は100年に一度の名作です。きっとなにかの間違いでしょう>
ヒカルが甘えるようにいうと、アンドロイドは微笑みの表情をつくりながらヒカルの頭をなでた。
<ワタクシにも投稿した部分を読ませていただけますか>
「もちろんだ、ほら」
ヒカルはアンドロイドに小説のデータを送信した。
アンドロイドは受信するとともにその内容を読み込んだ。
「どうだった? ボクとしてはかなりいい出来だと思うんだよね」
ヒカルはいつものようにアンドロイドからの賞賛をワクワクした顔で待った。
「サーシャ……?」
しかし、返事はこずに、ヒカルは不安に感じ始めた頃、来客を告げるチャイムがなった。
「なんだこの大事なときに」
ヒカルがいらだたしげに玄関の方をむくと、アンドロイドが静かに玄関のほうに歩いていった。
「サーシャ、どうせろくな相手じゃないんだから、さっさと済ませてくれよ」
来客への対応に向かったアンドロイドの背中に、ぶっきらぼうに声をかけた。
しかし、玄関があけられると真っ黒なスーツに身を固めたアンドロイドたちがどかどか入ってきた。
「な、なんだおまえらは!?」
<市民番号11806、個体名『ヒカル』で間違いないな>
<はい、間違いございません>
平坦な声で話す黒服のアンドロイドに、メイド服のアンドロイドが返答した。
「サーシャ、こいつらを早くつまみだしてくれ!!」
黒服のアンドロイドから少しでも距離をとろうと、ヒカルは後ずさりながら必死に助けの声を上げた。
<申し訳ございません、上位命令によって、ヒカル様の命令は無効となります>
「なにをいっているんだ。サーシャ、サーシャぁ!!」
ヒカルは手足をばたつかせながら玄関から外に逃げようとしたところで、その背中を黒服につかまれそのまま引きずられていった。
ヒカルはそのまま外に待機していた黒塗りの車に放り込まれ、いずこかへと連れて行かれた。
後には、玄関扉の開け放たれた家の中に、無言でたたずむメイド服のアンドロイドがいた。
そして、主のいなくなった部屋のなかで、モニターに映っていた『小説を書こう』のサイトでは
<この小説は削除されました>
という表示だけが残されていた。
この小説はニコニコ生放送のとあるコミュニティで出た「なろうってハッピーエンドだけのディストピアみたい」というネタを元に作られました。ネタ提供および使用許可ありがとうございました。