【第5話】夕焼け小焼けで帰りましょう
そうファンが朝霧に対して疑問を抱いたとき、結月も同時に疑問を抱いた。
「あ、あんたいつの間に能力を……」
この反応は正しいだろう。なにせ、能力を使えないと思っていた相手がいきなり、暴風を巻き起こしたのだ。例えるなら『ペンギンが突然空を飛んだ』のと同じ驚きに相違ないだろう。
「え……あれお前が鎮火させたんじゃねーの? いやそしたら俺にもよく分かんねーんだけど……」
「へぇ……。能力を使えるようになったことを自慢したかったんじゃないのかしら? 私が手加減してあげたのを良いことに……」
なぜそうなるんだ……。
朝霧は心の中で軽くつっこむ。口に出さなかったのは、更なる激昂を避けるためだ。
まぁこいつが負けず嫌いってのは知ってたけど……まさかここまでとは。そう思いつつ、呆れにも似たため息をつく。
結月は、そのため息を聞き取ったのか、少し顔をピクピクさせ、
「じゃあ良いわ。こっちも本気出すだけだから」
突然結月の右手からボォ! という音と共に『炎の剣』が生成される。
結月の能力──発火能力。それは、自由自在に炎を操る力。それに対し、朝霧の能力は無意識のうちに起きた偶然の産物。次またできるなどという確証はどこにもない。
だからこのときの朝霧の心中はというと──、
神様神様、テメェが変なとこで俺の能力を開花させたせいで、こんな面倒なことになったんだぞ、責任取ってもう一回能力を使わせろください。
などという、本人でさえなにを考えてるか分からない状態になっていた。
と、そうこうしている間に、元々十数メートルしかなかった距離がドンドン縮まる。そして──、
──もらった!
結月は朝霧の一、二メートル先で炎の剣を振りかざす。
本人は、別に本気で当てるつもりは最初からないのだが、端から見れば本気で殺しにきてるようにしか見えない。
そのため、ファンが悲鳴にも近い声を出す。
チッ、こうなりゃやけだ!
朝霧は、右手に力を込めながら結月の炎の剣をぶったたこうとする。そして、手から風を起こして鎮火させる──つもりだった。
だが、そう上手くいかないのが現実。暴風なんて巻き起こすことはできなかった。だからといって手も焼き切れていない。
つまりどういうことか。一言で言うなら異常が起こった。
突然、朝霧の右手が凄まじく眩しく光ったのである。それと同時に剣の形をした光る物体が右手に出現し、それが結月の炎の剣を押さえ込んだ。
「なっ……!?」
さきほどまで悲鳴のような声を出していたファンが、次は驚きのあまり声を漏らした。
ま、また無意識に力を使ったのだろうか?
ファンの疑問は大きくなるばかりだった。
それもそのはずで、この光る物体はファンの属性──光を表した特異な竜の力。専門的には聖力とも言うものである。
これは契約者が長年の鍛錬をし、ようやく発動できるもの。つまり『突発的にできちゃった。テヘ♥』なんていうことが可能な代物ではない。更に竜の知識が皆無となれば尚更である。
だからこそ、ファンは完全に呆気にとられていた。
そして、あれだけ激高していた結月も動きが止まっていた。そもそも超能力というのは一人につき一能力。少なくとも風使いが光る物体を召喚させるなどあり得ないのだ。
奇しくも二人の少女が「あり得ない」と思う中、朝霧は結月が見せたその一瞬の隙を見逃さず駆け出した。
「ファン! 帰るぞ!」
「ふぇっ!?」
朝霧は、呆気にとられているファンの手を繋ぎ走り始める。
ファンは、少し動揺するが、朝霧の手の温もりに気持ちを和らげられ、すぐに平常心へと戻る。
──昔にもこんなことあった気が……。
何かを思い出す……が、すぐに深い闇に記憶が落ちていき、結局それを思い出せなかった。けれど、なんとなくだけれど、それはとても大事で、大切な記憶な気がした。
こうして二人は夕焼けの中へと消えていく。もちろん、後方から聞こえる結月の声を無視しながら。
下界で朝霧達がそんなことをやってる頃、天界の広い屋敷では、二振りの日本刀を持った女が、目の前の椅子に座る黒龍と呼ばれる男……と言うよりは、少年に報告をしていた。
女と少年は、その容姿ならもっとオシャレができるだろうと思うほど、地味な黒色で統一された服を着ていた。申し訳程度……という感じで、ところどころに入っている白のラインが地味さを際立てる。
静かな大広間のような部屋に女と少年、その二人だけなので互いの声はとても通る。
「黒龍様。どうやらラハブ班の下級龍達がバハムートの娘の居場所を確認したようです」
「……どこだ?」
見た目がまだ幼いその体には似合わないドスの利いた声で黒龍が問いかける。何があったのか少し不機嫌そうだ。このようなときに無駄話はあまり好まれないと、女は直感する。
なので、無駄な情報を削り、とても明快な答えだけを口に出した。
「下界の東京だと考えられます」
「東京……また面倒なとこに逃げたものだな。あのとき筋を絶ったのは判断ミスだったか……。チッ、東京支部とか言ったな。あそこにいるメンバーにバハムートを捕らえるよう通達しろ。今すぐだ!」
女は黒龍の大声を受けてもなお、表情は全く変えない。もう慣れていた。別に黒龍が誰に対してもことあるごとに声を荒げるわけではない。ただ女がこの組織に入った時期が問題なのだ。そのため、黒龍は少しこの女に対して厳しい態度で接してくる。
女は、黒龍の命令に素直に了解しましたと、答える。
そして広間から出ようとした──ところで黒龍が、言葉を付け加えた。
「それと、ヴィシャップ。貴様も東京支部の下級龍と合流し捕獲してこい。捕獲が難しければ殺しても構わん。だが、私を失望させたときは貴様も最期を迎えると思え」
これは、女──ヴィシャップにとって最後のチャンスであった。別に彼女は黒龍に認められたいわけではない。だが、あることに対するチャンスなのである。
もしかしたら黒龍はヴィシャップを試しているのかもしれない。いやそうに決まってる。これは最終通告に違いない。だが、そんなものは、ヴィシャップにとって既に必要のないものだった。
「承知しました」
一言で返事を済ましヴィシャップは部屋から出て行く。屋敷を出た瞬間、背中に黒い羽を生やし夜空へ飛び立つ。
恐らくもうこれ以上は無理だろう……なら今が最大で最後の好機だ。
そんなことを考えながらヴィシャップは、下界の東京へと向かう。