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この魔法使いは電波の届かないところにいるようです  作者: とりかへばやみりん
序章 この魔法使いは魔法学校に向かうようです
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序章 第1話

 「次!」

 入国審査官の声が響き、15,6歳ほどの少年が入国カウンターに向かって歩き出した。

 くせのない綺麗に整えられた黒髪と小柄で可愛らしい顔立ちはまるで女の子のようだが、その切れ長で鋭い目つきが男性的な印象を与えている。何とも中性的な雰囲気を持った少年だった。

 「パスポートを」

 審査官がそう話しかけると、少年は持っていたパスポートをカウンターの審査官に手渡した。

 パスポートに書かれた織上唯斗おりがみ・ゆいとという名前と日本の国籍を確認すると渡航目的と滞在期間を少年に尋ねる。

 「留学。期間は一年です」

 「滞在先は?」

 続けて審査官が質問する。

 「シュヴェーアトライヒ州の学都シュヴェーレンベルクです」

 唯斗がそう答えると先ほどまでしかめ面をしていた審査官が破顔した。

 「ほう、シュヴェーレンベルクか。留学というと魔法学校のヴァナディース校だな。君は魔法使いになりに来たのかい?」

 「そのつもりです。期間が短いので習うだけになりそうですが……」

 少し笑みを浮かべて答える。頑張ってくれよと言いながら審査官はパスポートにスタンプを押して唯斗に手渡した。渡されたパスポートをケースにしまい、入国カウンターを後にしようとした唯斗に向かって審査官が声をかけた。

 「この国は初めてかい?」

 うなずくと審査官は笑いながら言った。

 「この国はいろいろ外と違っているからね。驚くと思うよ」

 「知っています」

 「実際に見てみると知っていても驚くものさ。良いご滞在を」

 審査官に軽く会釈をしてから入国カウンターを後にする。手荷物を受け取り税関を済ませると、スーツケースをガタゴトと転がしながら到着ロビーを抜けた。ターミナルの外に出た唯斗の目の前に広がったのはどこまでも青く透き通った海。地中海の風が運ぶ潮の香りと輝く太陽がここを日本とは違う異国の地であることを感じさせた。

 真っ青な海と同じく雲一つない青空を見上げながら唯斗はつぶやいた。

 「ここがネーベルヴァルト。……あの人がいる国か」


 中欧の小国ネーベルヴァルト。

 アーデルベルト・ゴルトベルガー公爵を君主にいただくこの国は公国制を敷いており、その歴史は古く、混沌としたヨーロッパの中にあっても外敵を撃退し続け、今もなお独立を守り続けている。

 山と森と海の自然に囲まれた国土は温暖な地中海性気候のおかげもあって、世界中から観光に訪れる人が後を絶たないなど観光立国としての側面も併せ持っている。

 この国を訪れる人は空の玄関口であるゴルトベルガー空港に飛行機で来るか、海の玄関口であるアードラーブルク港へ船で来るか、イタリアまたはスロベニアから陸の玄関口であるエンテシュタット駅へ鉄道で来るか、いずれかのルートで入国することになる。

 空港も港も駅も全てアドリア海に面する都市エンテシュタットと接続しており、ネーベルヴァルト国内にはここから北に向かって移動する必要がある。


 西暦2015年8月29日、ネーベルヴァルト公国ゴルトベルガー国際空港に降り立ってから数時間後、唯斗はエンテシュタット駅発シュヴェーレンベルク駅行きの鉄道に乗っていた。


 ガタンゴトンと列車の車輪がレールの繋ぎ目を通過する音が耳に響く。少しだけ開けた車窓から流れ込んでくる風を心地よく感じながら、唯斗は読み進めている小説のページをめくった。

 車内は観光客と地元の人が半々という案配でたいそう混み合っている。

 物珍しい景色や動物が窓から見える度に観光客から歓声が沸き上がるが、不思議なことにカメラやスマートフォンなどでその風景を撮影している者は一人もいなかった。

 座席越しにちらりと後ろの様子を見てから、唯斗はポケットから携帯電話を取りだし、折りたたみを開いて液晶画面を確認する。真っ暗なままの画面を見てひとつ溜め息をつくと、携帯電話をパタンと閉じてポケットに放り込んだ。

 「ふふっ」

 くすりとした笑い声が聞こえて顔を上げた唯斗は、ボックス席の対面の人物をじろりと睨む。金色の髪の少女はその視線を軽く受け流しながら唯斗に話しかけた。

 「笑ってごめんなさい。この国に来たばかりのベアトのことを思い出してしまったものだから……。外から来た人は機械が使えないとみんな同じ反応をするのね」

 「なっ!リンデ、それは憤慨ものだぞ!ボクだって……」

 金髪の少女の隣に座るベアトと呼ばれた赤い髪の少女が『ぷんすか』という擬音が似合いそうな様子で怒っている。


 リンデと呼ばれた少女の名は『フリーデリンデ・ローゼンシュティール』。金色の長い髪と透き通るような白い肌。西洋人形のように均整のとれた顔立ちは見る者に優雅な印象を与えている。

 ベアトと呼ばれた少女の名は『ベアトリクス・ペルシュマン』。ややくせ毛のある赤い髪は肩にかかるほどで揃えられ、くすみのない明るい肌は健康的で活発な印象を与えている。

 二人の少女の名前は、定員4名のボックス席に一人で座っていたところ、途中の駅から乗り込んで来た際に挨拶がてら教えられたものである。その話し方と旅慣れた様子からこの国の住人であろうと唯斗は推察した。聞けば唯斗と同じくシュヴェーレンベルクへ向かうと言う。


 「織上様、現在の時刻でしたら14時30分を回ったところです。到着まであと40分程度かかるでしょう」

 唯斗の隣に座っていた少女が懐から年代物の懐中時計を取り出して答えた。

 「……助かりましたが、何でわかったんですか?」

 「主人の気持ちを察するのがメイドの務めです。メイドとしては当たり前のスキルかと」

 少女が得意げな顔で答える。自らをメイドと名乗った少女は『ブリギッタ・アイゼンシュミット』と言った。彼女もフリーデリンデとベアトリクスとともに学都へ向かう一人だった。やや軽めにシャギーが入ったセミロングの髪は銀色で、あまり表情を崩さないことと必要なことだけ口を開く様子からどこかクールな印象を与えている。

 ブリギッタに対して身構えてしまうのはその格好にもあった。黒を基調としたワンピースにフリルがあしらわれた白いエプロンドレスの組み合わせはヴィクトリアンロングメイドと呼ばれるクラシックな正統派メイド服であった。

 ブリギッタ本人がメイドと言っている以上、メイドなのであろう。何故メイドがこんなところにいるのかとかメイドって普段からメイド服を着ているのかなどという疑問を胸の内に仕舞いこんで、より重要なことを唯斗は質問した。

 「それよりも……なぜアイゼンシュミットさんの持っている懐中時計は動いてるんですか?」

 ブリギッタはふむと口元に手を当てて少し考えた後、薄く笑ってこう言った。

 「企業機密でございます」

 その答えにガクッと肩を落とした唯斗は気を取り直すように車窓に顔を向けると、流れていく風景を眺めながらこの国の状況について考え始めた。

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