【第59話】……パパ?
朝霧が目を覚ましたのは深夜のことだった。ファンが胸元でスースーと寝ている。辺りを見回すが、健二の姿はないようだ。
「俺……どうしたんだっけ」
朝霧はそう呟く。彼はベッドに倒れたところまでは覚えているのだが、その後は夢もなにも見ず、まさに寝ているような感じだった。
まぁ気絶と寝るの定義が、高校生の朝霧にはよく分からないのだが、体感的にそんな感じがしたのだ。
「やっと起きましたか」
いきなり光も見えない暗闇からそんな声が聞こえてくる。
朝霧はビクリとしながら、けれどスイッチを押しに行くのが面倒だったので、目を凝らしながら声の持ち主を探した。
目がだんだんと暗闇に慣れはじめ、声の主が暗闇に浮かび上がってくる。そこには、ヴィシャップがいた。
「あれ? なんでヴィシャップさんがここに……?」
「なぜって……貴方の余命が今日までだったから来ただけですが」
「俺の余命? ……余命!?」
朝霧は、一瞬死んだのかと錯覚した。というか、この言い方ではそのように誤解しても無理はないだろう。
だからといって、ヴィシャップを責めることはできない。なぜなら、ヴィシャップは事実を口にしただけなのだ。もし彼女がここへ来なかったら確実に朝霧は死んでいた。つまり朝霧の余命は確かに今日までであり、ヴィシャップがそれを延命したに過ぎないのである。
ヴィシャップは、まだ理解が及ばない朝霧に向けてつけ加えをした。
「貴方は、ファンロン様の膨大な竜の力を真っ正面から受け止め使っていましたよね? そのつけが回ってきたという話です」
「お、おい。意味が分かんねーんだが」
「つまり……竜の力を何の制御もせず使い続けると、身体に毒素のようなものが溜まり、やがて死に至るのです。科学的に例えるならば、竜の力が神経を侵蝕する。という感じです」
なんだか、最後の例えが曖昧で頼りないな、なんてことを朝霧は思う。すると、ヴィシャップはそんな朝霧の気色に気づいたのか「ともかく」と一息置き言う。
「使えば使うほど、身体がボロボロになるということです」
「な、なるほど。麻薬みてぇだな。……ん? 待てよ。ならなんで俺生きてんだ?」
朝霧は、二度目の死んだのかもしれないという錯覚に陥る。──否、ヴィシャップの話を聞く限り死んだとしか思えない。
だが、ヴィシャップの目は冷静そのものだった。
「常識的に考えて、死んでいるわけないでしょ。私が薬を投与しました」
「あっ……そういうわけか。ありがとな」
朝霧がヴィシャップにお礼をするとヴィシャップは、少し俯きながら「別にお礼をされることはしていません」と応える。
「と、とにかく。落ち着いたら白龍が来ますから、そのとき竜の力の扱い方は学んでください。それでは……」
ヴィシャップはそう言うと、ベランダへと出て行く。と、同時に羽を生やし空へと羽ばたいていった。
「……だから玄関から出ていけよ」
朝霧は、そうポツリと呟く。しかしそれは誰かに聞かれることなく、静寂にかき消されていった。
時は既に真夜中。やることもないため、朝霧は仕方なく寝ることにした。が、先程まで寝ていたためか、全然眠れない。
「あー……眠れねぇ」
朝霧は、ファンを起こさないように慎重にどかして起き上がる。台所まで歩いていき、冷蔵庫を開いた。冷蔵庫のなかには、もやしなどの民間的な食料が満載だった。
そのなかで朝霧は、お茶を取り出す。コップにお茶を注ぎ、それを一気飲みする。ゴクゴクと、音をたてながら豪快に飲み干すと、元の場所にお茶を入れ直し、またリビングへと向かう。
「にしても俺とファンはこんなとこで寝てたのか?」
リビングを再度見てみると、自分の寝ていたところの酷さが伺えた。
どこに寝ていたのかと言うと、学寮の備えつきのソファーだった。十畳そこらの部屋には大きすぎるそれは、一見大きく見えるがそれでも人が寝るには小さすぎる。
まぁそれでも小さな身体のファンには丁度よい大きさなのだが。
朝霧は、寝室へと入る。いつもリビングで寝ている朝霧にとって、あまり必要のないものだと思っていたが、二人暮らしで、一人は幼女となると、安眠のための環境は必要になると考えた。
「一応掃除はしてたからキレイっちゃーキレイだな」
朝霧は、部屋の現状を確認したと同時にそんなことを呟く。そして、部屋から一回でてリビングへと向かった。
ソファーには、やはりスヤスヤと眠っているファンの姿がある。朝霧は彼女を抱きかかえると、寝室へと向かって歩き出した。そこでファンが少し目を覚ます。
「あっ……悪い。起こしちまったか?」
「……パパ?」
「へ?」
ファンのいきなりの問いかけに少し戸惑う。なにを勘違いしたのか朝霧を自分のお父さんだと思っているようだ。
「パパ。久しぶ……り…………」
と、ファンはそこまで言うと、また眠りに就いていく。朝霧は、少し呆気にとられた後、ファンが記憶喪失中ということを思い出した。
──潜在意識では残ってるんだな。
朝霧は、そんなことを考えながら寝室へ向かい、そしてファンをベッドに降ろすと、頭を撫でる。別に理由はないが、撫でたい衝動に駆られたのだ。
と、ここで朝霧にようやく眠気が襲う。
──さて、俺も寝るかな
朝霧は、ファンの隣で横になると目を閉じる。今度は、眠りに就くまで時間はかからなかった。




