【第80話】相違点
「ま、まぁ、過ぎたことは置いといて……今起きてる神の領域の件なんだが……って、お前神の領域については知ってるのか?」
「あぁ、日が暮れる前までに解決しなきゃならないっていうやつ?」
「日が暮れる前までに……って、どういうことだ?」
朝霧は、神宮寺の言った言葉に引っかかった。と、言うのも、このようなオカルト類いのものに精通しているのは、今までファンただ一人。そのうえ、ファンは竜王の娘で、千年を生きており、その知識量は半端ではない。
そんな(竜ではまだ幼いが)大往生たるファンが、一言も「日が暮れる前までに」などというキーワードを言わなかったのだから朝霧が戸惑うのも仕方のないことである。
と、今まで一言も口を開かなかったフェイロンが言う。
「神の領域の生成には、許容量がある。だから無理矢理、神の領域を展開しても一日も保たない。恐らく日没が限界だろう」
フェイロンは、なんだか、少しぎこちない日本語で説明する。と、そんな日本語に神宮寺が解説を入れる。
「ゲームとかでアイテムの設置可能数って、あるでしょ? あれと同じ概念が適用されるってわけ。ただ、この神の領域っていうのは、設置可能数を越えても一定の猶予がある」
「──その猶予っつーのが、日没……ってわけか」
「そゆこと。しかもコイツが厄介でね。もし術がこのまま消えると、このコピーされた街もろとも、俺達は別次元の空間に閉じ込められるってわけ。だからさっさと、解決したいわけなんだわ」
朝霧は、ギョッとし、冷や汗がダラダラと流れるのを感じた。
もし、こんな不気味な世界に死ぬまで閉じ込められる……と考えれば、誰だって恐怖におののくだろう。
「別に恐れることはないさ」
だが、慄然とする朝霧に対し、神宮寺は笑いながらそう言った。
朝霧は、少し言ってる意味が分からなかった。
それほどまでに神宮寺のその言葉は常人の考えから反れていたのだ。
この絶望的な状況を──例えるならダイナマイトを背負いながら火事場に突っ込めと言われたかのような状況下で、恐れることがないと断言できるなど、普通の人間の思考が欠如してると言っても過言ではない。
神宮寺は、続ける。
「こんなこと、この国の裏のしている実験の被験者になるより、遙かにマシさ。自身の身体の事情など無視され、竜の力を扱う道具のようにされるよりも遥かに……ね」
神宮寺は、強く拳を握りながらそう言った。朝霧は、思う。
東京国という闇に染まった国の裏に精通する彼は、朝霧が想像できないほどの残虐な事実を知っているのだろう、と。
「──さて、そんな話は置いといて、龍神やらを倒しに行きますか。ファンロンとかいう子もいるんだろ?」
神宮寺は、先程の話を取り消すかのようにそう言うと、フェイロンを連れ、朝霧が来た方向へと歩き出す。
「え……あぁ、加奈子もいるけど大丈夫かな?」
神宮寺とフェイロンの動きがピタリと止まった。そして、二人揃って朝霧の顔を見て言う。
「誰だそいつは」
「あぁ……俺の従姉妹だよ」
「竜との契約者か?」
「いや、単なる女子中学生だけど……」
そう朝霧が言うと神宮寺とフェイロンは、意味が分からないという顔をする。まるで、赤道付近でオーロラが観測されたのを目の前で見たかのような……有り得ないものを目撃してしまったかのような顔だった。
「ど、どうしたんだ?」
「……なぁ、電子光線。神の領域で、なぜ大勢の人が消え、俺達は免れたと思う?」
「なぜって……」
「俺らには一つの共通点がある。それは竜の力を宿してるってことだ。そして消えた奴らは竜の力を持ってない」
「お、おい! 待てよ。加奈子は竜の力なんて持って──」
神宮寺は、「だが」と朝霧の話を遮る。
「実際は、どうだ? これくらいしか俺達の共通点と消えた奴らの相違点はないだろ?」
確かに、消えた人達と取り残された自分達の相違点は、これくらいしかない。だが、それを認めれば加奈子が龍神なのではないかという疑問も浮上してくる。
そんな朝霧の考えを読みとったかのようにフェイロンが口を開く。
「恐らく、お前が考えてることは杞憂。その加奈子というのはファン姉の近くにいるのだろう? 俺も竜術を感じ取れるが、姉君の近くに他の竜の気配はしない。まぁ、もっとも契約を終え、自身では竜の力を使えない姉君の気配も薄いのだが……ん?」
そこまで言ったフェイロンが、突如訝しい顔をする。と、同時に「なにかが来るぞ」と、神宮寺が呟く。
朝霧は、二人が見つめる方向に目をやる。だが、そこにはただの森林が広がっており、なんら不自然な点はない。
フェイロンは警告するかのように言う。
「姉君のいる地点を……通過?」
「へぇ、最初から俺達が狙いとは、度胸のある奴だね。黒龍会とやらは、ファンロンとかいう子が狙いと聞いてたけど……」
神宮寺のその言葉で、ようやく気づく。ついにこの術を発動した者が来る、と……。
朝霧は、目を神宮寺からファン達の方向へと再度見やり、目を細める。そして、来るであろう敵を待ち構える。
僅かな沈黙────と、その刹那、突如人影が虚空から現れる。とっさの出現に驚き、後ろに重心が傾いた朝霧をそのまま地面に倒す。と、同時に喉元になにかを突き当てる。
突如、虚空から現れたのは、小学生くらいの小さな少年だった。
髪は金髪で、ショートヘア。特徴的な青色の眼は、外国人なのだろうと直感させる。
着ている服は、白に統一されており、ところどころ黒のラインが入っている。
ズボンを締める黒色のベルトの両端には、なにやらウエストポーチのようなものが付いており、魔術師的な何かを感じる一方、工事現場のおじさんを連想させる。
朝霧は、少し目を下げる。と、突きつけられた物の正体を知る。それは短刀で、サバイバルナイフのようなものだった。
ヴィシャップの持つ日本刀に比べれば、扱いやすい物とはいえ、幼さを感じる少年には不釣り合いな一品と思える。
少年は口を開く。
「貴様が龍神──いや悪魔か。悪いことは言わない。早く術を解け」




