【第6話】竜王の娘の朝ご飯は刺激的
二人は(特に朝霧は)やっとの思いで家に着く。結月との激闘のおかげで、朝霧の疲労は極限状態になっていた。そんな精神的に瀕死状態である朝霧に、ファンは「一体何者なの?」やら「先祖が竜使いだったの?」やらと、鬼のように質問をする。
「んなこと聞いたことねーよ。てかもしそうなら竜のこととか多少なりとも聞かされてるだろうし」
朝霧がそう答えると「む……。まぁ確かにそうか……」とファンは納得した様子だった。そんなやりとりをしてると、疲れが睡魔となって現れてくる。
まだ夕方という時間を考えれば、普通睡魔が襲うなど有り得ない。よほど、今日の出来事が効いてるらしい。
まぁ不良に追い回され、竜と出会い、挙げ句の果てには幼なじみに殺されかけるなど、人生に一度あるかないかの出来事を体験したのだ。いや、まともに考えれば人生に一度でもあるはずがないような体験なのだが。
朝霧は、この酷く大変だった一日を夏休みの絵日記に書き、誰にでも良いから共感して欲しいと思った。だが、高校では絵日記はないし、そもそもこんなことを書けば異端者認定ものだろうとも思う。
結局、今までの疲労を思い出し、疲れを助長してしまった朝霧は、ふらふらと布団に向かう。
「ファン……。腹減っただろうが明日の朝まで我慢してくれ……」
そう言い残し、布団に潜り込もうとする。そこで、ファンの寝る布団がないことに気付き、引き出しからもう一枚ある布団を引っ張り出して朝霧の布団の隣に敷く。
もともと二人部屋であるため、ファンが朝霧の部屋に世話になろうが、なるまいが大きさに不満がでるほどの支障はでない。そもそも寝室があるため、空間的にヤバくなったらそちらに移動すればいい……。
そんなことを考えていると、睡魔がより一層強まった。朝霧は、強引に意識を現実に移し、
「お前はこっちで寝ろよ……。おやすみ」
最後の力を振り絞るように朝霧はファンにそう言う。と、同時に布団にズバッと沈んだ。
布団に倒れ込んでから意識が落ちるまでに、そう時間はかからなかった。
……気がつけば朝日が昇っており小鳥のさえずりが聞こえてきた……と思った瞬間。
「あっ……、起きた! おはよー!」
ファンの大声が聞こえてくる。窓が開いていたのでその声は外にまで響き、さえずり合っていた小鳥が逃げ出していく。
朝からここまでのハイテンションでいられるのは困るのだが……。朝霧はそんなことを口から漏らすがファンは気にも止めないようだった。
「まぁいいや。ふぁぁ……。おはよう……」
朝霧は、とりあえず朝の挨拶を居候少女にする。竜でさえも挨拶『おはよう』を知っていて朝霧に対し使っているのに、それを返さないのは常識云々の前に人間としてダメだと思った。
まぁオタク学生ニート野郎が人間を語るなと言われたらそれまでなのだが。
と、朝霧は意識を自分の身体に向けてみる。昨日の疲れは完全に消え失せ肩が楽になったようだ。まぁ、この若さで疲れがとれてなかったら末期状態だろというのは、分かっているのだが……。
「お腹空いた……。あ、疲れてるなら別にいいよ……?」
朝霧が身体をパキパキと鳴らしている横で、ファンは自分の要望を言うとともに優しい気遣いを見せてくれる。うん。可愛い。
とりあえずロリコンどうこうは、飽きたので止めておこう。
「大丈夫だよ。野菜炒めでも作ってやる」
朝霧は、幸い疲れもなかったため食事でも作ってやろうと布団から体を起こし台所へ向かう。
冷蔵庫には、卵とモヤシとミックス野菜の袋が一つあった。
とりあえず野菜炒めと、玉子焼は作れるかな。
朝霧は、適当に脳内でレシピを思い浮かべる。家計的で栄養のある食べ物はこれくらいしか見つけられない……と、いうより配給される食材ではこれくらいしか作れない、というのが実情なのだが。
ともかく朝霧は、モヤシとミックス野菜をフライパンにぶち込みコショウやらをかけ炒める。
「クンカクンカ……、うん、おいしそうな匂い!」
ファンがリビングでそう呟く。
庶民的で家計に優しい食べ物だし、料理が上手いわけでもないから期待するな……と、朝霧は心の中で保険をかける。そうこうしている間に野菜炒め(八割もやし)が完成する。
それを皿に盛りつけたあと、玉子焼の調理に取りかかる。五分掛かったか掛からないかくらいで玉子焼も完成した。
ここまでくると一人生活のプロと言われてもおかしくない、であろうスピードだ。
「ほれ、完成したぞ」
両手に皿を持ちテーブルに置く。
すると、ファンは物珍しそうに皿の中を覗き込む。その目を例えるなら『海外に言ったら見たこともない美味しそうな料理があったので、興味本位で見てみる目』のようだった。
「なんだ? 食ったことねーのか?」
そう聞くと「天界には、こんな食べ物ないよ」とファンは返してくる。
食物も竜の住む世界とこっちとでは違うのかな?
そんな素朴な疑問が生まれる。だが、外国と東京では全く違う食物を育ててる場合もあるわけだし、この世界と天界じゃそれこそ食物に違いがでてくるか。と、自己解決する。
昨日の天界やら竜やらを信じていなかった人間が、ここまでしっかりとした理論で自己解決できるのだから、人間の順応とは凄いものだ。と、感心すらする。
「ん~。おいしい!」
そんな朝霧のよそで、ファンはそんなことを言いながら野菜炒めを凄い勢いで食べていた。まぁおいしいそうに食べてくれてて、良かった良かった。てか箸は使えるんだな。
朝霧がそんな新たな疑問を浮かべながらファンを見ていると──、
「ふにゃ? はやては食べないの?」
そうファンが唐突に聞いてくる。
目の前に置かれている食材の量と箸の本数──たった一本ということから分かるとおり、朝霧はもともと食べるつもりはない。
「ん? 俺は別に……」
と、言うのも朝霧は、自分が食べることによって、ファンの食べれる量が少なくなるのだけは絶対に避けようと考えていた。そのため、今朝の朝食も我慢しようと決めていたのだ。
つまりファンが満腹になればそれで良かった。
まぁ金が百円しかないから今日のファンの夕食も危ういが、野菜と卵は支給されるため、自分の食べる量さえ減らせば何の問題もない。だが、食べ盛りの高校生には少しキツい面もある。
と、ファンは朝霧の心を読んだのか「ダメだよ。自分を犠牲にして他人を救うみたいな考えは……」と、朝霧の口に野菜炒めを入れてくる。
自分で作っておきながらなんだけど、意外とうまいな。ん? けどこれって間接……。
朝霧がいきなりの不意打ちに目が丸くなっていると、ファンが目の前で微笑んでくる。恐らく善意でやっているのだろうが、そんな彼女の行動は朝霧にとって刺激が強すぎ、半ば放心状態になっていた。
こうして一つ大人になった朝霧の一日は始まっていく。──はずなのだが、朝霧は少し何かを忘れているような気がしなくもなかった。