【第94話】竜石と破滅術
「……俺、どうしたんだっけ?」
朝霧は、目の前に広がる灰色の壁を見ながらそう呟いた。なんだかフワフワとした感触が伝わってくるのが分かる。
少し不思議な感覚に襲われながらも、朝霧は自分の身体の方に視線を向ける。と、布団で寝てるということに気がついた。
そこで、やっと灰色の壁が白色の天井だということに気がつく。
灰色に見えるのは電気がついていなく、薄暗いためだろう。
「ここは……学寮か?」
「やっと気づいたんだ」
唐突に話しかけられ、朝霧は「うわぁぁぁあああ」と驚く。と、その声の持ち主──神宮寺 洸大はやれやれという顔をしながら朝霧のことを横から覗き込む。
薄暗いため表情が見えにくいが、かろうじて疲れた色をした表情だということが分かった。
「ありゃ? 俺、どうしたんだっけ?」
「覚えてないの? ……まぁ、無理もないか。君、血吐いて気を失ったんだよ」
「あぁ、そう言えば」
朝霧は、ぼやけた記憶を引き出す。確か、斑鳩と戦ってたとき血を吐いて気絶したような気がする。
だが、それと同時にある疑問も浮上した。
──なんで俺は生きてるんだ?
そう、朝霧が覚えているのは神の領域が発動し、街が無人街と化してたときの記憶だ。しかもそのとき神宮寺は斑鳩に苦戦していた。
あの後大逆転が起き、結界が解けたとは考えにくい。
「なー、神宮寺。なんで俺生きてんの?」
少しバカらしいと思いながらも朝霧は神宮寺にそう聞いてみた。と、神宮寺は案の定「お前頭大丈夫?」と言いたげな顔をしながら……でも親切に口を開く。
「あの後、アデスとかいう奴がやってきたんだよ。で、斑鳩を撃破寸前まで追い込んだわけ。でも、斑鳩は結界を解き逃走した。それでヴィシャップとかいう奴が来て『契約者の家に薬があります』とか言い出して……」
「て、ことはお前が助けてくれたのか?」
「え? あぁ、そう言うことになるのかな」
神宮寺はどうでも良いことを話すようにそう言った。朝霧は神宮寺の優しさを感じつつ感謝する。
と、同時になぜ疲れた色をした表情をしているのかが分かった。
「んじゃ、俺は帰るね」
と、神宮寺は立ち上がりながらそう言う。
「あぁ、送っていくよ」
「怪我人はじっとしてなよ。それにもう午前二時だし……そんな身体で午前二時に出歩いたら、それこそ襲われるよ?」
「でも……あっ、そうだ」
神宮寺に注意された朝霧は、それでも玄関まで送っていくことにした。なんだかベッドでずっと寝ているというのは気が引ける。
朝霧はふらふらとしながらも立ち上がると、神宮寺と一緒に玄関まで歩いていく。
玄関まで着くと、見慣れない靴が二つあることに気づいた。一つは神宮寺のだとしても……あとの一つは誰のなのだろうという疑問が生じる。
「じゃあね。あと君、気づいてないだろうけど相当身体ボロボロになってるから、しっかり休めて」
と、神宮寺は見慣れない靴の片方を履きながらそう言う。
「お、おう。ありがとな」
神宮寺は少し笑みを浮かばせドアを開く。と、同時に気づく。
外では大雨が降っており、ザァザァと音を鳴らしていた。
「……神宮寺。お前、泊まっていけば?」
「そういうわけにもいかないんだよね。妹が待ってるし……」
「妹いたのかお前!?」
「あれ、知らなかったの? 生徒会長もやってるから有名だと思ってたんだけど……」
「生徒会長……って、葉末先輩?」
「ご名答。てなわけで俺は帰るね」
そう言い、神宮寺は部屋から出る。
朝霧は、傘を貸せば良かった……と、行った後に思った。が、既に神宮寺は街へと消えており、貸そうにも貸せない状況だったりとする。
そのため朝霧は神宮寺に申し訳ないことをしたと思いながらもリビングへと戻る。
「……テレビでも見るか」
朝霧はそう呟きながらリビングの電気をつける。と、リビングには先程まで寝ていた布団と……ソファーに座るヴィシャップがいた。
「うおっ!?」
「何を驚いているのですか? まぁ、良いです。隣に座ってください。その方が話しやすいですし……。あぁ、あとシャワーお借りしました」
「え、えーと……」
朝霧は、いろいろと思考を巡らす。とりあえず、現在の状況を整理してみよう。
(厳密に言えば違うが)密室に二人きり。
シャンプーの匂いが僅かに漂う空間。
そして、現在の時刻は夜(の営みをする時間帯)。
「えーと……この場合、あらぬシチュエーションとか想像しても良いんでしょうか?」
「……??」
「なんでもないです! 今の発言は忘れてください!」
朝霧は、バカみたいな想像をした自分が恥ずかしかった。が、ヴィシャップはそのことに気づかない様子で、
「とりあえず、座ってください」
と、朝霧に言う。
朝霧は(いろんな意味で)赤くなる顔を俯き隠しながらソファーに座る。
「先程、黒龍会内部に侵入していた元王家直属諜報機関から連絡がありました」
「元王家諜報機関?」
「えぇ、スパイのような働きをする機関のことです」
「スパイ!? なんかドラマみてぇだな。でも、そんな機関から何の連絡が?」
朝霧は少し訝しむ目でヴィシャップを見つめる。と、ヴィシャップは少し考えたあと応える。
「彼らが言うには『黒龍会で大きな作戦が実行されようとしている』とのことです」
「大きな作戦?」
「えぇ、これは私が黒龍会に潜んでいたときも噂程度に出回っていた話なのですが……どうも、竜石を使って下界の生物全てを殺そうとの──」
「ちょっと待て。竜石って、命を奪うとかっていう願いは受け入れられないんじゃねぇのか!?」
そう、朝霧は覚えていた。海龍が死にそうになったときにファンが口にした言葉を。
『命を奪う、もしくは竜の性質を無視した願いは承認されないの』
これが確かなら、黒龍達がやろうとしていることは無駄なことである。が、ヴィシャップは首を横に振り、
「本来ならばそうなのですが……そもそも竜石というのは凄まじい量の竜力の集合体なんです。黒龍はそれを『願いを叶える』という形で使わず、一つの道具として使おうとしているのです。竜石を電気の溜まった電池と考えてもらえれば分かると思います」
「ほ、ほう」
「それでなのですが……『竜術魔本』というのは覚えてますよね?」
「あぁ、海龍が使ってたやつだろ?」
「そうです。あの魔本の最終章には『破滅術』という『指定した場所の生命体全てを殺す術式』が記されています。ですが、それはとんでもない量の竜力が必要なため、誰も使えませんでした」
「お、おい。まさか……!」
「はい。お察しの通り、竜石の溜め込んだ膨大な竜力を使い、術式を完成させようということでしょう」
朝霧は、声も出ないほどの驚きと同時に話の壮大さについていけなかった。
だが、地球上の生命体が死の危機に瀕しているということは、なんとなくだが理解できた。
「ちょっ……ま、で、あぁぁ!」
「勝手に一人で混乱しないでください」
「混乱するなとか無理だろ! いつ地球上が滅ぶか分かんないんだぞ!」
「落ち着いてください。既に策はとっています」
ヴィシャップのその言葉に朝霧は「へ?」という間抜けな声を出す。ヴィシャップは当たり前でしょと言わんばかりの顔で、
「言ったでしょ? 私がいた頃、既に噂になっていたと。もし、本当ならば大変ですからね。竜石を一つ黒龍会から盗んできました」
「へ?」
「えーと……竜石は天界に五つしかないんですよ。で、五つ揃ってようやく『破滅術』に十分な竜力が集まるんです。なので、一つ盗めば安心というわけで……」
「それを早く言おうか!?」
朝霧は、少しキレながら怒鳴る。もう、心身ともにボロボロになっていた。
と、ヴィシャップはまぁまぁという顔をしながら「でも、まだ完全に安心なわけではありません」と、続ける。
「この下界には少なくとも二つの竜石が存在します」
「えーと……一つはヴィシャップが盗んだやつか?」
「いえ、それは海龍を復活させるときに使ったので、もうタダの石ころ同然と化してます」
「あ、使い捨てなのね」
「はい。で、その恐らくの場所ですが……一つは隣町にあるという竜宮神社でしょう」
「神社にあんのか!?」
「えぇ、あそこはバハムート族と関わりの深い由緒正しい神社なんです。多分、大昔に竜石が寄与されたのでしょう」
「へ、へぇ……そんな歴史があんのか」
朝霧は、少し驚く。バハムート族といえばファンの家系のことだ。
竜宮神社が竜を祀る神社というのは知っていたが……まさか、ファンと関わりがあるとは驚きだった。
「まぁ、ともかく。竜宮神社の息子さんに連絡を取り、竜石の厳重保管を頼みましたので大丈夫かとは思いますが……明日は転校初の夏期講習があるからという理由で、すぐには無理そうな感じでした」
「ふーん。明日夏期講習ねぇ……、その人高校生なんか?」
「みたいですよ」
「へぇ、どこの学校も変わんないな」
朝霧がそう言うのにも理由がある。明日は黒崎学園も夏期講習があるのだ。
「えーと……あと、もう一つの場所ですがこれは海外なので大丈夫でしょう」
「海外?」
「えぇ、一応場所を言うと聖地エルサレムです。まぁ、あそこの警備体制と管理体制はかなりのものですし、大丈夫だとは思います」
「ほう、まぁ海外は銃もOKだしな」
「えーと……銃ではなく、竜術などのレベルが高いと言いたかったのですが……まぁ良いです。とりあえず私は帰ります」
「え? いや、雨降ってるし泊まっていけよ」
朝霧がそう言った瞬間、ピカッと外が光る。と、ほぼ同時にゴロゴロという轟音が鳴り響く。
「……アナタは私が女だと分かってて言ってるんですか?」
「え? あぁ! いや、すまん。うん。じゃあ傘貸すから待って──「はやて!!」」
と、唐突に寝室からファンの叫び声が聞こえてきた。思わずビクッとする。
朝霧は少し考えたあとヴィシャップの方を見る。と、ヴィシャップは「私に構わず」と言う。
「悪い、ファン見てから傘持ってくるから……それまで待っててくれ」
朝霧はそう言うと、ファンのいる寝室へと駆け出す。




