【第53話】おもしろいね
朝霧は、五分ほど走り続け森林を越えると大きな広場に出る。
その広場というのは、ファンと出会い契約した思い出の場所だ。そして、今。そこは地獄絵図に変貌していた。
朝霧は、目の前に広がるその光景に凍りつく。目の前には山があった。不良が数十……いや、数百と積み重なった山が。
不良は、全員血だらけで中には顎の骨が砕けているような者までいた。
「……な、なんだこりゃ」
朝霧はその禍々しい雰囲気に思わず後退する。と、森林からそれを上回るほどおぞましい、殺気が襲ってきていることに気がつく。反射的にそちらの方向を見る。
「そこにいる奴か? これやったのは……」
朝霧は、暗闇に向かってそう聞く。何も見えないが、そこにいる存在を確信して……。すると、返答が返ってくる。
「……そうだよ。こういう輩に制裁を加えるのは、俺の仕事でね」
「仕事?」
「うん。けどまぁ……実際は人が散歩してるときにうざいことしてたから潰しただけ」
「…………なるほどな。まぁどうでも良いけど、お前逃げんならさっさとしろよ。公安委員会が来るみたいだから」
「……っ。へぇ。君おもしろいね」
闇から聞こえる、その声のトーンが少し高くなる。それは、まさにおもしろがっているような感じだ。
朝霧は聞く。
「何がだ?」
「誰かも分からない人間を……それも、人を多数潰した人間をそんな簡単に逃がしてくれるなんて。俺が殺人鬼かもしれないとか思わないの?」
「思わねぇな。もしそうだったらこいつら全員殺してるだろ?」
朝霧は確信していた。
もし、目の前の闇に隠れている誰かが殺人鬼であるなら、ここの不良ら全員を皆殺しにしているだろう。しかし実際には、目の前には気絶させられている何人もの不良がいるものの、誰一人として死んではいない。
つまり、目の前にいる男は、ちゃんと加減が分かる人間だということだ。少なくとも殺人鬼などではない。
それに朝霧は分かっていた。もしこの男が不良をハッ倒さなかったから、どこぞの火炎少女が一人残らず丸焼きにしてただろうということを。
それよりかは、この男の方がよっぽど優しい気がした。
「やっぱり君、おもしろいわ。一般人なのに肝が据わってる。良いね良いね。でもまぁ、今日は予定があるからまた今度」
「あ……ちょっ。話があ──」
朝霧が呼び止めようとしたその瞬間、気絶していた不良の1人が朝霧に襲ってくる。
闇のなかにいる男の殺気で、不良の気配を全く感じていなかった朝霧は、いきなりのことで動揺する。とっさに体を回転させ反撃にでようとするが、さきの戦闘の疲労からか足がもつれ、その場に転ぶ。
やば……。
不良との距離が一、二メートルに迫ったその瞬間、ドン!という音とともに斬撃が不良を吹き飛ばした。斬撃が放たれた方向を見ると、そこには木刀を右手に持つ男の姿が見えた。
「忘れてた。俺は借りを作るのが嫌いでね。公安委員会のことを教えてくれたお礼だ。君もはやく逃げた方が良い」
男はそう言い残し、森林へと消えていく。それとほぼ同時のタイミングで結月とファンが到着した。
「ハヤテ~。……ってなんだこりゃ!?」
結月は、目の前の人の山を見てビクッとする。大の男子高校生が思わず後退するくらい禍々しい光景だ。驚いて当然だろう。
しかし結月の顔は驚きの色ではない色に染まっていた。
「え? あぁ、これは……」
「ハヤテ……アンタは私の仕事を増やしたいわけ?」
結月の顔がみるみる鬼の形相になっていく。つまり怒りの色に染まっていた。と、同時にとんでもない殺気が朝霧を襲う。
「ちょっ……俺じゃ──」
「問答無用!!」
結月は、右手にお得意の炎の剣を生成させ、朝霧に襲いかかる。
「だ……ま、待てって!!」
朝霧は、とっさに電撃を炎の剣にぶつけ押さえ込む。つい数日前に、似たような光景を見た気がする朝霧だったが、今はそれどころではない。
瞬時にファンの元へと駆け出す。目にも留まらぬ早業でファンを抱きかかえると、そのまま公園の出口へと走った。
「は、ハヤテ!! これの後始末どうすんのよ!!」
「あとは公安委員会に任せた!」
「はぁ!? 明日覚えておきなさいよ!」
朝霧は、そんな結月の怒鳴り声を無視しながら走る。と、いうよりここで気にしたら負けだと思った。
「はやて。プリン忘れてない?」
「え? あぁ……ファムリーマートに寄ってプリン買ってやるよ」
「やった~!」
腕のなかで、そんなかわいらしい声が聞こえてくる。ここまで単純だと、プリンを餌に誘拐とかされないだろうなと少し心配になった。
そんなことを考えながら十分ほど走ると寮から一番近いファムリーマートが見えてくる。
ファムリーマートに入ると冷房がとても涼しく感じた。まぁ真夏の夜に全力疾走し、汗だくになっているわけだから涼しく感じない方がおかしい。
「ほれ、あっちの棚から選んでこい」
「は~い」
ファンは朝霧の指差す方向に走っていく。と、そこで朝霧は、レジ袋を持ちファムリーマートから出ようとする人間に気がついた。
「しょ、翔太!?」
「ん? おー、ハヤテっちか」
そこには紫色の髪をした無能力者でクラスメートの武村 翔太がいた。
紫色の髪というのは、染めているわけではなく地毛。第3次世界大戦後のDNAの突然変化によってこのような現象が起きているらしい。
「久しぶりだな~」
「そうでもないぜよ。この前の講習で会ったぜよ」
ちなみにこのいちいちうるさい『ぜよ』という語尾は、坂本龍馬のことが好きだかららしい。
「そういやそうだった……け?」
朝霧は、あのときのことを思い出す。結月(という名の悪魔)が空中から上投げでクラスに投げ込んでくれたおかげで、クラスメートから痛い視線を……。と、そこから補習までの記憶が恥ずかしさのあまり消えていることに気がついた。
「全く……これだからハヤテっちは万年第七クラスなのだぞ?」
「お前だってそうだろ」
「……フフ、そうだな。だが俺には剣道という特技を持っている!」
言いながら武村は、右手に持っていた木刀を自慢気に見せつける。そういやコイツ全国大会に出場するほどの実力者だったけ。けど──。
「剣道って木刀でやるもんだっけ?」
「全く……これだから素人は困るぜよ。最近の防具の強度は凄いぜよ。だから緊張感があり、実戦に近い木刀を使用するようになったぜよ」
「な、なるほどな」
なんかいろいろムカつく言われ方だったが、ここはスルーをする。と、下の方から何か声が聞こえ始めた。
「はやて~。この『おいしさ満点焼きプリン』にする~」
声の持ち主はファンだった。ファンは小さな両手で、プリンを持ち朝霧に渡す。
「おっ……決まったか」
「この金髪幼女ちゃんとは、どういう関係で?」
「えっと……親戚の子だよ」
「ほう。加奈子ちゃんの他にも親戚おったんかい」
「ま、まぁな……」
加奈子もファンも似たようなもんだけどなぁ。純粋か変態かの違いがあるだけで……。
なんてことを考えていると、ファンが不服そうに朝霧を見つめる。
「プリン……」
「へ? あっ……悪い悪い。じゃあな翔太」
そう言うと、翔太は「じゃあまた明日な~」と、言い夜の街へと消えていった。




