プロローグ
覚えているのは鮮烈なほどの真っ赤な長い髪と、同じくルビーのような真紅の瞳。
目の前で燃え続ける「僕の体」を呆然と座って見ていた僕の横に立ったその女の人は、凛とした声で話しかけてきた。
「迎えに来た」と。
「迎え・・・?」
驚き戸惑う僕にその女性はさらに話を続ける。
「そうだ、君を迎えに来た」
その女性を見ながら僕は漠然と考える。
ああ、これが天使のお迎えってやつなのか・・・。
「はは、やっぱり僕は死んじゃったんですね」
目の前の光景を見てわかってはいたが、改めて事実を認識すると乾いた笑い声が出た。まだやりたいこともあったし、悔いが残らないと言えば嘘になる。母さん、じいちゃん、先立つ不孝をお許しください。
「うむ、疑う余地がないほどに豪快に爆死したな。連続爆弾魔が用意した爆弾を身を挺してかばい、被害をゼロにしたのは良いが自分が死んでは元も子もない。頭の中で考えた妄想のようには上手くはいかないものだよ、少年」
からからと笑いながら僕の背中をバシバシと叩く女性。笑ったところは可愛いけど、だいぶ失礼だなこの人。
「だが、その英雄的な行動はなかなか出来ることではない。十分に尊敬に値する行為だと思うぞ」
不思議とその一言で何故か報われたような気がした。確かに普通に考えればバカな行動だ。爆弾に気付いた時点で回りに警告しながら逃げてしまったも良かった。命あっての物種、結果として自分が命を落としてしまっては何もならないのだと思う。
でもいいじゃないか。人生の最後に大勢の人を救えて、しかも今までの人生で最高レベルの綺麗な女性に自分の行動を褒めてもらえた。そう思えば悪くない。というかそう思わなければやってられない。
僕は立ち上がってズボンについた埃を払うと隣の女性に尋ねる。
「それで僕はどこに連れていかれるんですか?天国ですか?それとも地獄?余り悪いことはしていないと思っているので、出来れば地獄は勘弁してもらいたいんですが」
その女性はニカっと笑うと右手に持った槍を肩に担ぎ、背中の白い翼をはためかせ、夕日を背にして僕にこう言った。
「ヴァルハラだ」
ヴァルハラ・・・?聞いたことないが、天国なのか地獄なのかどっちだ?
「選ばれし英雄の魂が集いし場所。おめでとう、少年。君は英雄として選ばれた。正確に言えば英雄の資質ありと見なされたということだけどね。心配しなくてもいい、別に取って食われるところじゃないからさ」
くっくっくと笑うその女性の話からすると不安しか浮かばないんだが・・・。
でもどの道、僕にはこの女性に大人しく着いていくことしかできない。反論の余地はないな。
「・・・よろしくお願いします」
「うむ、任された」
消防車やパトカーのサイレンの音が聞こえ始めてきた。誰かが通報したのだろう。そのうちこのデパートの屋上にも人がやってきそうだ。
「それじゃ、そろそろ行こうか。空を飛んでいくから、手でも腕でも腰でも足でも好きなところに捕まって。あ、胸や尻を触ったら問答無用で落とすからそのつもりで」
なんて恐ろしい人だ。僕は慎重に手を腰に回して落とされないように体を密着させた。
女性は僕の様子を確認してから翼をはためかせて空にフワフワと浮かび始める。
「そういえばあなたは何なんですか?天使・・・それとも」
「私かい。私は・・・」
その女性は鮮烈なほどの真っ赤な長い髪をなびかせ、ルビーのような真紅の瞳を僕に向けてこう言った。
「ワルキューレだ」