【第52話】女としてって理由、万能説
「これ、ありがとうございます」
「はいはい、あんまお父さんに心配かけんじゃねぇぞ」
そう注意する近藤に一礼し、朝霧は車から出る。と、そこにはファンが頬を膨らましながら待っていた。まるでプンプンという効果音が似合いそうな顔だ。
「なんか私のことずっと無視されてる気がする」
「そ、そんなことねぇぞ?」
「あっ……いたの忘れてた」などとは冗談でも言えない朝霧。まぁ冗談などではなく、完全に忘れていたのだが。
そのためか朝霧は誰が見ても作り笑いと分かるような顔になっている。
「…………」
ファンは、朝霧の笑顔が完全に作り笑いだと確信し、更に冷ややかな目で見てくる。
このとき、なぜだか素粒子破壊能力者さえも倒せるほどの力を持っている朝霧でもファンにだけは勝てないと悟った。
「……プリン食べるか?」
「えっ!? プリンなんてあったの!?」
「買ってやるってことだ」
「やった~!! ありがとう!」
千年を生きている竜にしてはチョロいな~という考えを飲み込みながら朝霧は、ファンを連れて結月の方へと向かう。
まぁ全て身から出た錆なのだが──。
「結月。帰れるか?」
「ん? なんで?」
「事情聴取とかあんのかな~って……」
「いや、ないけど……どうしてそんなこと聞くの?」
朝霧は、そんな質問をしてくる結月に対して、頭の上にハテナを浮かばす。
「んなもん一緒に帰るからに決まってんだろ」
「……ふぇ?」
結月の顔が、段々と赤くなっていく。それも頭の上から湯気が出るのではないかと心配するほどまでにだ。
結月が頭をクラクラとさせていると、恵が遠くから結月を手招きし始めた。その顔はまるで小悪魔を連想させる悪い笑顔だ。
結月は、意識が遠のきそうになるのを堪えながら、恵の方へテクテク歩いていく。
「結月委員長。ここは、女として一緒に帰った方が良いんじゃないですか?」
結月との距離が一メートルに満ちないとこに来たとき、恵が結月に小さくそう言う。結月は、更に顔を赤くし「べ、別に……」と恵に返した。
だがその真っ赤な顔は「一緒に帰りたい! 一緒に帰りたい!」という結月の本心を物語る。
結月は少し深呼吸をし、でもまだうっすら頬を赤らめさせながら振り返り、小さな声で言う。
「ハヤテがどうしてもって言うなら……良いけど」
「お、おう……。じゃあ行くぞ」
朝霧は、そう応えると、ファンと手を繋ぎ足早に工場に大通りが接する出口──つまり正門へと向かっていく。
なぜ結月の家への最短ルートである裏路地を使わないのかと言うと、裏門は現場検証などで使えなくなってるからだ。まぁもし現場検証をしていなくとも、死体のある道を通りたいとは思えない。
そのため、いやでも正門から出るしかないのだ。
結月は、恵と楓に「じゃあまた明日ね~」と言い残すと、さきを行く朝霧を追いかける。
「…………にしても散々だったわね」
「確かにな」
街頭で明るく照らされる歩道を歩きながら、そんな平凡な会話を交わす。さきほどの非現実的な出来事など無かったかのような今の光景に朝霧は、またもや少しゾッとする。
さきほども感じたこの悪寒。正体は分かっていた。
何人もの人間が虐殺されてるのにも拘わらず、自分達が平凡に暮らせている、という現実を知ってしまったからだ。
だから悪寒が走る。
はっきり言って、この国は不気味で何かが吹っ飛んでる。けど、そんな国の中で、今は普通に暮らせている。
それこそが悪寒の正体だ。
だが。しかし。それでも。自分勝手かもしれないが、朝霧はこの平凡で平穏な日常を、ファンや結月達と過ごしたいと思う。だから得体の知れない闇にでも立ち向かえるという確信が得られる。
「──ありがとな、結月。ファン」
「ふぇっ!? いきなりなに!?」
「ど、どうしたの? お礼を言うのはプリンを買ってもらう私の方なんだよ!?」
二人は歩きながら、唐突に感謝の言葉を口にした朝霧に驚く。
なぜ感謝したのか。なんだかそれを口にするのは恥ずかしい気がした。だから朝霧は茶を濁す。
「いや。なんか無性に感謝したくなったんだ。理由はわからないんだけどね」
「なによそれ」
唐突。ピーピーという電子音が鳴り出す。それは、結月の無線機だった。結月は「ムム、空気読みなさいよ」と文句を言うが、無線機に空気を読むもクソもない。
誰がどう見ても嫌そうな顔で、結月は無線機にでる。
「こちら夕霞。…………了解」
「どした?」
「黒崎地区の大崎自然公園で不良が喧嘩してんだってさ。どうやら念動能力者までいるらしいから公安委員会に報告が……」
大崎自然公園というのは、第三特別区のオアシスとも、不要物とも言われる大きな公園のこと。大きさにして旧東京ドーム五個分の大きさ。
朝霧がファンと出会うキッカケとなった公園であり、不良どもにフルボッコに逢わされた場所──。
「ちょっと待て。お前俺がボッコボコにされてるときは行動遅かったくせに今回は、こんな早く動くのか?」
「あのときは、ハヤテのことの他に研究所の破壊工作事件もあったのよ。単なる騒音事件は優先度が低いから」
「破壊工作事件?」
「研究所をしらみつぶしに破壊してた爆弾魔が起こした事件よ。まぁ犯人は私が捕まえたんだけど……あのときの『こんな小学生に捕まるとは!!』って言葉は今でも覚えてるわ」
あぁ……だからあのとき俺の一つ一つの言動に怒り狂って攻撃してきたわけか……。いや、それでも無能力者相手に超能力者が攻撃するのはどうかと思う。
「ま、まぁとりあえず現場に向かおうぜ。俺も付き合うからよ」
朝霧は、眠そうにしているファンをおぶり大崎自然公園へと走り出す。
理由は、単純明快。
さきほど結月の念動能力者と不良という言葉。もしかしたら、朝霧にとって大きな借りがある人間かもしれないからだ。
「人の身体に石なんてぶち込みやがって!! あの野郎借りはキッチリ返してやるからな!!」
「ちょっ……ハヤテが喧嘩する気満々で、どうすんのよ! ……ったくバカなんだから!!」
朝霧と結月が走ること十分弱。目の前には、大きな門と森林が広がった。門には、大崎自然公園と書かれている。
「結月捜査官。現場はどこだ?」
「なぜノリノリなの? なぜ電撃で剣を生成してるの!?」
「いや、借りは返さないと男の名が廃るからな」
「はぁ……部外者を現場に連れてきただけでもヤバいのに、これ以上騒ぎ起こされたら──」
結月がそこまで言ったところで「な、なんだてめぇ! やんの──グハッ!!」という声が森林の向こうから聞こえてくる。
「あっちだな。結月頼んだ」
朝霧は、結月にファンを預け颯爽と森林の向こうへと駆けていく。それはまるで光のような速さだった。
それと同時にその姿は、やはり成績底辺クラスの人間なのだなと、実感させられるものがある。
「……はやてっていつもあーなの?」
「ファンちゃん。単純なバカは、誰でもあーなのよ」
「なるほど。勉強になります」




