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心地よいわけでも悪いわけでもなく、ただ無機質な風だった。

「……あんた、元貴族だったりする?」ティルは足元をチラ見しながら聞いてくる。ダンスは慣れてないのだろうか

「いや、なんでだ?」

「だって、こんなにダンスが上手いなんて聞いてないわよ」セーラに命令されたあと僕たちは、貴族たちに囲まれてダンスを踊っている。オーケストラの軽快な音楽に合わせ、周りに合わせて体を動かす。前の世界とダンスの様式は違うものの基礎の基礎は同じのようだ。

 ティルは足元をチラ見しながらだが、それでもドレスと金髪のミドルヘアーが宙を舞い、様になっている。

「昔習わされてな。ティルだってなかなかじゃないか」

「元貴族だから少しぐらいは踊れるわよ」そう言うと、ティルは意図したタイミングで足を踏んでくる。「あら、ごめんなさい。間違えちゃった」そういうティルは楽しそうだ。多分間違いではない。

「靴が汚れるだろう」

「間違えちゃったものは仕方ないじゃない」そういってまた踏んでくる。

「しかし、お前が元貴族様とはな。それがなんでレジスタンスなんかに?」

「ちょっと色々あってね」楽しそうに僕の小指を狙うティルは顔をしかめた。

「色々か」

「色々よ」ティルと僕はしばらく踊った後、疲れてきたのでダンスを抜け出してきた。疲れと足の痛みで、僕はもう踊れそうにない。


「見事なダンスだったわ。びっくりね」椅子に座ってワインを嗜んでいると、セーラが貴族達との挨拶を終えたようで、僕の隣に座る。

「習わなきゃいけなかったんだよ。昔の話だけどな」

「貴族様なの?」

「いや、違う。なんと言えばいいかな、なんでも出来ないと死ぬ環境にいたってのが正しいかな」

「なんでも出来ないと死ぬ?」

「例えばだ、犯罪組織のボスの気に入られるために、そいつの故郷の言語を、そいつの故郷の訛りで話さなきゃいけなかったんだが……」昔、ロシアンマフィアのボスからパスポートの偽造屋を、聞き出した時のことだ。「寝言で違う訛りを喋っちまってな、拷問にかけられたよ。逃げ出すのには苦労した」あれ以来、寝る直前に喋っていた言葉で夢を見るようになった。

「随分と過酷な環境にいたのね」

「自分から入ったんだよ」

「変わった人」

「どこか頭のネジが飛んでないとおかしくなっちまうような環境だったし、実際僕は変わり者なんだろうよ」ワインに落としていた目線をセーラに移す。「第一、美人で、加護持ちで、政界の華で、レジスタンスのボスのお前が人のことを言うのか?」

「美人だなんて、よくペラペラと口から出るわね、すけこましさん?」

「言われ慣れてるんだろ?」セーラと話していた貴族たちの唇を読んで気が付いたが、セーラは話している間、もてはやされるばかりだった。ため息をついたセーラが僕に目を合わせた。

「そうね、みんな自分の上の人のご機嫌取りばかりよ、つまんない人たち」

「僕もそのつまらない人たちに含まれるのか?」

「まさか、加護持ちで、森で蛇を食べて、レジスタンスのメンバーで、たったさっき貴族の部屋から機密書類を盗み出してきた人間族が? つまらないわけないじゃない」

「そりゃどうも、だが機密書類を盗み出してきたわけじゃない」そういって僕はこめかみを指差す「機密を盗み出してきたんだ」そういうとセーラは驚いたのか呆れたのか口を半開きに二度目のため息をつく。

「訂正するわ、ハヅキ、あなたはつまらない人じゃなくて頭のおかしな人よ」そういってセーラは立ち去っていった。


 結局あの後、一度も踊ることなく僕たちは秘密基地に帰る運びとなった。帰った後、警備に関する書類を明日までに仕上げてこいと羊皮紙に羽ペンとインクを渡された。人使いが荒いし、なんて横暴なんだ、と思ったが、僕しか覚えていないので仕方ない。僕は体の疲れを癒すため、自宅兼地下墓地に直行し、付け耳と変装用のメイクを落とした。さて、さっさと書き上げるか、と意気込んでいた時のことだった。

 コンコン、とドアをノックする音が聞こえた。ドアを開けるとそこにいたのはローズ、今日は半裸ではなくきちんとシャツの前のボタンを閉めていた。

「こんな夜遅くに失礼だとは思わないのか?お前は」

「いやぁ、すみません。確かに非常識だとは思ったんですがね、頼れる人が今あなたしかいなくてですね。いや、頼れる人があなたしかいないからここにきたと言えばいいのですかね。なんと言えばいいか……」

「要点を言え」ニヤケ顔だった、ローズの顔はみるみるうちに真剣な様相に姿を変え。纏う雰囲気を一新させた。

「助けて欲しいんです。僕の彼女。あの香水をくれた女の子なんですがね。監禁されているのです。そこで兵士のあなたに助けてもらおうと思いまして」そういうローズは頭を下げ、真摯な態度でお願いします、と口にした。

「まずひとつ誤解を解いておこうか。僕は兵士じゃない。あの装備は借り物だ」

「そうだったんですか。いや、これはすみません」

「ふたつめ、そういう事件は国の自警団か、お偉いさんにいうべきだ。間違ってもこんな地下墓地に住んでるような兵士かどうかもわからない男に聞くべきじゃない」

「それについては事情がありましてね。実は……」そういうとローズは言うべきか言わざるべきかを考えているようで、黙り込んでしまった。

「言いたくないなら言わなくてもいい」

「いえ、ここまで話してしまったのです。残りもお話しするのが筋というものでしょう」暗い顔をするローズはぽつりぽつりと監禁の全容を話した。「彼女はこの国の軍の兵舎、そこで監禁されているのです」

「なるほど、だからこんな暗い墓地に住むような僕のところへ来たわけか」

「そうなのです、国の息のかかった人はこの話をデマだと言い、自警団は国の兵士相手じゃどうしようもないでしょう」

「しかし、なんで一人の女を兵士達が、それも国の軍に所属する奴らが監禁するんだ?」

「彼女は娼婦なのです。たしか言っていました。とある兵士が彼女に入れ込んでいて、彼女を欲しがったそうです」

「そうか。で、どうやって掻っ攫ったんだ?」

「買ったのですよ彼女を金貨百枚なんていう値段でね」

「……あまりここの風俗事情には詳しくなくてな、ここじゃ人が買えるのか?」

「ここじゃ娼館で働く際の契約は基本的に破棄できないのですよ。厳密には娼婦は奴隷とは違いますがまあ同じようなものです。ですが、ある程度の金を払えば娼婦と娼館の契約を破棄できるのです。まぁ変わり者の貴族やらが娼婦を愛人として迎え入れる際に必要な手続きみたいなものです」

「で、その兵士は金を払ったんだろう?ならお前がどうこういう義理はないだろう」

「いえ、娼婦がそれを受け入れることが前提です」

「あててやろう、その彼女とやらはそれを拒否したが、兵士が娼館あたりを脅して無理やりものにした、なんてところだろう?」

「その通りです」

「で、その娼婦は従うわけもないから、抵抗したが兵士に無理やり連れて行かれた」

「はい」ローズは相変わらず萎れたバラのようで昨日の覇気が全くない。こちらを期待するような目で見つめてくる。「自分は彼女、アーチェとは他の女の子と違ってプラトニックな関係を築いていました。アーチェも自分も同じように体を売るような仕事ですからね」ローズは懇願する声で続ける。「奪われて気がついたんです。アーチェのことだけは失いたくない」

「悪いが僕ができることはないと思うぞ」そういうとローズは失意の表情を浮かべ、そうですか、と一言言うと向かいの部屋へ帰る。


 僕には関係のない話だ。ローズのことなんて他人事、今はこの羊皮紙に記憶した一字一句を書き記すことが先決だ。そう頭ではわかっていてもローズの失って気がついたと言う言葉が祟るように僕を蝕む。こっちに来てから気がついたことだが、僕は彼女が恋しい。何が何でも世界に帰ってやる。そのためには何をしてでも帰ってやる、なんてことを考えるぐらいには恋しい。

 ああ、僕はなんて運が悪いんだろうな。彼女がきっと監禁されているであろう兵舎の構造、警備、人員が全て頭の中に寸分の狂いなく記憶されているんだから。

 昔、訓練生時代に上司に言われたことがある。スパイとして、哀憐、愛情、正義は邪魔にしかならない。だが、僕はそう言う感情を捨て切ることは、現場に出てもできなかった。ロシアンスパイのボスから聞き出したパスポートの偽造屋。あれは任務のうちには入ってなかった。現地で出会った少女の逃亡を助けるためだったんだ。

 「胸糞悪い」そう呟いた僕はローブを深めに被り、自宅を後にした。名前はなんていったか、そうだ、確かアーチェなんていったか。


スラム街の一角、古びたドアを三、四、三のリズムでノックした。ドアが耳障りな音を立てながら開いた。

「……お前か、こんな夜中に何の用だ」グリズリーのような大男、以前世話になった情報屋だ。

「アーチェという娼婦を買った正規兵に関する情報を、あるだけ頼む」そういうと大男は黙り込んで僕を怪しむ目で見つめてくる。

「お前、加護はどうした。それになんでそんな名前を聞きたがる」

「余計な詮索はするな」

「加護は隠している、それとあまり余計な詮索はするな」

「俺もお前もお上さんを敵にしたくないのは同じだろう。だったらわかるはずだ、それはあまり俺の口から言いたくない情報だってな」

「貴族、ヘリム・ヴォン・デルーチェ、が書状を書く際に使う封蝋がある」そういって懐から一本、レジスタンスの奴らに渡していない封蝋を取り出す。

 それを見た大男は体を強張らせた。

「お前もそっち側の人間だったとはな。そこで待ってろ」そういってドアを閉める大男は数分すると帰って来たようで片手に紙切れを手にしていた。「ほら」そういって紙を手渡す大男。

「ありがとう」封蝋を手渡し紙に書いてある名前を確認する。テルーア・ダルメル、こいつが今回の誘拐劇の犯人らしい。

「たしかに、あのデルーチェの使う封蝋だ」そう言って大男は封蝋を吟味し終えると、僕の手にある紙をひったくり、手に出した炎で燃やしてしまった。

「魔法が使えるのか」

「こう言う仕事をしていたら、争いごとにもよく巻き込まれるもんでな。こう言う簡単なものぐらいなら覚えておいても損はない」

「ありがとう」

「もう、二度と来るんじゃない。お前は厄介ごとを持ち込みそうだ」そういってドアを強く叩きつけるように閉め切った。

 ドアの吹かせた冷たい風が僕の頰を撫でた。心地よいわけでも悪いわけでもなく、ただ無機質な風だった。

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