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【第7話】遅刻しそうなら教室めがけて飛べば良い

 何を忘れているのだろうか、と朝霧は悩む。とは言っても、ファンの不意打ちのおかげで、まともな思考はできていない。

 数分が経った。ようやく正常心が戻り始める。だが、朝霧の悩みは解決するどころか更に深まる一方であった。もはや、なにかを思い出す気配もない。


 なにを忘れてるんだ俺は?


 自問自答をしても、やはりそれが分かることはなかった。ため息をこぼしつつ、顔を上げる。と、そこにはカレンダーが壁に飾られていた。


 天文の先生から貰ったもので、月ごとのページにジョン・スターティング宇宙望遠鏡の写真が載せられている。しかも日にちの欄にも月齢が載せられており、カレンダーを見る度にかなりマニアックなものだと感じる代物である。

 先生は朝霧の天文の成績を少しでも上げたく、これを渡したのだろうが、朝霧からしてみると挿絵の一つに過ぎず、効果などはまったく無かった。証拠に朝霧の天文の成績は赤点ギリギリである。


 そんなThe天文カレンダーを見た瞬間、彼は疑問だったものの正体を知った。

 今日はあることが行われる日だったのだ。


「あっ! 今日夏期講習じゃん!」


 そう、学生のラスボス的存在……夏のお勉強会である。

 学校で頭の悪い朝霧は、中学生の頃から毎年夏期講習に来るよう、お誘い(という名の監禁予告)がくる。そのため、場慣れはしていたりとするのだが……それでも夏休みに学校に行くという行為には引っかかるものがある。

 だが、遅刻やら無断欠席やらはしていられない。

 と、言うのも無断欠席や遅刻などすれば教師陣からの鬼畜な量の宿題を課せられるのだ。ただでさえ、要注意人物として宿題を多めに出されてる朝霧からしてみると、それだけは避けたいものである。


 ちなみになぜ要注意人物にされているかと言うと、彼は中三の頃仮病で休んだことがあるのだが、生活指導の先生に精神感応能力者(テレパシスト)がいたためそれが発覚。以来、夏期講習と冬期講習のときは、より厳重に注意が必要な生徒と認識されるようになったのである。

 朝霧は、覚悟したような……けれども疲れきった表情になりながら着替えや支度を始める。

 

「ファン。ちょっと学校行ってくっから留守番しててくれ」

「ふにゃ? 別に良いけど……」

「ありがと。電話かかってきても出なくて良いからな」


 そう言うとファンは、野菜炒めを食べながらグッチョブサインを出してくる。このグッチョブサインが少し不安を煽る気がしたが、時間的に気にしていられない。


「んじゃ、行ってくる」


 そう言いつつ玄関を開ける。と、その瞬間部屋の中に溢れんばかりの日差しが降り注いできた。


 ……眩しいな。


 やはり、室内主義者オタクには、真夏の太陽の日差しはキツい。とは、言ってもまだ昼にもなっていない比較的日差しの弱い時間帯なのだが……。

 まぁ、そんな悠長なこと言ってられる状況じゃないので足早に学校へ向かう。

 朝霧の通う学校は、東京国第二四都市の中で一番大きいと言われる私立黒崎学園(くろさきがくえん)という学校なのだが、朝霧はその学校の中でも成績底辺クラスの第七クラスに所属する。

 成績底辺クラスだから夏期講習があるのかと言えば違う。成績優秀クラスである第一クラスだって夏期講習はある。ただ前者と後者の違いは、全員参加か希望者のみかという違いなだけ……。そのたった少しの違いが、ここまで苦痛に感じるのはどういうことなのだろう。

 と、そんなことを心中でボヤきながら、朝霧は四車線の大通りを逸れる。と、閑静な住宅街が広がった。そんな住宅街の更に奥──そこに茶色の水分吸収材を大きな敷地に詰め込んだ校庭が見えてくる。そんな校庭の更に奥にはデカデカと校舎がそびえ立つ。

 校舎は現代建築で、日本独自の校舎の形を踏まえつつ西洋のデザインを織り込んでいると言った感じだ。

 やれやれ……間に合いそうだ。


「ちょっ……。どいt……」


 唐突。後ろから聞き覚えがありすぎる声が聞こえたかと思うと、いきなり後頭部に痛みが走った。火花が目から散り、視界が暗転した。


「ぐわぁっ……っ!?」


 そのまま数メートル吹っ飛び地面を転がる。その瞬間的な出来事に朝霧の思考は追いつかなかった。

 いてて……となりながら朝霧は心の中で叫ぶ。


 ──誰だ、朝っぱらからバカげた真似する野郎は!


 ぼやける視界の中で後ろにブン! と振り向くと、そこには結月が立っていた。まぁ聞き覚えのある声だったので大体予想はついていたが、思考の追いつかなかった朝霧は『誰だ!』と後ろを振り向くことしかできなかった。


「ご、ごめんなs……。ん?あぁ…… (ハヤテなら良いか)

「お前小声が丸聞こえなんですけど!?」


 全く……人にぶつかっておいて、この仕打ちは酷いものだ。普通こういう場合『ハッピーイベント』が発生するもんだろ。例えばこの場合だと、結月のスカートのなかに俺の手が……みたいな!

 そんな朝霧の考えに対して現実は非情であったことに変わりはなかった。幼なじみに蹴っ飛ばされた挙げ句「コイツならいいや」的な発言をされるというのは、いろいろと酷い。


「いやぁ……。足から火をジェット噴射させて学校に向かってたんだけど……。ブレーキのかけ方が分かんなくて」


 こいつはバカなの? 死ぬの?


 朝霧は、心の奥底からつっこむ。声に出さなかったのは、この結月バカの激昂を避けるためだ。

 それにしても、遅刻しそうなところを能力の応用──ジェット噴射やらでどうにかしようとして、ブレーキがかけれずそのまま朝霧に直撃とは。本当に運が悪かったと朝霧は実感する。


キーンコーンカーンコーン


 と、少しへこみかけている朝霧に追い討ちをかけるように学校からチャイムらしき音が聞こえてきた。


 いやチャイムだな。うん、さすがに間に合わないわコレ……。


 朝霧は、学校の方を見る。学校までざっと、数十メートル……いや、グラウンドも含めれば校舎まで数百メートルはあるだろう。これをチャイムが鳴り終わるまでに……つまり、瞬間的に移動するなど不可能に近い。

 朝霧が諦めかけたその瞬間、結月が朝霧の手を掴む。


「腕の関節を脱臼しないよう気をつけなさい!」


 すると結月が足から火を噴かせ、いきなり上昇する。静寂に包まれた住宅街にドゴーォォ! という轟音が鳴り響いた。

 その音にビックリしたのか小鳥が一斉に大空へと散っていく。


 だが、朝霧は飛びゆく小鳥のことなど気にしている場合ではなかった。彼の腕の関節が「もう無理! 私のライフはもう0よ!」と、言わんばかりにミシミシと鳴りだしたのである。

 恐らく、いつ脱臼やら骨折やらを起こしてもおかしくない状況だ。


 や、ヤバい……! 腕からさきの感覚なくなってきたぞ!


 朝霧が、そんなことを思ったのもつかの間、結月は水平飛行へと変える。更に重圧が加わり腕の感覚が完全に消え失せた。


「ほら、アンタの教室あそこでしょ?」

「あぁ!? こっちはそれどころじゃねぇんだよ! 手の感覚はねぇし……って、まさかお前!」

「そのまさかだよ☆ じゃあ講習がんばってねっ!」


 と、結月は水平飛行中に突如、朝霧のことをゴミを投げる感覚で投げ始める。


「ちょっ……! 無理だから、やめ……!」


 その瞬間、朝霧の体が宙に舞う。感覚的には飛ぶというよりは落ちるという方が正しいだろう。

 とにかく、朝霧は描きたくもない放物線をきれいに描きながら教室へと飛んでいく。


「うわぁぁぁぁ!!」


 いきなり投げ出されたことに驚き、朝霧は全身に変な力を入れてしまった。そのせいで身体が捻り結果、朝霧の体はライフルの弾丸のように回転し始める。これが更なる恐怖へと変わった。


 しかしこれで登校の悲劇は終わらない。

 まず衝撃が朝霧の身体を包む。

 からの破壊音。

 そして衝突音。


 何が起こったのかというと、朝霧の身体が教室のガラスを華麗に突き破り、生徒の頭上を通過しながら、反対側の壁にぶち当たったという、至極簡単なことである。

 幸いなことに、この教室はガラスから生徒の席が少々離れているため怪我をしたやつはいなさそうだった。自分以外は……。


「いってぇ……。あの野郎!!」


 幸いなことに出血さえなかったものの打撲をしたかのようなとんでもない痛みが襲ってくる。すぐにでも保健室に行きたいくらいだ。

 が、朝霧は突如、そんな痛みを忘れるほどのとんでもない危機感に襲われる。


「朝霧君。これはまた過激な登校の仕方ですね。あとで職員室に来るように」


 目の前に担任の如月きさらぎ あずさ先生が現れ、彼に対して更なるお誘い(という名の余命宣告)をしてくる。

 中学生ほどの身長のうえ美人なので男子から人気のある先生だが、スパルタ教師としても有名な如月先生。完全にお説教じゃないですか、ヤダー……。

 少し落ち込む朝霧は、そこでクラスメートの視線が突き刺さるように痛く感じることに気がついた。

 先生……やっぱりお説教でも良いです。だから、あとでじゃなくて今職員室に行きたいです。


◇◇◇


 そんな朝霧が精神的にやられている一方で、朝霧の家ではファンが朝霧のためにキッチンやら洗面所やらでなにか手伝えそうなことをしようとしていた。のだが……とにかく機械類が多すぎて、壊しそうというのが実情であった。

 そのため、お手伝いを諦めようとしていた、そのとき──洗面所の奥にある部屋に興味を引かれた。

 ファンは少しためらいながらも、バン! と扉を開く。と、そこにはバスルームがあった。


「んー……。これがお風呂ってやつなのかな?」


 ファンはそんなことを言いながら浴槽を眺める。

 天界にあった風呂とは造りが全く違うためすこし疑問に思うが、ところどころ水に濡れてるところから「お風呂だ!」と断定する。


「そうだ! お掃除したらはやても喜んでくれるはず!」


 そう言いファンは、風呂の掃除を始める。つまり、グッチョブサインの悪夢の始まりなわけで──。

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