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この魔法使いは電波の届かないところにいるようです  作者: とりかへばやみりん
序章 この魔法使いは魔法学校に向かうようです
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序章 第3話

 唯斗が気を取り直して先ほどの質問を再開しようとしたところ、けたたましい警笛の音とともに甲高いブレーキ音が鳴り響き列車が急停止した。急制動の影響で唯斗の体が前に飛ばされ、対面に座っていたフリーデリンデの体にダイブする。唯斗の体が小柄だったことも幸いしてフリーデリンデは柔らかく包み込むようにその豊満な体で受け止めた。

 「大丈夫ですか?織上さん」

 フリーデリンデの胸に飛び込んでしまう形になった唯斗は顔に感じる柔らかい感触とふくよかで大きな双丘に窒息しそうになりながらも礼を言う。

 「すみません、ローゼンシュティールさん。助かりました」

 「いえいえ、怪我がなくて何よりです。それであのう……そろそろ離れて頂けると……」

 フリーデリンデが顔を赤らめながら自分の胸に埋まっている唯斗を見つめる。状況に気付いた唯斗は「ごめんなさい」と言いながらすぐにフリーデリンデから離れて自分の席に座りなおした。顔が熱いことに気付いてパタパタと手で仰ぐ。

 「これが本場のラッキースケベですか。ヤーパン恐るべし」

 ブリギッタが腕組みをしながらコクコクとうなずいている。同じ席に座っていたにも関わらず急ブレーキで微動だにしなかったその姿に唯斗は驚愕した。

 「……なんでアイゼンシュミットさんは平気なんですか?」

 「鍛えてますから」

 手をシュッと振る仕草をしながらブリギッタは唯斗に答える。

 「ツッコミませんからね」

 「ぶーぶー」と無表情のまま口で不平を言うブリギッタを無視して唯斗はフリーデリンデに尋ねる。

 「何があったんでしょうか?」

 「急ブレーキがかかるような事態は余り無いはずですが……」

 フリーデリンデが口元に手を当てて思案する素振りを見せる。隣にいたベアトリクスが勢いよく立ち上がった。

 「よし、ボクちょっと見てくる!」

 そう言うと通路を先頭車両に向けて勢いよく走り始めた。

 「ベアト、乗務員さんに迷惑をかけちゃダメよ!原因がわかったらすぐに連絡を!」

 「わかったー!」

 フリーデリンデの声に対してベアトリクスの元気な返事が返ってくる。

 こちらでも先頭車両の状況がなにかわからないかと思い、唯斗は窓を大きく開けてそこに頭を突っ込み前方を覗き見た。緩やかにカーブを描いたレールの先にスレイプニルが地団太を踏んでいるのが見える。さらにその先を見てみると、かすかだがレールの一部が欠けてしまっているように感じられた。平行する道路の方にも影響が出ているらしく馬車が渋滞を起こしている。追いついてきたのかユニコーンの馬車も混雑に巻き込まれてしまっている様子が見えた。

 「どうやらレールの破損があるみたいですね」

 窓から見た状況をフリーデリンデとブリギッタに話す。「困りましたね」とフリーデリンデは頬に手を当てて考え込んだ。

 「レールが破損した場合、近隣の駅から馬車鉄道の職人を呼ぶ必要がございます。駅への連絡と修復の時間を考えると数時間は足止めを食らう可能性があるかと」

 ブリギッタが懐中時計を見ながら簡単に説明をする。話を聞いた二人はふうと息をついた。

 「こればかりは仕方ないか。気を長くして待ちましょう」

 「そうですね。ただ、馬車鉄道は数日前に定期点検をしたばかりと聞いています。……少し、気になりますね」

 フリーデリンデが窓から先頭車両を覗きこんだ。すると、その頭上を一瞬影が覆う。今日は雲ひとつない晴天だったはずとそのまま上を向こうとしたフリーデリンデの体をブリギッタが素早く車内に引き込んだ。

 「姫様!」

 「ブリギッタ?」

 フリーデリンデをそのまま座席に伏せさせ、その体をかばうように身を寄せるとブリギッタは持っていた懐中時計を頭上高く掲げて叫んだ。

 「織上様!身を低くするよう願います!」

 「アイゼンシュミットさん、一体何を」

 唯斗が座席に伏せながらブリギッタを見上げると手に持った懐中時計の蓋が開き、エメラルドグリーンの光を放ち始める。

 「抵抗魔法、<<レジスト>>」

 ブリギッタを中心に淡い緑色の光が車両全体を包み込む。乗客たちが突然の事態に驚いてその様子を茫然と眺めていたが、次の瞬間、恐ろしいほどの雄叫びが鳴り響いた。その獣のような叫び声は大地の底から湧き上がるような地鳴りを起こし、ビリビリと大気を振動させる。

 「……間一髪でしたが、この車両しか間に合いませんでした」

 「それはどういう」

 意味ですかと続けようとした唯斗の耳に隣の車両からの絶叫が聞こえた。窓から隣を見てみると泣き声や叫び声、意味不明なことをわめきながら乗客たちが我先にとドアや窓から線路に飛び降り逃げ惑っている。完全なパニック状態に陥っていた。

 「これは一体……」

 唯斗がその様子を見て額から汗を一つたらりと流したとき、悲鳴に近い馬のいななきが聞こえた。

 見ると先ほど渋滞を起こしていた馬車の群れでも隣の車両と同様にパニックが起こっていた。いななきとともに立ち上がった馬が御者ごと馬車を転倒させる。悲鳴を上げながら馬車から降りた人たちを暴走してきた別の馬車がなぎ倒す。混乱状態に陥った馬車同士が激突する。横たわった馬車、泡を吹いて倒れている馬、地面に倒れ伏している人々の姿はさながら地獄絵図のようであった。

 その混乱を避けるようにして一角獣の馬車が安全な場所を探そうとその場を離れようとしていたが、猛スピードで走ってきた二頭立ての馬車に横から激しく突っ込まれ、馬車ごと吹っ飛ばされていた。車軸が欠け、車体が横倒しにされる。御者は宙を舞い地面にたたきつけられた。馬車の扉が開きふらふらと豪奢な服を来た少女が這い出てくる。年の頃は唯斗と同じぐらいか。何とか立ち上がった一角獣が倒れてピクリともしない御者や少女の近くで力なく鳴いていた。

 「いけません、姫様!」

 ブリギッタの声に気付いて後ろを振り向こうとした唯斗の隣を一陣の風が駆け抜けた。窓枠に手をかけ、さらに足をかけたフリーデリンデはスカートが翻るのもかまわずに一気に線路に降り立つ。

 「馬車の人たちを見てきます。ブリギッタ、あなたは列車の人たちをお願い!」

 そうブリギッタに叫んだフリーデリンデは馬車の群れに向けて一直線に走りだした。


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